第90話 ある種のきのこたけのこ戦争

箕輪城本丸館の一室。


新しくはないが、よく手入れされた畳の上に、希美はあぐらをかいて座っていた。




希美の後ろには褥しとねがあり、そこには上杉輝虎が昏々と眠り続けている。


そして希美の前には、渋い表情の武田信玄と北条氏康が座っていた。


前門の虎、後門の龍である。




(なんかネコ科コンビ、めっちゃ゛怒おこ゛じゃね?!)


希美は気まずさに両者から目を逸らした。






信玄がおもむろに口を開いた。


「のぞみよ、何故その男が生きておるんだ?……そして、長野の小僧とはどういう関係なんだ?」


希美と氏康は、最後の言葉は無視する事にした。






希美が信玄に答えようと口を開きかけた時である。


にわかに外から、聞き慣れたようなビートが聞こえてきた。


魂を震わせるような、熱いリズムだ。


音が次第に近づいてくる。




ダンッ、ダンッ、ダンッ、ダンッ




「失礼致す。織田か、あっ、お待ち下され!」


業盛の慌てる声が聞こえた。




ガラッ




「ぐおんろくう~……」


「ひ、ひぇっ」




鬼の形相の魔王が登場である。


鬼なのか魔王なのか、はっきりさせて欲しい。


そんなどうでもいい考えが脳裏をよぎった時には既に、希美の眼前に信長の足裏が……




ドゴ……




年々切れを増す信長の『飛び足刀横蹴り』が、希美のフェイスに突き刺さった。


だが肉体チートに阻まれて、攻撃力は無効化されている。




「と、殿。信玄はともかく、北条殿は初めてフェイスですぞい」


突然の魔王で、希美の言葉が残念に乱れた。




「ふん」


信長は流石に戦国大名だ。


そのまま氏康に向き直ると、座して頭を下げた。


「織田上総介信長に御座る。此度はご協力かたじけなく」


氏康もさるものだ。


あんぐりと口を開け固まっていたが、すぐに戦国大名の顔に戻し、返上した。


「北条相模守氏康に御座る。こちらこそ、良き農法を教えて下された。感謝致す」


「で、では、某は松平殿の元に戻りまする」


「ああ、新五郎、ありがとうな」


業盛は戸を閉めると去っていった。






信長の視線が逸れ、希美がほっとしたのも束の間、信長は氏康の方を向いたまま希美に問いかけた。


「その男が、上杉弾正少弼輝虎か」


「そうで御座る。そういえば、殿、朝倉はどうなさったので?」


「休戦じゃ。浅井下野守が間に入った」


「へえ、浅井下野守殿が……え?!浅井久政!?」


「おい、諱を呼ぶな。失礼だぞ」


「さーせん!あの、浅井下野守殿は、織田嫌いじゃあ……?」


はあ、とため息を吐き、信長は希美に向いた。


「えろ教徒になったそうな。その方に感謝しておるのだと。ほれ、文じゃ」


「はあ?!」


カサカサと書状を開いた希美は、久政からの手紙を読んだ。






『あまねく全てのふんどしを統べしえろ大明神様』






「誰がふんどしの神じゃい!!」


手紙の書き出しが酷すぎる。


希美は仕方なく読み進めた。






あまねく全てのふんどしを統べしえろ大明神様




臣は竹生島の主、淡海の湖に沈められし者、昏く澱みし湖底に繋がれた浅井下野守久政と申し候。


我が地にもその香しくも素晴らしき恩寵が、あなた様のふんどしの如く、長く伸びて参り候。


臣が初めてその御知恵と教えに触れた時、臣のうちに封印されしえろが大爆発を起こし申し候。


その奔流は湖を白く染め、あまりの香しさに棲まう魚が全て浮きまして候へば、それより後は臣の右手が常に疼き、抑えるのに苦労致し候。


いつしか右目も隠しとうなりて、使徒様を真似てふんどしにて封印して候……






希美は、途中で読むのを止めた。




「あわわ……殿、琵琶湖、琵琶湖が白潮……!」


ガクガクと震える希美に、信長は怪訝な顔をした。


「はあ?琵琶が白い?そういえば、下野守が息子と和解したのはその方のおかげじゃと会いたがっておったぞ」


「会いたくないで御座る!!」


「何故じゃ?実直そうな良き御仁だったぞ」


「読んで!これを読んでみて!」


「読んでもよいのか?その方宛の個人的な文であろう?」


「こんな痛々しい思いを一人で抱えたくない!みんなも読んでみて!」


女子特有の残酷技『男子の手紙ぽえむ回覧』炸裂である。


田舎では、おばちゃんが回覧板でお見合い希望の男子の釣書を回す所もあるという。


希美は、久政の闇ぽえむを信長に手渡した。






「知りとうなかったあ!実直そうな顔の裏でこんな事を考えておるなど、知りとうなかったあー!次からわしは、どんな顔で下野守に会えばいいんじゃあ!!」


隣で信長が頭を抱えている。


二人で手紙を読んだ信玄と氏康は、ドン引きしている様子だ。


氏康が震える声で信長に忠告した。


「おい、この男、自分を『臣』なぞと言っておるが、浅井は柴田に下ったのか?当主は息子だろう?聞いてみた方がよいぞ」


「何い?!た、確かに、『臣』とある。おのれ、権六!またややこしい事態に!」


驚愕した信長が希美の首を絞めて揺すった。


希美はゆさゆさと揺すぶられながら、嫌な予感に見舞われた。


「はっ、浅井長政の改名は……殿!浅井の息子が改名する話は?!」


「その方、よくわかったな。わしの妹をくれてやる事にしたのを喜んで、わしの名前から一字取り、『長政』と名乗るそうな」


信長の言葉に、希美は安心した。


「セーフ!セーフだった!よかった、『会露政』にするとか言い出さなくて……」


「いや、息子の方は、そんな事を言わなかったぞ」 


「ん?息子の方?」


「下野守め、犬(前田利家)が『会露田』に改名したのを聞いて、浅井を『会露井』に改名すると言い出し、親子で取っ組み合いになっておった」


「下野守のバカァ!!息子は絶対、阻止してえ!」


代々『エロい』呼ばわりなど、気の毒過ぎる。






「それにしても、下野守は右手が疼くのか……はんっ、疼くのは左手だろう」


信玄が独りごちたのが聞こえた。


それに反応したのは、氏康である。


「聞き捨てならぬぞ、武田ぁ。右手こそが疼くべき手よ……」


信玄の眉がぴくりと動いた。


「おいおい、北条の爺さんよお。耄碌したんじゃないのか?左手一択だろうが」


氏康の目がくわっと開いた。


「誰が爺だ、この腐れ坊主が!!右手こそが頂きへと至る真理よ!!これだから、最近の若者は物を知らぬのよ」


「誰が物知らずだ、物忘れ爺!!」


「まだわしは六十前じゃあ!変態坊主が!!」


「「合戦じゃあ!!」」




「あほか!!」


スパーンッ




信玄は頭を押さえてうずくまった。


「なんでわしだけ、叩かれたんだ!!」


「お前が変態坊主なのは真実だからだ、信玄よ」


この希美の言葉が真理である。


「だいいち、右手だの左手だの、皆それぞれだろ?まわりに聞いてみろ。どっちかが絶対なんて事はないんじゃね?」


(知らんけど)


信玄は希美に聞いた。


「お主は」


スパーンッ


「聞くな」


(勝家おじさんの疼く手の記憶など、掘り起こしたくないわ……)




「おい、上総介。お主はどっちじゃ?」


氏康が信長に聞く。


信長は、何故か得意そうに答えた。


「くくく……わしは、両刀よ!」


「異端じゃの」


「筋の通らぬ男よの」


「何故!?」


二人がかりで辛辣に切り捨てられ、信長は呻いた。




「よし!わしは知っておる大名等にどちらが疼くか書簡で聞いてみる。お主もそうせよ。どちらが自分と同じ大名を多く集められるか、勝負だ!」


信玄が良い事を思いついたとばかりに、氏康に提案した。


氏康もそれに乗った。


「なるほど。どうせなら、日の本の大名全てに聞こうではないか!そして、右軍と左軍に別れて天下分け目の合戦といこうぞ!」


「面白い!場所はどこが良いかの」


考える信玄に信長が提案する。


「美濃に、『関ヶ原』という山に囲まれた広くて何もない土地がある。そこはどうかの?」


「ほう、良さそうだの」




わはははは、と戦国大名達が笑っている。


あれだ。


大名ジョークというやつだ。


史実を知っている希美は、全然笑えなかった。


そんなしょうもない理由で起こった『関ヶ原の戦い』など、教科書に載せられるわけがない。


死んだ兵とて、浮かばれぬ。








「さて、権六」


「はいっ?!」


油断していた希美は、信長に突然声をかけられ、ビクッとした。


信長は和やかな表情のまま、希美に命じた。






「そこで眠っておる『越後の龍』を、今すぐ殺せ」

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