第103話 肉食ロリ、押し掛ける

「打ち上げしようぜ!!」




突然の希美の提案に、輝虎と盛興は首を傾げた。


「討ち上げ……討ち取った将の首を上げる。つまり、合戦じゃな!」


「違うわ!」


軍神輝虎の戦闘狂っぽい発言はすぐさま否定された。


輝虎はがっかりしている。


誰かこいつにガンジーさんの精神を叩き込んでやってくれ。




盛興は自信有りげに自説を展開した。


「やはり打ち上げとは、鞭の新たな技法でしょう!従来は振り下ろすのみだったのを、打った後に返す鞭で斬り上げるように……」


「それも違うわ!!新たな鞭技を開発すんな!」


何故こいつは、そんなに自信満々だったのか。


希美は芦名家に流れるドMの呪いに、頭が痛くなった。


輝虎は、『お前が芦名家に呪いをかけたんだろう』という目で、希美を見ている。






希美は彼らが物騒な打ち上げにやる気を出さぬうちに、正しい『打ち上げ』について説明した。


「『打ち上げ』とは、皆が頑張った後に慰労のために催す宴の事だ。お前達は、苦しい思いをして酒の毒を抜いた。まだ断酒は続くが、頑張ったからご褒美に私が旨いものを作って、世話役含めた皆に振る舞おうと思ってな」


「えろ大明神様は、そんな事までお出来になるので御座るか!」


盛興が驚いている。こやつ、すっかりえろ教信者となっているようだ。


輝虎は疑わしげに希美を見た。


「本当に作れるのか?不味いものは食いたくないぞ」


希美はニコニコしながら言った。


「大丈夫、大丈夫!頼んでいた調理道具がやっと出来たんだ。


材料は既に取り寄せてるし、今日は酒の代わりに美味しい料理と美味しいほうじ茶でお疲れ様会しよう!」


「調理道具?」


「フッ素加工が無いのが辛いけど、金に飽かせて鉄で鍋類を作ったんだ!鋳物師も大興奮の逸品さ!」


「ててて鉄を鍋なんぞにい!?刀にせずにい!!」


「やだ、ケンさん、面白い顔して!じゃあ、ちょっと調理場行くから、期待して待っててな!」


「今は刀や鉄砲に鉄が多く使われて、鉄の価値が高まってますからなあ。どんな料理が出てくるのか」




輝虎と盛興には、打ち上げの様子が想像出来ていた。


希美の常識は、輝虎等にとって非常識である。


これは、予想もつかない料理が出てくるに違いない、と。


だが、彼らは思い知るだろう。希美は、いつだって想像の斜め上を突っ走って行くという事を。








さて、希美の渾身の料理が完成し盛り付けを行っていた頃、希美は小姓の久太郎から書簡を渡された。


「殿、伊達家からの書状で御座る」


「え、また?どうせ同じ事しか書いてないんだろうけど……」


希美は手を洗って手拭いできれいに拭くと、渋々中を確認した。


そもそも伊達からの書簡は、希美が越後に着任してから何度も来ていた。それも、毎回内容は同じである。


当然、今回も同じであった。




『わしの娘を嫁にとって、身内になろうぜ!女犯だめなら、仮面夫婦でもオッケーだから。ね、家族になろ! 伊達晴宗』




これである。


女と結婚というだけでもぞっとするのに、何が悲しくて、仮面夫婦前提で結婚しないといけないのか。


希美は、いい加減うんざりしていた。




「『何度も同じ返事をしているはず。お断りだ!』って言っておいて」


「書状を持って来た伊達の使いには、お会いになりませぬか?」


「会わない!しつこいし、怒ってると思わせた方がいいよ」


「では、そのように」




久太郎は、使いを待たせている部屋へと向かったようだ。


希美は、「やれやれだぜ」と転生もの小説主人公にお決まりの台詞を吐き、盛り付けを再開した。




さあ、盛り付けも終わり、ほうじ茶の準備も整った。


希美は女中達に、料理を宴会場となる部屋に運ばせる指示を出していた。


その時、にわかに外が騒がしくなったかと思うと、久太郎が駆け込んで来たのである。






「どうした?何かあったのか?」


希美の問いに、久太郎は困ったように状況を説明し始めた。


「そ、それが、伊達の使いに、殿は会わない事を伝えました所、突然部屋から走り出て、館の奥の方へ向かおうと……。数人がかりで取り押さえ、近くの蔵にて取り調べを行いましたら、なんと、女人に御座り申した」


「は?女?」


「確かに幼くは見え申したが、伊達が小姓を使いに出したとばかり……まさか、女とは」


「と、とりあえず、行こう」


希美は後の事を女中に任せると、蔵へと向かった。






希美が蔵に着くと、入口が開いており、中から声が聞こえる。


覗いてみると、奥の方に小柄な女騎士ならぬ女武士が胸元をはだけさせたまま縛られており、壁に寄りかかるようにして座り込んでいた。


女武士の前には二人の見張りが希美に背中を向けて立ち、女に何か話しかけている。


希美は、その声を耳にした。




「へ、へへ……お嬢ちゃん、洗いざらい喋らないと、おじさん達がお嬢ちゃんに悪い事をしちゃうぞお」


「くひひっ、怯えた顔がまた可愛いなあ。迷子の子猫ちゃん、どこかに悪いものは隠してないかなあ?」


「よ、寄るなっ!触れなば、殺す!」


「『殺す』だって!かあわいい!その格好で殺せるかどうか、おじさんが触って確かめてみるねえ」


「くっ、殺せえっ!」




希美は自分がどんどん真顔になっていくのを感じた。


ロリコンを自称する輩は、ネットの掲示板中にも、転生もの小説の中にもありふれた存在であるが、実際に目にするとこれほど不快でドン引きな存在であろうとは。




希美はかつてない速さで見張り共の後ろまで詰めると、二人を一撃で沈めた。


「おい、この変態共を確保せよ!」


久太郎と、他について来た家臣が、手際よく見張り武士二人に縄を打つ。


希美は意識を朦朧とさせる見張り達に、構わず話しかけた。


「よくも私の目の前で事案を発生させたなあ……。ロリコンだけでなく、ロリコン界の絶対ルール『ノータッチ』を犯すとは……。きつい仕置きが待っておるぞ!連れていけ!」


「ははっ」




変態武士等が退場し、希美は少女武士に声をかけた。


「怖い思いをさせたな。ただ、身なりを偽って怪しい動きをすれば、どんな目に合っても不思議ではないぞ。お主、何者だ?」


少女武士は警戒しながら、希美に問うた。


「そなたこそ、誰じゃ?」


希美は、しゃがんで少女に目線を合わせた。


「私か?私は、この春日山城の主よ」


「柴田権六様か?!!」


「いかにも」


(たこにも!……なんてな!ぶぁっはっはっ)


希美は、戦国最大級にどうでもいい事を考えている。




少女武士は驚いた後、目をキラキラさせて、希美を見た。


そして、興奮したように話し始めた。


「わ、私は、伊達晴宗が娘、彦と申しまする!どうしても、どうしても権六様にお会いしたくて、小坂彦太郎という武士に身をやつし参ったので御座います!!」


まさかの、伊達のお姫様である。希美は思わず立ち上がった。


「あ、阿呆か!!単身、大名家の姫が他家に乗り込み怪しい振る舞いをするなど、酷い目に合うやもしれんぞ!」


彦姫は、しっかと希美を見据えて言った。


「それは、百も承知で御座いまする!それでも、あなた様に一目お会いしたくて……会えたなら、討たれてもよう御座いました」


「伊達と戦になりかねんわ、ど阿呆姫!!」




彦姫は、うっとりと希美を見つめると、縛られたままにじり寄って希美の足に寄り添った。


「怒っている様も素敵……お慕いしております。どうか、彦を室にもらって下さいませ!」


「嫌です」


希美は、即拒否した。だが、彦姫も引かない。


「お願いします!」


「嫌」


「そこをなんとか!」


「無理」


「私、男色に理解があると、家族に定評があるんです!男の恋人なら、いくらでも作っていいですから!」


「腐ってんのかよ!しかも、家族公認とか、伊達家はどうなってんだ!?」


「母から教わりました」


「娘に英才教育仕込んでんじゃねえ!……はっ、お父さんは?お父さんはあなたがここにいる事、知ってるの?」


正直、これが一番の問題である。


下手したら、姫の家出で伊達家では大騒ぎだ。


しかしその心配は杞憂だった。


「父にはちゃんと相談してから来ました。快く送り出してくれました」


「おのれ、確信犯か……」


杞憂どころか、さらに面倒なやつだった。


勝手に人の名前で欲しくもないピザを注文されて、着払いで送りつけられた気分である。




彦姫は頭を下げた。


「ふつつか者ですが、幾久しくよろしく……」


「お願いされんぞ!!私は、ノーマルなんだ。精神的百合で、ロリコンとか、絶対無理!!」


「よくわかりませんが、どうか、せめてお傍に置いて下さいませ……お願い致します!」


彦姫はしつこかった。


希美は、げんなりした。


(はあ……、私、女子高だったけど、どっちかというと合コン三昧の異性愛一辺倒グループだったからなあ。女の子に告白された事なんてないから、どうすりゃいいのかわからんぞ)


このままでは延々と押し問答だ。


希美は、閃いた。


(そうだ!嫌われればいいんじゃね?見た所、十代前半くらいか。この頃、私の友達は皆お父さんを嫌ってた!娘が嫌がるお父さんの行動をしてれば、向こうから嫌がって帰るに違いない)




希美は『パパイヤ計画』を実行に移すため、彦姫に提案した。


「ならば、少しの間ならここに置いてやってもよい。その代わり、女のお主は要らん!『小阪彦太郎』として、私の小姓をせよ。『働かざる者食うべからず』だからな!」


「はい、はいっ!嬉しゅう御座います!幾久しく……」


「お願いはされん!お主、派遣扱いだから。柴田家での正規雇用は無いからな!」




くうぅ……




空気を読まず、彦姫の腹が鳴った。


恥ずかしそうにしている彦姫に、希美は笑って言った。


「そういえば、ちょうど打ち上げの料理が出来た所だったな。彦太郎、お主にも食わせてやろう。歓迎会だ」


希美は、嬉しそうにまた腹を鳴らした彦姫の縄を解き、宴会場へと誘ったのである。










「んほおおおおお!!!はにほへ(なにこれ)、ほいひい(おいしい)ーー!!」




(いやあ!女騎士(女武士)といえばこれが鉄板!というか、女騎士でも女武士でも、鳴き声は変わらんもんなんだなあ……)


希美は何とは無しに感心しながら、ガツガツと鳥の唐揚げにかぶり付く彦姫を見守った。


その隣で盛興がかぼちゃと鳥ミンチのコロッケ風ハンバーグを頬張っている。


コロッケが作りたくてもパン粉を自作できないため、苦肉の策であった。


他にも茄子の揚げ浸し、鳥ミンチのロールキャベツ、ポテトフライにスパニッシュオムレツなど、希美が輸入しまくった野菜類を含めてなんとか戦国時代の食糧で出来た料理が並んでいた。


ちなみに、牛肉や豚肉はまだ肉用の牛や豚を越後に連れて来ていないため、流石に使えなかった。




希美の隣で唖然としている輝虎に、希美は唐揚げを差し出した。「うまいぞ!食え!」


輝虎は叫んだ。


「肉は禁ーー!!肉、仏、禁ーー!!!」


「何言ってんだ?」


「おま、おま、お前、御仏の御加護をもらったのだろ?なんで、女色を禁じておるのに普通に肉を食えるんじゃあ!」


「女犯は御仏から禁じられたが、肉食は禁じられておらんからだ!」


「阿呆ー!!それは、言わずもがな、だろう!」


「いいや、僧侶だって本来酒は禁じられているのに、薬と称して『般若湯』だなどと飲んでおるではないか」


「ぐっ……」


ぐうの音も出ない輝虎に、希美は不敵に笑った。


「これは、肉に非ず。滋養強壮効果のある薬、『般若肉』よ!」


輝虎は、わなわなと震えた。


「あ、阿呆じゃ!お主は真の阿呆じゃあ!!般若『肉』と言うてしもうておるではないかあ!」


「あ……。まあ、滋養強壮に効くのは本当だから。ほら、私があの世で御仏に教えてもらったんだよ?肉は適度に食べると体が強くなる、とね。薬としてなら、食べていいって!だから、問題無し!」


「本当だろうな?」


「本当本当!そもそもケンさんなんて、殺生しまくりじゃん?今さらだよね!ほら、お食べ?」


希美は輝虎の口に、唐揚げを放り込んだ。


「ふ、ふまひ……」


輝虎が、もぐもぐと一生懸命口を動かしている。


気に入ったようだ。


酒以外の楽しみを知る事もアルコール依存症の大事な治療の一つなのだ。


希美は、うんうんと頷いた。


輝虎が、唐揚げを口に頬張ったまま希美に聞いた。


「ほころへ、はのほひょうははれじゃ?」


「え?『あの小姓は誰じゃ?』かな?あの人ね、ただの美小姓に見えるでしょう?実は、伊達家からお越しの、彦姫ちゃんでーす!」




「「ぶぼばっっ!!」」




輝虎と盛興が、一斉に口の中のものを吹き出した。


希美は顔をしかめた。


「ちょっと!汚いなあ……。ええと、彦姫ちゃんは、『小阪彦太郎』として、しばらくの間柴田家の小姓として勤めてもらいます。じゃあ、新人の彦太郎君、挨拶して!」


「ふぁ、ふぁい!」


彦姫は口の中の唐揚げを飲み込み、ほうじ茶を一口飲んでから立ち上がった。


「わ、私は、小阪彦太郎です!将来の夢は、権六様の正室になる事です!よろしくお願いします!」






輝虎は頭を抱え、盛興がひっくり返っている。


だから言ったのだ。




希美は、想像の斜め上を突っ走る。

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