第105話 怪しき者達の夜

寺で海水や汗を流して身を清め、夕食をとった希美達は、真っ暗な本堂の中、それぞれ燭台を手に車座に座っていた。




「今から何をする気なのじゃ?」


輝虎が希美に聞く。


希美は、燭台の小さな炎を体の前に持ってきて、下から顔を照らしながら、おどろおどろしく述べた。


「夏のドキュン達の風物詩、肝試しをするのだよお~。その前に、雰囲気を高めるために、百物語……は無理だから、七物語をするぞ~」


「か、怪談……怖いのじゃ」


彦姫が今だ!とばかりに希美にしがみつこうとにじり寄って来る。


希美はすぐさま隣の輝虎を召喚、位置を入れ替えた。




希美は言い出しっぺの自分から始める事にした。


「それでは、私からあ~」


「その口調、うっとおしいから止めよ!」


輝虎の一喝に、希美はすぐに謝った。


「うっす、さーせん!……これは、子供の頃の話よ。私は昼寝をしていたのだ……。すると、突然体が動かなくなり、慌てた私が目を開けると、黒衣の坊主が私を押さえつけながら、必死に何か経を唱えておったのだ!!」


家康が真面目な顔で言った。


「それは、一向宗あたりの刺客では?」


龍興が混ぜっ返した。


「違いない。奴等、どこにでも潜んでおるからな。まあ今や、えろ教徒も人の事は言えぬ」




わっはっはっはっ




(笑う所じゃないんだけど……)


まあいいか、と希美は燭台の蝋燭を吹き消した。


すると、輝虎が「そういう話なら、わしも似たような経験があるぞ」と言い出した。


「え、何なに?じゃあ、次はケンさんな!」




輝虎は語り始めた。


「あれはわしが十になった頃であった。その頃わしは寺に入れられておったのだが、ある夜、寝ておったわしはふと寝苦しさを覚え、目を覚ました」


「ふむふむ……」


「わしが目を開けると、目の前には単もふんどしもはだけさせた寺の坊主が、わしに乗っかっておったのじゃ!!」


「「「「「う、うわああ……」」」」」


「わしは、そやつの急所を蹴りあげた後に、兄からの刺客対策で隠し持っていた脇差しを取り出し、その坊主の急所を目掛けて……」


「「「「うわあああああ!!!」」」」


輝虎以外の男共が叫んだ。


輝虎は、ふっと蝋燭を吹き消した。




「そういう話なら、私も……」


今度は彦姫である。


そういう話って、なんだ。怪談の゛怪゛は『怪しい男』の゛怪゛じゃないぞ。


「私がこちらにお世話になってより、屑かごの中身がいつの間にか消えるのです。最初はどなたかが捨てて下さっていると思っていたのですが、今の私は小姓。自分で頼んで捨ててもらわねばならぬと聞きました。つまり、私の部屋にこっそり忍び込み、屑かごを漁っていく怪しき輩が……」


「うおおい!!盛興い!!!」


「ももも申し訳もお!!つい、出来心でえ!!」


盛興が床に額をめり込ませて土下座している。


彦姫は、「本当に、気持ち悪い、屑めが!」と能面のような顔で何度もその頭を踏んづけた。


(こいつ、土下座してるから顔は見えないが、絶対この状態を喜んでいるな)


時折、「はふうんっ」という気持ち悪い声が漏れ聞こえるので、間違いない。


(まあ、まともではないが、これもラブコメかもしれん)


希美はあえて彦姫のお仕置きを止めずに、次の怪談を促した。






ようやく七物語が終わり、全員の蝋燭の火が消えて、本堂は暗闇に包まれた。


結局、怪談は『怪しい男の話』になり、蝋燭の火が全て消えたからといって何も起こりはしなかった。


そりゃ、幽霊さんも出て来ようがない。


この七物語なら出て来るのは幽霊ではなく怪しい男であろうが、そんな男なら、既にこの場に何人も揃っている。




「なんじゃ、何も起こらぬな。つまらん」


輝虎が、ふんと鼻を鳴らした時である。






ガラッ


「皆様、準備が整いまして御座る!」


「キィヤアアアア!!」




肝試し会場への案内役である小姓の久太郎が、本堂の入口を開けた格好のまま、呆気にとられて輝虎を見ている。


皆、伝説のパイセン武将上杉輝虎を慮って、そっと目を逸らした。


希美は、優しく輝虎に話しかけた。




「ケンさん、手を、繋いでやろうか?」




「い、いらんわあーー!!」


輝虎はドスドスと足音を立ててさっさと出て行った。


(ぷくく……これは恥ずかしいよな!しゃーない。私が適当にフォローしてやるか)


希美は謎の親切心を出し、生暖かい表情を浮かべる若者達に言った。




「な?うちのケンさん、可愛いだろ?武将は強いだけじゃつまらん。可愛げがないとな!」




「「「「「可愛げ……」」」」」




「うむ。『可愛げは正義』だからな!」




『可愛げは正義』。この言葉はここから広まり、以降各地の武士達は、可愛げを身に付けようと努力したとかしないとか……


まあ、どうでもいい事であった。








閑話休題。


久太郎に案内され寺内の庭に集まった面々は、一人ずつ寺内の奥にある小さなお堂に、入れておいた木玉ぐつわを取りに行く事となった。


ただし盛興と彦姫は、希美の計らいで二人セットにしてある。




「こんな男と暗闇を歩くなんて、そちらの方が不安です!私は権六様といっしょに……」


彦姫の憤慨に希美は考えを改めた。


「そりゃ、そうよな。ならば、彦姫に手を出せぬようこやつを縛ってしまおう。その縄の端をリードみたいにして彦太郎が持ち、肝試しに行ったらいいんじゃないかな!」


「お師匠様?それ、共に行く意味があるのですかね?」


「なに、盾にはなろうよ。彦太郎、何か危ない目に合ったら、こやつを盾にして逃げるのだぞ」


「あう……権六様に守ってもらいたいのですが……」


希美の言葉に、複雑な表情の彦姫である。


希美は久太郎から縄を受け取り、彦姫に構わず盛興を縛り始めた。


そして、縄の端を彦姫の小さな手に握らせた。


「は、はう……権六様の手が私の手に触れた……」


「じゃあ、盛興の事をよろしくな!皆も頑張ってくれ!それでは後でな」


希美は赤くなってくねくねしている彦姫、いろんな意味で幸せそうな盛興と愉快な武将達を残し、輝虎の腕を引っ張ると、木玉ぐつわを設置したお堂に先回りしたのである。






希美は輝虎をお堂の中の暗がりに連れ込むと、命じた。


「よし、ケンさん、脱げ!」


「え……」


「ああ、急がないと、あいつらが来てしまうだろ!さっさと済ませたいんだ」


「おま、おまおまお前、ななななな……」


「ああ、もう、面倒臭いなあ!」


希美は、輝虎の衣に手をかけて一気に引き下げ、とりあえず上半身を露にさせた。


「キ、キィヤアアむぐっ」


「静かに!ばれるだろっ」


希美の手で口を塞がれ、輝虎はなんとなく胸を隠した。


希美は輝虎の耳元で囁いた。


「私に脱がされるのが嫌なら、自分で脱ぐんだな。そんで、腰にこれを巻け!」


希美に何やら毛皮を渡される。


「なんじゃ、これ?」


希美の手を口から剥がし、輝虎は毛皮を眺めた。


暗くてよく見えない。


希美は、輝虎の隣でごそごそと着替えているようだ。




そのうち、雲に隠れていた月が切れ間から顔を出し、扉の格子から射した光で希美の姿が浮かび上がった。


裸に虎の毛皮を腰に巻き、頭に角付きの兜を被っている。


希美はウキウキで腰の毛皮を叩いた。


「やっぱり鬼のコスプレといえば、虎パンでしょ!二人で鬼になって、驚かせようぜ!」


そして、角付き兜を輝虎の頭にカポッと被せた。


輝虎は、毛皮を見た。


「お主、この虎の毛皮……」


「うん?なんか城の倉庫にあったから、使っちゃった。大きかったから、二等分して、二人分の腰ミノが作れたよ」


「これ、足利御所様からいただいた虎の毛皮……」


「え、大事なもの?なんか、汚いし臭いから、今度処分しようかと思ってたんだけど……」


「……」


「……」


「大馬鹿者おおおっ!!!」


「うわっ、ごめん!ごめんって!」






その時、肝試し一番手の家康は、お堂の扉をぶち破って転がり落ちてきた二匹の鬼を見た。


鬼共は取っ組み合い、激しく争っている。


その凄まじさに、家康は一目散に逃げた。


大きな方は漏らさなかったものの、家康のふんどしが湿っていたのは汗のせいではなかった。




二番手の業盛、三番手の龍興も、鬼の格闘にびびって逃げた。


その頃になって、ようやく輝虎はまったく効かぬ攻撃を続ける無意味さを思い知り、休戦を申し出た。


元より希美は、仕方なく応戦していただけだったので、快く休戦に応じたのだった。






月明かりの下、二人の鬼がお堂の中に身を潜めている。




もう、そろそろだ。


ラブコメは、すぐそこまで迫っていた。

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