第173話 信長のブーメラン
「じゃあ、後は頼んだぞ!」
仲間にそう別れを告げて、尼姿の希美は一人、堺を出発した。
前日、堺の会合衆を接待して、一週間後の『エロシタン自重しん祭さい!』の許可を取り付けた希美は、柴田屋えすてで手に入れた『武将紅うるつやリップ』の試供品を輝虎に託した。
三好長慶への『武将紅うるつやリップ』の営業を、輝虎に任せるためである。
輝虎は先ほど、柴田屋えすての店員(滝川一益配下の女間者)達を引き連れ、ハーレムパーティー状態で芥川山城へと出立した。
河村久五郎には祭の計画と指揮を任せ、光秀には希美のお立ち台設営と会場準備を任せた。
悪魔教に転向した宣教師のルイスは、南蛮人に向けた祭の周知と、当日の希美の通訳を任せている。
時が無いのはわかっているが、八月には三好義興が死ぬ予定なのだ。
堺は商人達の自治都市ではあるが、三好家との繋がりも深い。
三好家当主が危篤なんて時に、変態が集うフェスティバルを開くのは不謹慎過ぎるし、希美とて越後と加賀を差配する身。
あまり領地を留守にして、家臣達に負担をかけられないのである。
輝虎を三好へ、久五郎達は堺へ残し、当の希美は、三好義興が提案した『三好・織田同盟』について信長に報告するため、急いで岐阜に向かわなくてはならなかった。
それこそ、義興が話せるうちに締結すべし、である。
そういう事で、希美は腰を落ち着ける事なく、堺を出発したのである。
さて、希美は一週間後の祭に間に合うよう、岐阜から堺に戻らねばならない。
希美は駆けた。
街道を馬で爆走した。
途中で馬がへばった時は、自分が爆走した。
東山道に出る妖怪『爆走尼』の伝説は語り継がれ、高速道路で並走してくる尼僧として、現代にもオカルト話まとめサイトの定番として残っている。
そんな事とは露知らず、希美は世界新記録を軽く凌駕しながら、もう馬とか乗らなくてよくね?くらいのスピードで自走し、二日後の朝には岐阜にたどり着いた。
岐阜には、ほぼ使っていないが、柴田勝家の屋敷もある。
希美はそこへ飛び込むと、女中に湯殿の用意をさせ、湯に浸かり、飯を食べ、ちょっとだけゴロゴロしてから清潔な着物に着替え、登城した。
はたして信長は、岐阜城の広間で、林秀貞、滝川一益などの重臣等と共に、希美を待っていた。
恐らく、現在岐阜城下ににいる重臣を呼べるだけ呼んだに違いない。
三好とどんな話になったか、なんとなく予想がついているのだろう。
「殿、戻りまして御座る」
そう言って平伏した希美に、信長が早速切り出した。
「で、どうなった?同盟か?」
「流石、ご明察に御座る。不可侵の同盟にて」
「そうか!」
どよめく重臣達。
無理もない。あのビッグカンパニー、日本の副王、呪われた名門三好家が、数年前までは田舎の弱小大名だった織田と対等な同盟を望んでいるのだ。
織田家の家臣として、興奮しないわけがない。
信長もニヤニヤしている。
喜んでいるのだろう。
「のう、権六ぅ」
「は」
「ここで、あえて、『だが、断る』と言ってみたらどうなるかのう?」
違った。悪いことを思いついたニヤニヤだった。
「やめて!?後ひと月くらいの命なんだから、せめて三好当主が死んだ後にしてあげて!」
「ふん、その方は相変わらず甘いのう」
信長は、「戯れじゃ。同盟は受ける」と付け加えた。
周囲もホッとしている。
信長のお茶目は洒落にならない。
「それで、その方、何もやらかしておらぬであろうな?」
信長が、急にぶっこんできた。
希美はギクリとした。何かバレたのだろうか。
三好長慶がえろに転んだ事か?
エロシタンの事か?
まさか、堺で変態祭を開催する事は、まだ知るまい。
希美は、平常心を装って答えた。
「失礼ですぞ!其が毎度問題を起こすみたいな言い方はやめていただきたいですな!」
「毎度、問題を起こすだろうがっ!なんじゃ、『朝柴物語』って!!女どもに、毎日その方の恋物語を聞かされて、気が狂いそうじゃ!しかもわしが恋敵役で、その方の前の恋人?どうなっとるんじゃあ!!?」
「ぎえっ!そっちかあーー!!」
「そっちって事は、他にもあるのか!?」
「yesっ!私の馬鹿あっ!」
希美は、キリキリ吐かされた。
「『エロシタン』……。伴天連軍との戦……。お前は、日本そのものにまで迷惑をかけおって……」
「はい。ごめんなさい」
希美は土下座した。
「……他に言っておらぬ事は?」
「……ありませ」
「坊丸を帰してもらうぞ」
「……す。ありませす!!」
「あるのか、無いのか、はっきりせい!!」
「ありまぁす!堺で祭が、ありまぁーす!!」
「祭?」
「エロシタンを自重させるために、南蛮人を集めて演説を企画しました……。自領じゃない堺で行うのに、会合衆の許可を得ようと、祭にして、屋台や客の導線で商人達に利が出ると説得しました」
林秀貞が疑問を口にした。
「何故それを殿に隠すのだ?別段悪い事ではなかろう」
希美は、地獄を見てきた男の目をして秀貞に目を向けた。
「変態ばかりなので御座る」
「え?」
「エロシタンどもは何故か『朝柴物語』を知っており、私を舐めると天国に行けると思っておりまする。鎖を身に付けているのはまだよい。中には、四つん這いで女に散歩させられている猛者が」
「……お前、とんでもない事をしてくれたな。まあそれだと、被害を被るのは権六で、我等には関係がない話であるから、まだマシか」
しかめ面で息を吐く秀貞に、希美は残酷な事実を告げた。
「私だけではありませぬ。明智光秀はエロシタン達に舐め回され、上杉輝虎は、尻を……!」
「は?尻をどうしたのじゃ!」
信長が問う。重臣達も、身を乗り出した。
希美は、聞いたままを答えた。
「『武士の情けじゃ。聞かないでくれ』とだけ」
「「「「「上杉っーーー!」」」」」
みんなの心は一つになった。
信長は希美に命じた。
「皆に迷惑をかけた罰じゃ。今から女どもの相手をして参れ!」
「それで、柴田殿、朝倉殿とは仲良うしておるのか?」
「上杉殿とはどうなのじゃ?」
「加賀を制した時、一向宗の坊官が尻を出したとか?」
「誰が正室なのじゃ?」
「そもそも、その方は上なのか?下なのか?」
久々の織田信長の妻たちとの女子会である。
希美は、質問攻めにあっていた。
いつの世も、何故、女はBLに興味津々なのか。
そもそも、希美は誰ともBLってないので話しようがないのだ。
「黙って勿体振りおって、じれったいのう!何でもよいから、話しておくれ!」
濃の方が超欲しがっている。
他の側室達、侍女達も、期待で岐阜城がはち切れそうだ。
希美は悟った。
これは、何か話さねば自分が悪者になる流れだ、と。
(仕方なし……!)
「……ねえ、お方様がた。男でも、『吹く』ってご存じですか?」
「『吹く』?何がじゃ?」
希美は、ありとあらゆるBLの知識を披露した。
全ての知識を、わかりやすいように、信長を例にして。
「……よって、上も下もいける関係を『リバ』と言います。殿が小姓と立場を入れ替えたら、『リバ』という事ですな」
「なるほどのう。殿は、『リバ』かのう?」
「わかりませぬ。今度、聞いてみては?」
「柴田殿、殿も『吹き』ましょうや?」
「わかりませぬ。今度試してみられては?」
「柴田殿、殿は……」
「わかりませぬ。今度試して……」
「……」
「……」
後日、信長は酷い目にあったという。
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