第172話 大罪人、希美

「完全に、『大悪魔』でしたわ……」




遊女屋の一室でおじさん達に囲まれた希美は、裸(ら)のまま、うちひしがれていた。


先ほど、堕ちた宣教師ルイスに、もう一度悪魔診断をお願いし、『宣教師ルイス・デ・アルメイダのドキドキ☆悪魔診断~モーセの十戒編』にチャレンジしたのだが……。






1.わたしのほかに神があってはならない。






もう、この時点でアウトでした。




「『殺すなかれ』とか、『隣人の財産を欲してはならない』とか、戦国武将には無理ゲーでしょ……」


などとのたまう希美は、元は柴田勝家の肉体を我が物としている。


十戒の『盗むなかれ』にだって抵触しているかもしれない。




「私、やっぱキリスト教の人からしたら、『悪魔』にしか見えないよね……。て事は、エロシタンの人達、ヤバくね?まだここが日本だからいいけど、国に帰ったら、『えろ狩り』が始まるんじゃない?」


四つん這いのエロシタンがヨーロッパの町を闊歩する光景を想像し、そんな懸念を口にした希美に、ルイスは答えた。


「恐ラク、ソウナルデショウ。教会ハ既ニ『ero教』ノ存在ヲ知ッテイマース。私トテ、元々ハ豊後ヲ拠点ニシテイタノデース。ココニハ、司祭(ぱーどれ)トーレスカラ頼マレテ、『エロシタン』ノ調査ト改宗ニヤッテキタノデスカラ」


希美の顔が青ざめる。


「もしかして、十字軍出動する?」


ルイスは驚愕に目を見張り、答えた。


「ヨク、ソレヲ、ゴ存ジデスネ。『cruciata (十字軍)』ナラ、今ノ所ハ無イデショウネ」


「今の所は、かー!将来的にあるかもって事だよねえ」


希美はため息を吐いた。




そこへ輝虎が口を挟んだ。


「『じゅうじぐん』とは、何じゃ?お主等は何の話をしておるのじゃ?」




希美は、ルイスと目を合わせ、輝虎に説明を始めた。




「『十字軍』ってのは、伴天連(ばてれん)、つまりキリスト教徒のたくさんの国が集まって兵を出した軍の事だよ。キリスト教の聖地エルサレムが、今は別の宗教の国のものになってるから、奪い返そうと、昔、みんなで戦をしに行ったんだ」


「それで、どうなったのですか?」


光秀が聞く。


それにはルイスが答えた。


「何度カ、『cruciata(十字軍)』ハ行ワレマシタ。奪還ニ成功シタ時モアリマシタガ、今ハ『オスマントルコ』ノ支配下ニアリマース」


「『オスマントルコ』はイスラム教という、別の宗教の国だよな」


「ソノ通リデース。ナンデ知ッテルノ、コノ悪魔?」




「それが何故、わし等に関係するのじゃ?」


疑問符を浮かべる輝虎に希美は言った。


「あのな、十字軍ってのは、基本的にキリスト教の親玉である教皇が『あいつは神の敵だから、みんなで滅ぼそ☆参加してくれたら、罪許しちゃう!』なんて、キリスト教徒達の義憤を煽って行われるんだ。すんごい数で、キリスト教にとっての敵方を、乱取りしまくりながら蹂躙していく。敵地にいたら、同じキリスト教徒だって容赦なく奪い殺していく、残虐非道集団なんだよ」


「伴天連の教えは、『殺すなかれ』では?」


河村久五郎の当然の疑問に、


「神ノ敵ハ、例外デース」


と、元キリシタン宣教師のルイスがしれっと答えた。


宗教上の矛盾は、『例外』一つで、なんだって解決できそうな気がするぜ!




光秀は考えを整理したようで、希美にその推論を確認してもらおうと口を開いた。


「つまり、伴天連からすると、『えろ教』は『キリシタン』を『エロシタン』という変態に変えてしまう悪魔の教えだから、このままだとその『じゅうじぐん』が攻めて来るやもしれぬ、という事ですな?」


「そういう事だな」




輝虎は、息巻いた。


「ふん、南蛮人どもの軍など、迎え討てばよいではないか!南蛮人め、わしの尻の報いじゃ。全員追い出してくれん!」


「個人的理由での攘夷思想、止めれ!てか、ケンさん、さっき南蛮人達にナニされたの!?」


「武士の情けじゃ。聞かんでくれ……。ゴンさんとて、南蛮人どもにあのように追われて、追い出してやろうとは思わぬのか?」




憤る輝虎の強い視線を受けて、希美は「うーん……」と『エロシタン』の事を考えてみた。


(確かに、あれは恐怖だった。変態南蛮人が四方八方から……。完全にトラウマものだった。でも、『エロシタン』……。『えろ』なんだよなあ)




「やっぱ、エロシタン達含めて、南蛮人は追い出さない」


希美の返答に、輝虎は信じられぬという表情を浮かべた。


「何故じゃ!南蛮人は変態じゃぞ!」


「その偏見は、止めて差し上げて!南蛮人が全員変態じゃないから!」


輝虎に突っ込みを入れて、そして希美は苦笑した。


「それに、エロシタンは『えろ』なんだ。えろ大明神の私が、『えろ』を切り捨てるわけにはいかんでしょ」


「ゴンさん……」




「う、うおおおおお!!!」




「「「「え!?」」」」


雄叫びの主は久五郎であった。


久五郎は、希美の腰にすがりついた。


「え!何なに!?」


「お師匠様のお言葉っ、わしは『えろ』筆頭使徒として、感動しましたぞおっ!!わし、お師匠様にわしの『えろ』の全てを捧げまする!」


希美は、己れの腰に顔をぐりぐりと押し付ける久五郎のてかてか月代頭を呆れた目で見ながら、その背を宥めるように擦った。


「しようのない奴め。お前の『えろ』の全てとやらは、断固としてお断りだが、エロシタン達のための計画には、加担してもらうぞ」


「計画、で御座るか?」


久五郎が顔を上げて希美を見上げた。


涙と鼻水にまみれた久五郎の顔と、久五郎汁のついた己れの腰回りを交互に見て、その月代頭に鉄槌を下した希美は、拳についた油を久五郎の衣に擦り付けながら命じた。




「堺でエロシタンを集めて祭をする。指揮はお前が執れ」






その後、睡蓮屋番頭助兵衛が、尼衣装と居酒屋『喜んで』の大将を伴い、希美の部屋を訪れた。


「いやあ、遅くなりました!河村筆頭様達の分を追加注文してまして……。今日は、えろ大明神様のご注文という事で、大将が直々に料理を持って来て下さいましたよ」


「おお、えろ大明神様!大変ご無沙汰しております」


「おお、大将!ちょうどよい所に来た!」




希美は、『喜んで』の大将に何やら相談をしている。


その後大将は、慌てて部屋を出ていき、希美達は居酒屋飯を堪能したのだった。






食事を終えた希美は、河村久五郎を伴い、睡蓮屋を出て天王寺屋へと向かった。


天王寺屋助五郎は、希美が懇意にしている種苗屋さん(笑)にして文通相手メル友でもある。


希美は、友情パワーと上得意様の事実を振りかざし、助五郎の父親である宗達に無理を通して、会合宗ゆうりょくしゃたちを急遽集めてもらったのである。








居酒屋『喜んで』堺店には、奥に上客用の離れが設けてある。


ここを使えるのは、特別な客に限られる。


地位、金、そして品性。その全てが揃った客にしか貸さない、VIPルームなのだ。




今夜はそこに、『喜んで』チェーンのオーナーである希美と弟子の河村久五郎、堺の町の会合衆が集まった。


急に呼び出された会合衆の大商人達は、最初こそ不満な様子だったが、身分差を気にせず皆で話し合えるよう、席が円座になっている事や、武士階級で二国を差配する希美が最も出入り口に近い下座に座っているのを見て、その心配りに瞠目していた。


さらに、『喜んで』で供される清み酒や珍しくも旨い料理に、無理に呼びつけられた事などすっかり忘れ、会合を楽しんでさえいたのである。






そんな風に、皆の心が少し解れたのを見計らい、希美は本題を切り出した。




「ところで皆様。今夜皆様をお呼び立てしたのは、皆様に一つ、金が生まれるかもしれぬ面白い提案をさせてもらいたかったのです」




「面白い提案やて?」


「そりゃ、金が生まれるなら、聞かぬ手はないわなあ」


「聞かせてもらいまひょ」




商人達は興味を引かれたようだ。


希美は、にこにこと営業スマイルを浮かべながら、説明を続けた。




「私、えろ大明神なんてものをやってましてね、前に美濃の森部で降臨祭をやったんですわ。すると、まあ、人が仰山集まりましてねえ。あの時は、森部の城下町、えらい潤いましたなあ、河村はん!」


「そうで御座いましたなあ、お師匠はん!」


この適当な関西弁よ。


だが、商人達はエセ関西弁よりも、潤う話に興味を持ったようだ。




「確かに人がおるほど、大きな金の流れが出来ますな。もしや、堺で降臨祭を?」


「ええ。皆様のお許しをいただけたら、七日後にでも。実は、エロシタンが伴天連に目をつけられたようで、彼らを集めて自重を促そ思うんですわ。伴天連の軍隊が攻めて来たら、皆様もお困りでしょう?」




「それはいかん!堺を戦火から守らねば」


「是非、エロシタンに呼びかけて下され!」


口々に賛成の声が上がる。


良い感触である。


希美はこの機を逃すまいと、祭の実行の方向で話を進めていく。


「それは有り難い!では、会場などの話は、この弟子と詰めて下され。指揮をまかせておりますから。皆様も、会場が決まれば、屋台など出して、様々に売りなさるがよろしかろう。食べ物も、土産物も、売り物を工夫すれば飛ぶように売れましょう」




「なるほどのう。屋台とは面白い」


「面白そうじゃ。」




そんな意見の中に、不安視する意見もある。


「屋台など、何を売れば良いやら」


「儲かるのか」


といった声である。


希美は、安心させるように提案した。


「まあ、屋台など薄利多売。肝心なのは会場の立地でしてな。会場に行く途中や帰る途中、皆様の構えている店に寄れるような場所が会場ですと、屋台だけでなくお店にも入ってもらえるというわけです」


「という事は、できるだけ町の中の広い場所がよいのう」


(くくく……。場所も良い所でさせてもらえそうだ)




ほくそ笑む希美は、さらにもう一手、打つことにした。


「さて、皆様、例えば屋台で出す食べ物、こんなものはどうでしょう。……大将!」


「はいよ、えろ大明神様っ。失礼致しますぜ」




部屋に大将が入ってくる。


その手に持っているのは、人数分にカットされた『お好み焼き』であった。




「この料理、小麦粉と卵と水、刻み野菜や海鮮を混ぜたものを鉄板の上で焼いて、醤油と味噌の合わせタレを塗っただけの簡単なものなんですがね。きっと関西の方には、お気に召してもらえるかと」




お好み焼きが提供され、皆が口に入れた。




「ふ、ふおおおおお!!!う・ま・い・ぞおおお!!」


「な、なんや、この魂を揺さぶられる味はあっ!?」


「まるで子どもの頃から食べていたかのように、わしの舌にしっくりくる!」


「これやっ、これやがなっ!!」




流石、『お好み焼き』である。


関西人の『お好み焼き』愛は、時代を越えたのだ。




「し、柴田様、この料理は、なんという料理なので……?」


「ああ、これは、『おこ』……」






この時、希美の中の悪魔が囁いた。




【デーモン希美】「関西と広島の仁義なき『お好み焼き』戦争を止められる、いい策があるぜええ?両方が同じ『お好み焼き』だから争うんだよ。名前、変えちゃえよ……。なあに、広島の方も、後で毛利家かどっかに広島の『お好み焼き』を伝えてさ、『重ね焼き』とかにすれば公平じゃねーか……」




そこへ、希美の中の天使が意見した。




【エンジェル希美】「戦争がなくなって関西と広島が仲良くできるなら、名称変更も必要悪なんじゃない?」






希美は、堺の商人達に告げた。


「その料理の名前は、『まぜ焼き』デース……」






この日、世界から『お好み焼き』が失われた。


商人達との会合を終えた希美は、その足で悪魔教神父ルイスの元へ赴き、告解をしたという。

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