第160話 十二刻、働けますか?社畜マン♪
「斬首じゃ!」
「異議あり!!」
希美が信長に向かって、人差し指を突きつけ「誰に向かって指をさしておる!」と怒られている。
現在、観音寺城の大広間にて、信長が後藤賢豊に沙汰を言い渡しているのだ。
ここは、賢豊が切腹しようとしていた、あの広間だ。
その証拠に、上座に座る信長の後ろには、スクラップのようにぐしゃりと積まれた承禎の具足のなれの果てが見える。
その具足山の頂には、希美にシュートされた賢豊の脇差しが一本、刺さっている。
多分、あれを引き抜いた者が、アーサー王かミナミオーミ王かになれるのだろう。
だが、琵琶湖に湖の乙女はいない。
いるのは、琵琶湖をしょっちゅう白く染めたがる、湖の中二親父くらいのもんだ。
それはさておき、希美は主の信長に異を唱えていた。
「部下の失敗は上司の責任で御座る!後藤賢豊さんの主で、なおかつ承禎さん殺しの下手人である六角義定氏は、頭を丸める事で責任をとったのに、なんで家臣の賢豊さんが斬首なんで御座るか!横暴に御座る!」
六角義定が若干涙目だが、それは無視である。
信長は希美に鋭い眼を向ける。
「ならば、誰が責任を取るのじゃ。六角の弟の命は兄にやった。わしが口を出すわけにはいかぬ。じゃが、このままではこの地を混乱に陥れられた国人衆の腹の虫が治まらぬであろうが」
広間に控える何人かの近江国人衆達が頷いている。
そんな近江衆をちらりと眺め、希美は鼻で笑った。
「はっ、それでカッチンが全ての罪を背負わされるって?確かにカッチンは概ね悪いけど、六角弟が生きて償うのにカッチンだけ首チョンパとかおかしいから。なら、カッチンだって生きて償ったっていいでしょうが!」
声を荒げる希美に、信長も譲らぬ。
「権六、その方も武士ならわかるであろうが!武士の責任は命で購(あがな)うのが常じゃ!六角弟が無理なら、カッチンの命を取るまでじゃ!」
「殿ともあろうお人が、命取っても何の益も無い事くらいわかるでしょう?それなら、カッチンを柴田家(うち)で働かせた方が有益でしょ?」
「その方、カッチンを引き抜きたいだけであろうが!」
「そうだよ!カッチンは柴田家(うち)の社畜にするつもりなんだから、命取られちゃ困るの!!」
「そんなもの、カッチンじゃなくともよかろうが!」
いつの間にか、後藤賢豊の通称は信長の中でも『カッチン』になっている。
「カッチンって、わしの事か……?」
織田主従の応酬を、後藤賢豊は唖然として眺めていた。
(何故、敵方のわしをそこまで……)
賢豊には希美の思考が理解できなかったが、今さら惜しむ命でもない。
「し、柴田殿。お気持ちは有り難いが、わしも武士。覚悟ならできて」
「カッチンは黙ってろ!今回の騒動引き起こしたてめえに拒否権とかねえから!私が命助けたら、馬車馬のように働かせて、みんなに迷惑かけた分、ウチに……もとい社会に貢献させるから!」
「ええ……」
賢豊は目が点になった。
どうも、希美はただ命を助けたいわけではないようだ。
皆、なんとなくそう感じ始めていた。
信長が希美に確認する。
「その方、カッチンをどうしたいのじゃ?」
「だから、働いてもらうので御座る。ウチの領は人手不足。特に欲しいのは、文字の読み書きや計算ができ、人と交渉ができる人材。政に明るく、人を使うのが得意ならなお宜しい。カッチンなら真面目だし変態性は無い。どの仕事を任せても申し分無いから、一日が十二刻じゃ足りないと思えるくらい仕事を与えちゃう!」
「一日が十二刻じゃ足りない……」
皆の視線が賢豊に集まる。
希美はニコニコとしながら続けた。
「海外出張もお願いできそう。薩摩がいいかなあ、蝦夷がいいかなあ。あ、中国語覚えてもらって、明で買い付けお願いしてもいいかも。頭良さそうだし」
「南蛮人の船に乗せてもらって、種苗の買い付けも……」などと言い出した希美に、賢豊の顔が青ざめる。
信長が「一日が十二刻じゃ足りぬとは、働かせ過ぎではないかの?」と心配しているが、希美は「大丈夫、大丈夫」と請け合った。
「社畜なら、先輩に会露柴藤吉郎(秀吉)がいるから!藤吉なんか、最初はいつも死にそうな顔でぶつぶつ呟いてたけど、今じゃ金儲けのためなら海外出張も、寝不足も、多少の倫理だって気にしない、立派な社畜として成長しました!」
信長の近くに控えていた秀吉は、懐から算盤を出し、どや顔で弾いて見せた。
フォローとは名ばかりの地獄行宣告をする希美を見て、賢豊は呟いた。
「金儲け……。わ、わしに商人の真似事をせよ、と……?」
「シャラーップッッ!!」
希美は立ち上がって、のしのしと端近の賢豊の元へと歩いていく。
そして、賢豊を見下ろした。
「武士はとかく金を蔑む。間抜けめ!金があれば、種や苗、食い物が買える。水害対策も、インフラ整備も……。民のために使える。そうして、国が豊かに強くなるのだ。陰謀や戦だけで、国が回るか、阿呆が!」
賢豊は、希美を見上げながら震えている。
そしてぐっと目を閉じ、もう一度強く希美を睨んだ。
「なるほど。お家と国を強くするには、金が必要。その通りじゃ。金があればあるほど、国のためになる!」
「そうよ!」
「よう御座る。わしは、金のために働きまする!『しゃちく』の筆頭になってみせますぞ!!」
「よう、申した!」
賢豊が、その瞳にやる気をみなぎらせている。
希美は、満足そうに仁王立ちだ。
そこへ、「ちょっと待つぎゃ!!」と声がかかった。
秀吉である。
「柴田家の筆頭『しゃちく』は、このわしぎゃ!毎月の売上成績は抜かせないぎゃ!」
「いや、必ずわしが筆頭『しゃちく』になりますぞ、会露田殿!」
「望む所ぎゃ、後藤殿!」
「会露田殿、わしは新参故、わしの事は『カッチン』と呼んで下されい」
「あいわかり申した、カッチン殿。儲けましょうぞおっ!」
「応!!」
賢豊と秀吉は筆頭『しゃちく』を競い合うようだ。
(ブラック部署営業部はこれで強化できそうだ。売上がさらに伸びるぜ!)
希美は、にんまりと二人の社畜マンを眺めていた。
少しして、希美は信長に語りかけた。
「殿、そして近江衆達よ。きっと皆、カッチンに罰を与えて溜飲を下げたいのだろう。だが、生きていればこそこうして国のために働き、社会の役に……」
だが、信長は片手を上げて希美の言葉を中断させる。
「あー……、権六?カッチンは、お前に預けよう。命を取るよりその方が良さそうつらそうじゃ。のう、近江衆?」
「「「「「お、応!!」」」」」
近江衆の賢豊を見る目が、多分に同情を含んでいる。
希美は社畜を手に入れ、賢豊は生きる意味を見出だし、近江衆の溜飲は下がりすぎて同情の域に達した。
『三方よし』とはこの事だ。
こうして、近江攻めはようやく終焉を迎えた。
1563年。
織田氏の領地は、尾張、美濃、越後、飛騨、加賀、越前、南近江と、とんでもない事になっていた。
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