第152話 ダブルで王手!
六月二日。
新たな仲間の『山っち』改め、進藤山城守賢盛率いる一千を加えた織田軍は、観音寺城前に布陣する第三隊に合流した。
第三隊には既に、森可成の越前衆、浅井長政の北近江衆も合流している。
その数、およそ四万。
それだけの大軍勢が、たった一千が立て籠る観音寺城を取り囲んでいたのである。
その時の六角義定の気持ちといったら、当然ガクブル状態である。
連日、逃げるか否かの話し合われ、そのうち織田軍が大集合。逃げ道も無くなった。
もう後は、とにかく籠城して、三好軍を待つしかない。
その日の軍議も、皆沈鬱な様子であった。
後藤賢豊は、三好軍が来るまでいかに城を守るかについて、意見を述べている。
義定は、考え続けていた。
(観音寺城には馬廻り衆一千。向こうは四万近い。とにかく、観音寺城に引きこもり続けねばならん。だが、それが武士の姿か?無能の兄とて、敵方として戦場に立っておるというのに、このわしが怯えて縮こまり、三好たにんの力を当てにして……)
広間の将達を見回す。
誰も彼も、鬱憤がたまっている。
彼らは精鋭だ。戦場でこそ、その真価を発揮するというのに、ひたすら城内に押し込められている。
「観音寺の城は大きい。だからこそ、兵数の足りぬ今、全ての曲輪は守りきれませぬ!織田とて背後から三好が迫っていると知れば、すぐにでも攻めかかりましょう。このままでは押し切られるのみ。こちらから打って出ましょうぞ!」
「そうじゃ、そうじゃ。一矢報いた後、そのまま甲賀に逃げてしまえばよい。そうして、再起を図るのじゃ!」
若い将等はいかにも血気盛んに高声を上げている。賢豊がそれに反論する。
「愚かな事を……。それで兵数を減らしては、三好軍が参った時に我らが役に立たぬ!そもそも、我らがここにおらぬでは、三好殿に合わせる顔が無いではないか!」
「三好軍が来る前に、合わせるその顔が無くなっては意味が無い!」
「よう言うた!その通りじゃ!」
「我らは武士よ。戦うてこそじゃ!」
しかし、将等の熱は冷めない。
義定は、その若い熱が自分の奥底にもたぎっている事を自覚し始めていた。
(そうじゃ。わしは武士じゃ。六角家当主六角義定じゃ!城で何もせずにおるなぞ、真っ平御免じゃ。あの兄に、『臆した』などと思われるなぞ、絶対に嫌じゃ!!)
義定は立ち上がった。
皆がはっと動きを止め、主である義定を見上げる。
義定が声を上げた。
「打って出るぞ!」
後藤賢豊は目を見開いた。
「な、何を言われる!打って出るにしろ逃げるにしろ、三好軍を待ってからでもよいでは御座らぬか!もし殿に万一の事あらば、六角は……」
「わしは、武士じゃ!このまま城で縮こまり、三好を待ってから出たとなれば、『臆病者』の謗そしりを受けよう。そのような辱しめを受けるくらいなら、戦場での討死を選ぶわ!」
「な、なんという……」
『愚かな事を』という言葉を、賢豊はぐっと呑み込む。
承禎は、『愚か者』と義定を叱りつけて逆上した義定に殺されたのだ。
賢豊の脳裏に、その場面がよぎった。
義定は、賢豊が言葉に詰まったのを、この場で己れの意を通す好機ととらえた。
「我らは、六角。近江守護の名門じゃ!三好を当てにするのではない。三好を使うて織田と戦うのじゃ!もし我らが三好が来るまで動かねば、六角の武名と権威は地に落ちようぞ!」
「流石は殿じゃ!なんと、天晴れな武者ぶりよ」
「頼もしきかな!皆の衆、殿に続けぇ!」
「「「応!!」」」
義定の言葉に、諸将が湧き立つ。
「皆、落ちつけ!一千の兵で打ち出るなぞ、無謀じゃ!!」
腰を浮かせて言い募る賢豊に、義定は笑顔を作って言った。
「何、ひと当てしてみて織田軍を突き抜けぬなら、城に戻るだけじゃ。わしはそうそう死なぬ。安心致せ」
「戦場に安心なぞありませぬぞ!君子は刑人に近寄るべきではありませぬ!」
「後藤、虎穴に入らねば虎の子は得られぬ。わしは虎の子を望む!」
賢豊は力を失い座り込んだ。
義定の体は震えていた。
武者ぶるいか、恐怖か、義定本人にもわからぬ。
彼は六角当主であると同時に、若干十六歳の少年なのだ。
「逃げてはならぬ、逃げてはならぬ、逃げてはならぬ……」
この後、戦場で彼がこのように呟きながら、織田軍に突進していったのも無理からぬ事であった。
一方、織田軍にも苦悩する男がいた。
「逃げたい、逃げたい、逃げたい!ここに石油掘削機で深ーい落とし穴を掘って、自ら飛び込んでしまいたい!!」
「敵前逃亡は即処刑ですぞ。お師匠様」
『えろ大明神』と呼ばれる柴田権六勝家。その中の人、希美である。
傍には、例の『前立て(男)』がそそり立つ『危ない兜』を抱えた河村久五郎が立っている。
「じゃあ私死なないから、逃げても大丈夫だな?そうだよな?」
「往生際が悪いですぞ。もっと堂々となされませ!せっかくそのような、すばらしいお姿を晒しておられるのです。敵方に、その神々しさを見せつけ、戦意をくじいておやりなされ!」
「とんでもないヤバイ奴がいるぞと、違う意味で腰がくだけるだろ!」
「ふむ。確かに今日のお師匠様の『えろ』っぷりに、先ほどからわしの下半身はくだけまくっておりますぞ!!」
「やめろ!!さっきからなんかカクカクしてると思ってたんだ。もう、いっその事、上半身もくだけ散ってしまえ!!」
「はっはっはっ(カクカク)」
希美は先日、主君信長と進藤賢盛との会談中に、滝川一益と爆笑悶絶してしまった件で、信長から絶賛お仕置き中なのである。
観音寺城攻めの前日の事だった。軍議の最中信長は、前回の爆笑事件の罰として希美に命じたのだ。
「この近江でのあらゆる合戦において、権六に鎧、衣の着用を禁ずる」
その場にいた、諸将がどよめく。
「ぜ、全裸突撃……」
「流石は、柴田殿!」
「わしらの陣は柴田勢の陣から近いぞ!やったぜ!」
「ひーっひっひっ!!ひえっ……!ご、権六、お前俺を殺す気か!?」
滝川一益が笑い苦しみながら希美に抗議するが、希美とて好き好んでそんな格好をしたいわけではない。
「彦右衛門、それは殿に言えよ!お主とて、近江の戦では足軽用のだっせえお仕着せ鎧しか着ちゃいけないって殿から命じられただろ!ふんどしだって禁止だから、お前うっかり討死したら、『こいつふんどし無いから、雑魚足軽だな!』って敵将にスルーされるぞ!」
「ぐ……、絶対死ぬわけにいかねえ!!」
一益を黙らせた後、希美は信長にもの申した。
「殿、全裸はやめて下され!勝家おじさんの経歴に傷がつき申す!!」
……希美よ、柴田勝家の経歴は既に傷まみれでボロボロだ。
信長は「ふん」と鼻を鳴らした。
「ならぬ。どうせお主は死なぬ。ならば、着ても着なくても同じであろう」
「そういう問題?!全裸はダメで御座る!猥褻物陳列罪で、お縄で御座るぞ?!」
「意味のわからぬ事を言うな!全裸の上に縄で縛って合戦中に放り込むぞ!」
「合戦でガチのぷれい!!」
いつものじゃれ合いを生温かく見守る周囲の中から、声が上がった。
「兵達が、敵より柴田様を気にして集中できなくなってしまいそうじゃの。せめて衣を許しては?」
新たな仲間、進藤賢盛だ。
希美は感極まって賢盛の手を取った。
「や、山っち~!ありがとう!今度また合コン呼ぶから!!」
武将同士の合コンとは。
「山っち!?わしの事か??」
戸惑う賢盛をよそに、信長が再考し始めた。
「ふむ、それもそうじゃのう……」
「ズーサー!!お願い!せめて、衣だけでも!」
「誰がズーサーじゃ!!この大うつけ!!」
隣で「ぶがっ!」と一益が倒れた。
信長は、ニヤリと希美を見た。
「ならば、武士の情けじゃ。ふんどしは許してやろう。ああ、そうじゃ。お主には敵を引き付けてもらわねばならんからな。奴らにお主が柴田権六だとわかるように、兜だけ着用を許す」
こうして、『ふんどしえろ兜の戦士』が近江の合戦場に降臨した。
どこからどう見ても恥ずかしさしかない、完全など変態である。
変態スタイルの希美が往生際悪く、鋼の槍で自らはまる落とし穴を掘ろうとした時、鉄砲や矢の攻撃が終わり、突撃の声がかかった。
敵方がもの凄い勢いで突進してくる。
希美は仕方なく敵の群れに飛び込んだ。
いつの間にか乗っていた馬は倒れ、希美は地に足をつけ戦っていた。
敵将は誰も彼もが手練れであった。
それが、死に物狂いで向かってくる。
一方、希美の方は、『大切なものを守る戦い』となった。
『大切なもの』。
即ち、『ふんどし』と『えろ兜』である。
ふんどしをうっかり斬られれば、柴田勝家さんの柴田勝家さんがポロリだし、えろ兜を壊されれば、後ろで戦いながら久五郎が抱えている『危ない兜』が希美の頭にパイ○ダーオンである。
希美はそこに気をとられ、防戦一方となった。
その様子を見てとった敵将が、好機だと希美に群がってくる。
「あっ」
希美のふんどしが、はらりと落ちた。
思わず下を見た瞬間、敵将の誰かが希美の頭部に攻撃。
えろ兜がへしゃげて飛んでいく。
すかさず、河村久五郎が敵将を凪ぎ飛ばしながら希美に駆け寄り、スポンと『危ない兜』を被せた。
そして素早い動きで緒を締める。
「ご安心を!決して外れぬように、固結びにしておきましたぞ!」
「て、てめえええ!!」
希美は外そうとした。が、外れない!
残念ながら、この兜は呪われているようだ。
「ち、ちっくしょおおおお!!!」
希美は己れの今の姿を想像した。
ふんどしが足元に落ちている。
そして頭には『前立て(男)』の立派な『危ない兜』。
つまり、ダブル……。
「う、うおおおおおおおお!!!」
希美は、なんか色々吹っ切れた。
開き直って、居直って、いっそ一皮剥けた感じだ。
そのどうしようもない気持ちのまま、希美は暴れた。
「うわあああああああん!!!」
暴れに暴れた。
「うえええええええん!!!」
泣きながら暴れた。
気が付いたら、戦場の中心で敵の首魁である六角義定をガクガク揺さぶりながら、
「私は、変態じゃない!!こんな格好してるけど、変態じゃないんだからあ!!」
と叫び、義定も、
「わかった!お主は変態じゃない!なんか、上も下も丸出しだが、変態じゃないんだよな。わかったから、もう揺さぶらないで……!吐きそうだから!!」
と、グロッキーで希美を説得する謎の修羅場が展開されていた。
周囲にはボコボコにされた六角の将達が観念した様子で座り込み、ぐるりと織田軍の兵達に囲まれている。
希美の後ろでは、希美にこっそり種蒔きしようとした丹羽長秀を会露柴秀吉と森可成が羽交い締めにし、どこかに連行していった。
とどのつまり、王手、であった。
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