第136話 朝倉義景も固唾を呑んで見守る夜
※前書き
『私は何を見せられているのだろうか……』
そんな思いになってしまうであろう話に仕上がってしまいました。
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「織田に降るなど、絶対に許されぬ!!」
「降らねば、朝倉は明日にでも滅びるのじゃぞ?」
「降った所で、あの野心の塊の事じゃ。理由をつけて、朝倉を排除しにかかるに決まっておるわ!」
「織田の統治は敗者に優しい。美濃や越後を見れば明らかだ」
「わしも織田に降るべきと存ずる」
「おのれ、既に内応しておるな?!」
ギャーギャー……ワアワア……
ドタンッ、ガタンッ!!
すごく……会議が紛糾しています……。
こんばんは、柴田勝家こと希美です。
もう!本当に武将男子って、主張激しいんだから!困った人達ね。
その中でも一際気炎を上げている彼……。
朝倉九郎左衛門尉景紀さん。
引退してる癖に、今も朝倉一門衆と敦賀郡司の代表としてバリバリ働いてる、デキル男なの!
見て、あの筋肉!
歴戦の猛者って感じ!
五十五歳とは思えないほどムキッとした体、白髪混じりの髷と髭。
その眼は仁王像の様に熱く燃えて、厳めしさ爆発。
それに、これまでの生き様と共に刻まれた深めの皺が、すごく渋いの!
キャ……、目が合っちゃった!
そ、そんなに熱く見つめないで。ドキドキしちゃうから。
やっぱり、彼も、私の事……。
だったら、いいな。彼も、私と同じ気持ちだったら……。
……決めた。
今夜、彼に私の気持ち、アピールしちゃおう。
年の差も、国籍も、敵も味方も関係ない!
だって私、彼の事……///
(……なんてな!!いや、無理でしょ。こんな中で、どうやってハニトラ仕掛けんの……)
希美は、部屋の隅でため息を吐いた。
希美のいるこの朝倉館は、十ほどの建物から成り立つが、機能によって大きく二つの空間に分かれている。
一つは、主殿を中心とする『公』の空間。
もう一つは、常御殿を中心とする『私』の空間である。
『公』の空間は主に接客や会議に使われ、『私』の空間は日常生活の場となる。
今、希美と朝倉の重臣達は、『公』にあたる会所に寄り集まり、朝倉の今後について話し合い(乱闘)が持たれていた。
おおむね『織田の下での統治』の方向でまとまろうとする重臣等に対し、朝倉景紀を筆頭とした一部の一門衆が『織田、ダメ、絶対!』の主張を覆さず、夕刻から始まった会議は、すでにテッペン(じゅうにじ)をまわっているというのに終わる気配を見せない。
希美は、隅っこでじっと待つのにいいかげん飽き飽きしていた。
合コンでもそうだが、狙いを定めた相手は気になるもので、ついつい目で追ってしまう。
そうすると、見られているのが気になるのか、相手も自分の事を気にして見てくる。
そうして、席が離れていてもお互いに目が合う事が増えて、その意識の高まりが次の展開に繋がるのだが……。
何せ、お相手の景紀は希美達を敵だと思っている。
先ほどから、お互いに目が合うのは合うが、景紀の視線が違う意味で熱すぎる。
こんな相手とこんな状況で、どうやって二人きりになればよいのか、希美には見当もつかなかった。
考えも煮詰まり、暇で仕方ない希美は、気分転換にと朝倉館を探検する事にした。
立ち上がり、そっと明かり障子を開けて部屋の外に出る。
廊下は暗い。
希美はせめて月明かりを取り入れようと、外に面した舞良戸まいらどを開けながら進んだ。
戸の向こうは庭になっており、月明かりと会所から漏れ出た光が、庭の草木と希美のいる廊下を照らしている。
希美はそのまま進み、主殿の広間に出た。
広間は、がらんとしている。
上座には今日朝倉義景の遺体と共に運び込まれた義景の具足が、燈台の明かりに一人ぼっちで照らされていた。
遠く読経の声が聞こえる。
討死した朝倉家臣等を持ち込んだ波着寺の照任達が、菩提寺の僧が来るまでの繋ぎとして、持仏堂で弔っているのだ。
ただ、義景の遺体は、高徳院が『今宵一晩だけでも』と懇願し、親子水入らずで過ごしている。
希美は具足の前まで進み出た。
「みんなはあっちで、会議しているよ。死んでしまうってのは、寂しいもんだよね……」
何となくそう呼びかけて、具足の顔部分をじっと見つめる。
朝倉義景。1563年没。
でも希美は知っていた。
史実では、1573年没。後十年は生きるはずだった。
(ただし、晩年は悲惨だった。政治をおろそかにし、家臣の心が離れていく中、織田軍に負けた。多くの家臣に裏切られ、さらに多くの家臣を討ち取られた挙げ句に、一乗谷に戻っても将兵はみんな逃走。一乗谷からも逃れて逃げた先の寺で、最後の最後は一番信頼してた一門衆筆頭の景鏡に寝返られ、自刃。そう、『歴史ムービング』ってテレビ番組で見た……)
希美は義景に問いかけた。
「あなたは、どちらがよかった?」
「『どちらがよかった』とは、どういう意味じゃ」
希美は、びくりとして振り向いた。
広間の入り口に立っていたのは、朝倉景紀であった。
「ど、どうしてこんな所に?会議は?」
希美は驚きながらも疑問を口にする。
景紀は希美に向かい、のしのしと歩いて来ながら、
「お主が部屋を出るのが見えたで、追ってきた」
と答え、重ねて聞いた。
「『どちらがよかった』とは?」
希美は、少し迷って、正直に話す事にした。
「成就されなかった未来の話よ」
「成就されなかった?違う未来があったとでもいうのか?」
景紀は恐い顔で希美を見た。
希美は目の前の義景の脱け殻を眺めながら、その向こうにある失われた未来を望遠した。
「朝倉は十年後に滅ぶはずだった」
景紀は目を剥いた。
「なんじゃと!?」
「別に、信じられければそれでいいさ。本来なら、朝倉義景は後十年は生きるけど、そのうち政治を放棄し始め、最終的に家臣の多くを討ち取られ、それ以外の家臣のほとんどは寝返るか逃げ去って、信頼してた家臣に殺される。そんな結末だった」
「そんな……、嘘じゃ!そんな未来、断じてあってはならぬ!」
「だから、成就されなかったから来ないよ、その未来」
希美は呆れて景紀に突っ込み、景紀は苦しげに唸った。
「『どちらがよかった』とは、こういう事か……」
景紀は苦悩している。
希美は慰めるように、その背を撫でた。
「ああ、その未来じゃな、嫡男も殺されて朝倉が滅びた後は、その後に入った者達と一向一揆のが絶妙に絡み合って、越前がめちゃめちゃになるんだけどな、全部リセットだから。織田の殿がさ、ちゃんと朝倉も越前も守ってくれるから。ね?」
「信じられぬ……!何が本当なのか。こんな状況で、誰が信じられるというんじゃ……」
悄然とする景紀を元気づけようと、希美は思い付くままに声をかけてみた。
「あ、こういう時、この時代の人達、みんな御仏にすがってるよ?念仏でも言っとく?」
「城に現れた御仏のせいで、殿が殺されたのじゃぞ?そんな気持ちにはなれん!」
景紀は目を見開いて希美に怒鳴った。
希美は、しゅんとした。
「そうでした……。なんか、ゴメンね」
項垂れる希美に、景紀は気まずそうに向こうを向いて言った。
「謝らずともよいわ。何なんじゃ、さっきから。お主は何がしたいんじゃ……」
景紀の言葉に、希美はハッとした。
(そうだった。ハニトラ仕掛けて落とさないといけないんだった)
よく考えてみると、今まさにムーディーな?薄暗い部屋に景紀と二人きり。
(や、やるっきゃない!!)
希美は合コン三昧だった昔の記憶を掘り起こした。
「あの、朝倉さん。一門の皆さん同じ朝倉じゃない?あなたの事は何と呼べばいい?」
景紀は訝しげに答えた。
「朝倉家中の者には、『敦賀』とか『九郎左衛門』などと呼ばれておるが……」
「じゃあ、九郎左さん」
「はあ?!」
戸惑う景紀に希美は名乗った。
「私はのぞ……いや、権六で御座る」
「知っておるわ!」
希美は、つつ……と景紀の近くに寄ると、胸元を少しくつろげてぱたぱたと仰いだ。
「いやあ、少し暑いで御座るなあ」
「そうか?少し肌寒いぞ」
「あ……」
谷間が無かった。
(くそうっ!次、次ぃ!)
希美は景紀の前でうなじを見せて、頼んだ。
「何か首の後ろが気になるんだが、何かついてないか見てくれない?」
「なんで、わしが……お主、なかなか鍛えておるのう。どうやって鍛えた?」
(何故か、私の僧帽筋に食いついた件……。まだまだぁ!!)
希美は景紀に言った。
「九郎左さんだって、ムキムキで格好いいじゃないで御座るかっ。あ、九郎左さんの手なんてほら……」
希美は景紀の手をとって、その手の平と自身の手の平と合わせた。
「私の手より……あれ?小さい……」
「悪かったのう、小さい手で」
違う。柴田勝家の手が大きいのだ。
希美は肩を落とした。
(こ、こうなったら、プチデート作戦じゃあ!!)
希美の中で、再戦の法螺貝が鳴った。
希美は景紀に提案した。
「ここの館は建物の中に庭があるんですな!なかなか趣のある良い庭だ。流石風雅な朝倉の館で御座る。良ければ、見せてもらえませぬか?」
景紀は少し気を良くしたようだった。
「ふん、粗野な織田領とは違うからな!いいだろう。よく見て学ぶがよい」
景紀は広間の出入口に向かって歩き始めた。
「あ、待って!……キャッ」
希美はわざと躓いて、景紀の腰に抱きついた。
そしてそのまま、景紀を巻き込んで勢いよく二人で倒れた。
「な、何するんじゃあ!!?」
「ご、御免なさいいい!!暗くて、こけちゃって!」
「こんな何もない場所でこけるなあっ!!」
どうやら、スピアタックルになってしまったようだ。
だが、希美は『くじけぬ心』を持っていた。
立ち上がり、同じく立ち上がっていた景紀に、瞳を潤ませながらお願いした。
「く、暗くてまたこけそうなので……、袖を掴んでていいですか?」
いや、『いいですか?』などと聞きながら、既に掴んでいる。
景紀は、またタックルされては敵わぬと思ったのか、
「勝手にせい……」
とため息を吐いた。
(計画通り!)と悪い顔をしている希美を連れて、景紀は歩き出した。
景紀はまだ気付いていない。
袖を掴んでいる希美の手が、徐々に上に上がっている事を。
希美が『手繋ぎデート』を狙っている事を。
希美の手が、あと少しで景紀の手に……。
景紀の小指と希美の小指が軽く触れ、景紀が怪訝そうに希美を見た。
(普通ここは、お互いにドキドキし合う所なんだが……。まあいいや)
庭が見えた。
「あ、庭……」
そう呟いた希美は、また小さく躓いて、その拍子に景紀の手を掴んだ。
「御免なさい……。私、あまり夜目が効かなくて。このまま、掴ませて下され」
大嘘だ。柴田勝家のeyesは、夜目がギンギンだ。
「ちっ。お主、それでよく武将などやってこれたな」
「えへへ」
そこで仕方なく手を繋いでしまうあたり、景紀は案外お人好しなのかもしれない。
こうして朝倉景紀(55)と柴田勝家(41)は、『手繋ぎデート』を開始してしまったのである。
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