第150話 危ない箕作城攻略

箕作(みつくり)城。


観音寺城の北に位置する山城である。


この城は標高三百メートルほどの小山である箕作山の山頂に築かれており、城に通じる道は急斜面に一本しかない。


いわゆる要害というやつだ。


その城に吉田出雲守を始めとした諸将等が立て籠り、徹底抗戦の構えを見せている。






五月二十八日の朝、織田軍は箕作城の少し手前に布陣し、これから攻める敵地を望んだ。


「六角義定さん、アホなの?なんで、ここに三千人が入れると思ったの?」


希美は思わず呟いた。




箕作城はわりと手狭な城である。


頑張って入って、二千人といった所か。


でも、三千人いる。




つまり、三千人の団体で箕作ホテルを予約した。


行ってみると、ホテル側が「うち、相部屋でぎゅうぎゅうに詰めても最大二千人収容の施設だから、千人野宿な!」などと言われ、可哀想な千人が施設から溢れてしまった。


そんな感じだろうか。


城の周囲、山の斜面に、千人ほどの兵達が城を取り囲むように待機している。


(いや、これは作戦なんだ。決して、こいつらが城に入れてもらえなかったわけじゃないはず!そんな可哀想な集団ではないはずだよ……!)




「何を涙ぐんでおる?軍議を始めるぞ」


信長に声をかけられ、希美は「だって……」と口元を手で押さえた。


「あれを見て下され。城に入れてもらえなかったんじゃないの?可哀想だよおっ」


「馬鹿か?これからあやつらをさらに可哀想な目に合わせるお前が、何を言っておるんじゃ」


「え?」






軍議における信長の下知はこうだった。


「おい、まずはひと当てしてこい。丹羽の隊は三千を率いて東口から攻めよ。北は権六じゃ。三千を率いて北口を攻めよ」


希美は「はいっ」と手を挙げて発言した。


「あのー、殿?道は一本しか……」


「斜面を駆け登れ」


「上から、めっちゃ狙い撃ちされますが?」


「数なら我らの方が圧倒的じゃ。うまく行かねば物量で押し切る」


信長は鬼だった。


丹羽長秀が黒い瞳で笑っている。


「二人の共同殺戮……。敵も味方も死にゆく中、柴田殿と某が力を合わせてこの世に阿鼻叫喚の地獄を生み出す。ふふ……、これが我らの子ですよ、柴田殿。二人で死の種を撒き散らしましょうなあ」


「怖えよ!こっち見んな!!」


「……ふう。想像したら、某の種が、もう」


「殿お!?丹羽君がお漏らししたみたいですうー!こんな奴と共同作戦とか、絶対ろくなことになりませぬよお?……私がね!」




信長はすがり付く希美を足蹴にして押し戻した。


「うるさいわ!五郎左はわしの身内になる有能な男じゃ。この作戦で将を務めねばならぬ。わしが許すまで戻って来るな!さっさと行け、解散じゃ!」




皆がゾロゾロと陣幕を後にする中、希美が肩を落としていた。


そんな希美を慰めるように、秀吉が声をかける。


「社長、諦めなされ。殿は言い出したら聞きませぬからの」


「よし、じゃあ闇米が撒き散らした種は、私の代わりに藤吉が受け止めてくれるという事で」


秀吉は慌てふためいて抗議した。


「うおおい!!なんちゅう恐ろしい身代わりをさせるんぎゃ!わし、百姓出身だで、そういうのはお武家様に任せるぎゃ!」


「都合よく百姓アピールしてんじゃねえぞ!今はお前も立派な武士なんだからな。あれだ。男色は武家の嗜みだろ?これは武士になるための洗礼だと思えばいいじゃないか!」


「なら、元から武士の社長が浴びればいいぎゃ!!」




ぎゃいぎゃいと口論する希美と秀吉の耳元に、不穏な声が届いた。


「山の中、死に満ちた地で血塗れの男二人に、種を浴びせかける。山の青に赤と白が映えて、さぞ美しい光景に御座ろうなあ」




ギギ……と、希美達は声のした方を振り向く。


丹羽長秀であった。


穏やかな笑みを浮かべるその顔が近い。


希美は、悲鳴を呑み込んだ。


長秀はちろりと赤い舌を見せ、自身の唇を舐めると、そのまま去っていった。




希美と秀吉は、抱き合って震えた。






申時(午後四時)頃、織田軍の攻撃が始まった。


山を駆け登る。


鉄砲と矢の雨が軍勢の命を刈り取っていく。


盾を使いながら少しずつ進む。


重い鎧を着込み下から登りながら攻撃するのと、上で待ち構えて敵を下に突き落とすのとでは、どう考えても後者が有利である。


敵方もさるもので、吉田出雲守や建部秀明、狛修理亮など、剛勇の強者ばかり。


城に入れてもらえぬ兵達も、その悔しさをバネにしてか、鬼気迫る様で奮戦する。


織田軍は攻めあぐね、とうとう日が落ちた。


それを合図に退き鐘が鳴る。




希美達は、信長の待つ本陣へと戻った。






「敵もなかなかやるではないか」


信長が、ピシリピシリと手で馬鞭を鳴らしている。


「だが、このまま手をこまねくわけにはいかぬ。何か策を申せ!」




主の言葉に、秀吉がすかさず進言した。


「殿、夜襲をしかけましょう!」


「夜襲か。どのように攻めるか!」


食いついた信長に気を良くした秀吉は、蜂須賀正勝を呼んだ。


「夜襲は我が隊の蜂須賀小六の案に御座る。蜂須賀、説明するぎゃ」


「は。三尺ほどの松明を三百ほど用意して御座る。これを山の中腹に分けて至る所に仕掛け、火をつけまする。そうして、我らも松明を手に攻めまする」


「ふむ、火攻めか!」


信長は蜂須賀の案を採用するようだ。


そう見てとった希美は、(『火攻め』なら、あれが使えるかも)と、信長に具申した。


「殿、火攻めするなら、ちょっと火にくべたい物があり申す」


信長は鼻に皺を寄せて、嫌そうに希美を見た。


「なんじゃ、芋でも焼きたいのか?」


「違います!殿は、私が夜襲にかこつけて焼き芋パーリー開催するような奴だと思ってるんで御座るな!?」


希美の抗議に信長が断じた。


「その方なら、戦火に飛び込んで、炎に巻かれながら平然と魚を焼き、敵味方関係なくその焼き魚を売りつけていてもおかしくないからの!」


「殿の中でどんなイメージなの、私!?」


「して、何を焼きたいのじゃ?」


「私的には、焼きおにぎりがオススメ……ではなくて、『草』に御座る」


信長は、不可解そうな顔をした。


「草、か?」


「は。危険な『草』に御座る」






その草を見かけたのは、日野城で六角軍と交戦する前の事だ。




日野城近くまで来た希美が、その草の長細くてギザギザした葉の形状を見た時、ふわっとサビオ君との思い出が甦った。




(やっべー!この草、どっかで見た事あると思ったら、昔の夜遊び仲間だったサビオ君の家で見た!何故か押入れの中で栽培してたやつ!!)




そう。『BIGな麻』が、群生していたのである。




そのサビオ君は、夜遊びに出た時に遭遇しては話をする程度の遊び友達だったのだが、いつの間にか夜の街から消えていた。


どうも、『いけない草を栽培して国外退去になった』らしい。


あの押入れを見た瞬間、浅・い付き合いに留めておこうと思った判断は正しかった。




麻・だけに。






希美は、そんな糞つまらぬ過去を思い出し、ふと思い立った。


(もしかしたら、城攻めに使えんじゃね?)


危険が危ない発想である。


だが、ここは戦国時代。


規制などない。




日野城で六角軍を撃退した後、早速希美は部下に命じて、いけない草を刈り取らせた。


そして天日干しして乾燥させ、持ってきていたのだった。






「まあよい。戦に使えるなら、やってみよ」


上司のgoサインが出た。


希美は、織田兵が火攻めの煙を吸わないように、計画を練り直し、風向きを確かめた後、夜陰に紛れて山の中腹五十ヶ所に松明とBIGな麻を仕掛けた。


そうして一斉に火をつけるとすぐに、放火野郎達は希美を一人、物見に残し、山から少し離した本陣へと戻ってきたのである。




山が燃えている。


火というものは、上に燃え広がるものだ。


特に今日のようなあまり風の無い夜は、炎もそうだが、煙も上に広がる。




六角兵達は大慌てで水をかけている。だが、焼け石に水だ。


問題の煙はどんどん広がり、今や箕作城を含めた山全体を覆っている。


始めは勢いのよかった火も、六角兵達の尽力によりなんとか鎮火したようだ。


だが、煙は未だ辺りを覆っている。


これが完全に晴れるまで、まだ少しかかるだろう。




希美は箕作山の中を歩いて登った。


ほとんど誰も邪魔しない。


多くの者が、そこらに転がって呻いている。


希美に気付いて向かって来る者も弱々しい。


そのうち、城にたどり着いた。


城中の井戸や池からも水を持っていったのだろう。門は開いていた。


中の者も、ぐでっとしている。


希美は六角兵のお仕着せ鎧を剥ぎ取り、それに着替えると、うろうろしながら、城内の門を全て開けていった。




そのうち、煙がようやく晴れてきた。


希美は、歩き回った時に手に入れた五丁の種子島ひなわじゅうを空に放ち、『(城門が)ア・イ・テ・ル・ヨ』の合図サインを織田軍に送る。






こうして織田軍は、たった一日で箕作城を落とした。


それを聞いた和田城の兵達は、戦わずに逃げ出した。




(BIGな麻は、絶対に使用しちゃダメだな)




希美は、この教訓を胸に刻んだ。






※持ってるだけ、庭に生えているだけでもダメです。


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