第144話 攻撃の好機

その後しばらくして、六角義治が若侍と共に戻ってきた。


……承禎の鎖を装着して。


どうやら、若侍から形見の鎖を受け取ったようである。


(余計な事を……)


希美は何か嫌な予感がした。




その義治は、瞳に決意をみなぎらせて宣言した。


「腹を括り申した。織田に臣従致しまする。そして父の遺志を受け継ぎ、この鎖で立派なえろ大名に返り咲いて見せまする!!」


「お、おう、頑張れよ!……そっか、そっちも引き継いじゃうのか」


嫌な予感が当たってしまった。


鎖えろの遺志は引き継がなくてもいい。


希美は強く思った。




「まあ、いい。まずは腹ごしらえだ。あちらに湯漬けと茶を用意しているから、そこの小姓殿といっしょに食べに行ってこい。その後すぐに織田の殿に直接報告しに行くぞ。使者殿と小姓殿も連れていくから、そのつもりでな」


希美は近習を呼ぶと、先ほどのように案内を頼む。


義治と若侍は出ていった。






二人を見送った輝虎が「わしも共に行こうか?」と問うた。


希美は『否』と答えた。


「ケンさんは、戦の準備を頼む。ケンさんは越後衆、玄任が加賀衆の召集担当だ。越後衆だが、船を使って直江津から安宅まで兵を輸送するように、向こうにいる藤吉ひでよしに連絡してくれ。船が足りないなら、加賀にある船の手配を」


「心得た」


「あ、越前にも使いを出しておいてくれ。事情を話して、戦支度をさせておいた方がいいだろう。確か越前の差配は、森三左衛門もりよしなりが任されているはずだから、彼宛てに書状を書いてくれないか?」




輝虎が笑っている。


「いいだろう。ふふ……。久方ぶりの戦場じゃ。腕が鳴るわ」


「oh……、戦闘民族……。ケンさんは、どっちかというと、野菜の星の王子っぽいだよね。ちょいツンデレだし、敵だったのになんだかんだで仲間になっちゃったし。頭はM字ならぬ月代ハゲだし。プクク……」


「何をニヤニヤしておるんじゃ」


希美は、怪訝そうにこちらを見る輝虎を、あのMの人に見立てて、妄想を始めた。


(じゃあ主人公の孫の人は……。やっぱ、上杉謙信の永遠のライバルキャラといえば、武田信玄か。うわー、ミスキャスト)


「ねえ、ケンさん。ちょっと『信玄、お主が一番じゃ』って言ってみてくれない?」


「死んでも断る」


「ですよねー!」




遠くから叫び声が聞こえる。




「おわああああ!!女中に髭があっ!!!」




があっ!……


がぁっ!………


アッー!………………




「出会ったのか……」


「出会うたのじゃな……」


「「さて、と」」


希美と輝虎は立ち上がり、各々準備を始めた。








強行軍で南下した希美達は、次の日の夜遅くにようやく岐阜に到着した。


疲れきってヘロヘロの義治等を引き摺るようにして、信長の居館へと向かう。


「頼もーう!!柴田権六勝家だ!至急、殿に取り次ぎを!」


門番をする侍に取り次ぎを頼むと、すぐに希美達は館の一室に通された。


こんなのでも柴田勝家(のぞみ)は織田家の重臣なのだ。


少し待っていると、寝巻き姿の信長が不機嫌そのものといった表情で現れた。




「ふごっ!ちょ、寝巻き!守護大名の六角さんの前で寝巻きとか!やだ、今座る時ちらっとなんか見えた!はみ○んどころか、ふる……」




ビシビシビシッ!




爆笑する希美に信長がバラ鞭を振るった。


「その方が一大事じゃと言うから、色々中断して、取るもの取り合えず、慌てて参ったのだろうがっ」


「そのわりに、バラ鞭持参とかどういう事なの!?」


「その方と会うのに、これが無いと始まらぬわ!」


「無しで始めてよ!!あと、ふんどし履いて!」




フーッ、フーッ、フーッ。


呆気にとられる義治等ぎゃらりーが見守る中、二人の息遣いが室内に響く。




信長は、話を仕切り直した。


「して、何が起こった?」


「殿の所にも届いたはず。六角義定からの知らせで御座る」


「ああ、六角承禎の急死に、当主交代か。きな臭い話だが、ここに六角当主がおるという事は、わしにお家騒動に関われという事か?」


「ご明察。実は、殿に南近江へのアタックチャーンスで御座る」


「……あたっくちゃんす?」


また意味のわからぬ事を、と眉をしかめた信長は、顔の横で拳を握る希美を嫌そうに見た。だが希美に促されて語り始めた承禎の小姓と蒲生の使者の話を聞くにつれ、戦国大名の顔に切り替わる。


信長の威圧感が次第に増していった。




「六角右衛門督よ、本気か?」


義治は、信長に気圧されまいと、腹に力を込めて答えた。


「はっ。今のわしは何も持っておりませぬ。しかし、織田殿が力を貸して下さり、事が成し遂げられたなら、『南近江』をもって借りを返しとう御座る」


「南近江をわしに渡すと言うか」


「その代わり、我らに味方せし国人衆の本領安堵と六角家のお引き立ての程、よろしくお願い致し申す」


義治はしっかと頭を下げた。


信長は、その垂れた頭を真顔で眺めた。


「……本気で、六角は織田の傘下に入るのだな?」


「ははっ」


信長は、酷薄な笑みを浮かべた。


「ならば、成功のあかつきには、わしに観音寺城をくれ」


義治は、思わず頭を上げて信長を睨んだ。


信長は「そうじゃのう」と考える様子を見せ、ぽんと手を打った。


「そなた、岐阜に住めばよい。何、岐阜は良いぞ?近江に負けはせぬ。……おや?どうした?不満か?」


「いえ……そんな事は」




信長は、ゆらりと立ち上がり背を向けた。


「わしは寝る。これ以上お主と話す事は、もう無い」


「織田殿!!何故!?」


腰を浮かせた義治に、信長は背を向けたまま告げた。


「織田に名門は要らぬ。織田のために尽くせぬ者など要らぬ。わしに着いてこれぬ者は、要らぬわ!」


「お待ち下され、織田殿!」


信長はすたすたと行ってしまう。義治はその背中を追いかけた。


「どうか、どうか力を貸して下され!織田殿!」


義治が信長にすがり付く。


信長が「離せ」と振り払おうとするが、義治は必死でかじりついた。


「わしはどうあっても六角の当主の力を示さねばならぬ!わしは、当主なのじゃ!頼む、織田殿。力を貸して下され!」


「当主の力?お主には何の力も無いではないか。名門はお主の力にはならぬぞ?」


「なればこそ、わしは織田への臣従を決めた。わしは本気じゃ!六角の当主として生きるためなら、名門など要らぬ!城など要らぬ!殿、わしを助けて下され!!」




「よう言うた!!」


信長は義治を見下ろして、くつくつと笑っている。


「よかろう。右衛門督よ。お主は今より織田の臣よ」


「それでは……」


新たな主として自分を見上げる義治に、信長は頷いた。


「うむ、近江攻めじゃ!」






ハラハラしながら見守っていた使者と小姓の若侍に、希美は声をかけた。


「というわけで、織田は六角義治が推しメンだから。これから、よろしくな!」


安堵してほっと息を吐く二人の横で、希美は近江攻めを思い、拳を握りしめて独りごちた。




「アタックのチャーンス」




全然、似ていなかった。

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