第86話 知将(詐欺師)

「頼もおーう!!!」




箕輪城の大手門の前で声を張り上げる男がいる。


甲冑姿で騎乗しており、その後ろには何やら馬に荷を引かせるための小者を従えている。




物見櫓にいた箕輪城の兵は、夕刻になって現れたこの珍客に戸惑った。


敵ならばもっと大勢で押し掛けて来ようが、相手は小者を数に入れても二人きり。


得体が知れぬ。




「何者か!」


兵が尋ねてみると、甲冑の男は答えた。


「某は、上杉家家中総務課長之介と申す!箕輪城城主長野信濃守業盛殿に我が殿から、お届け物でーす!!」




上杉家の家中なら、味方である。


が、怪しい。


兵は、荷を改めるために、櫓を降りて門を開けた。






「荷を改めるぞ」


「どうぞ。中は玉薬に御座る。受け取りのサインは、直接長野殿にモノを確認してもらってからいただくよう、殿から申しつかっており申す。こちらの書状をお渡し願いたい。その上で、お取り次ぎを」


総務課長之介と名乗る男は、『長野新五郎殿』と宛名の書かれた書状を兵に渡した。


荷を改めた箕輪兵は、それを受け取ると、「しばし待たれよ」と言い、門外に総務課長之介等を残して中に入ろうとした。


だが、総務課長之介は引き止めた。


「ちょっと待ってくれ。雲行きが怪しい。雨が降るとせっかくの玉薬が駄目になってしまう。屋根のある所に入れさせて欲しい」


「しかし……」と兵は渋ったが、「上杉の殿からの心遣いをふいにすれば、長野殿に恥をかかせ申すぞ!」と言われ、渋々総務等を中に入れたのである。




ともあれ、広い平山城の箕輪城である。城主に玉薬を届けるとなれば、階段状に配置された曲輪を回り本丸にたどり着くまで、外を運ばねばならぬ。途中で雨が降るとまずい。


箕輪兵は仕方なく、総務を玉薬と共に二の丸まで連れて行き、城の重臣にお伺いを立てる事にした。


「そこもとを城内二の丸まで連れて行く。荷は某が運ぶ故、小者はここで待て」


箕輪兵がそう言うと、総務は「相わかった」と了解し、小者を門の内側に残し、おとなしく兵の先導に従ったのである。






一方、希美は思いの外スムーズに城内に入れた事に、内心しめしめと笑っていた。


万の大軍で攻められれば相手は守りを固めるだろうが、寡兵なら油断する。


竹中半兵衛だって、今は亡き『稲葉山城乗っ取り』において、寡兵で成功したのはそういう事だ。


今回希美は、小物類もこだわっている。


甲冑は、武田が持っていた上杉軍の甲冑だし、書状も上杉輝虎の花押を、マイコー若村のダンスを完コピした肉体チートで完全に再現したものだ。




(なかなか、私、知将っぽくない?!)


とうとう希美は知将への階段を登り始めたようだ。


作戦の成功に期待を膨らませながら、希美は先導する箕輪兵に着いて行ったのである。






二の丸に着き、暫く留め置かれた希美は、色々探りを入れられ調べられた。


希美は聞かれる前に、以前旅行で行った春日山城跡で見学した内容を思い出し、それっぽくぺらぺらと喋った。


それが功を奏したのか、得物を取り上げられると玉薬ごと本丸に通されたのである。




箕輪衆からすると、実際に上杉の合印の入った甲冑を着ており、花押も本物と同じである。


六樽もの大量の玉薬を持ち込み、調べても特に妙なものは入っていない。


火種となるものさえ近付けなければ、面会させても問題無さそうだ。


実際に上杉からの使者ならば、追い返した後が怖い。


希美が面会を許されたのは、そんな様々な理由からであった。






本丸にある館の広間には、上座に箕輪城城主長野業盛が座り、その脇には重臣等が詰めていた。


希美は玉薬の樽を後ろに、業盛と相対した。


業盛は、十七才。


ちょっと面長で眉のしっかりした、色黒の真面目そうな少年だ。


希美は思わず呟いた。


「せやかて、くど」


「ん?何か?」


業盛に突っ込まれ、希美は最後まで言い切るのを思い留まった。




業盛が口火を切った。


「さて、わしが長野新五郎業盛である。そこもとは、上杉の殿からの御使者殿とか」


「はっ。お初にお目にかかる。某、総務課長之介と申す。某は弘治二年、殿が出家なさろうと出奔された折りに大和国で召し抱えられた者に御座る」


希美は、以前読んだ小説『恋せよ、そして龍に成れ!~えっち後の謙信は激甘党』の主人公設定を思い出し、それを引用したのだ。






「ほう、大和国とな。どのような経緯で召し抱えられたのか聞きたいな」


業盛が探りを入れてきた。


希美は語った。小説の内容を。


「某の家系は、遡れば源氏の流れを汲むと伝わっており申す。二代前までは畠山家中におり申したが、諍いを起こし出奔、子孫の某は葛城山の山麓にある吐田郷村にて浪人をしており申した」


「そこへ、殿が参ったのか」


業盛が食い付き、希美は頷いた。


「八月の残暑厳しい日に御座った。通り掛かった殿が汗をかいて御座ったので、某は我が家の井戸にて行水を勧め申した。殿は喜んで汗をお流しになり、某は側で介助を。その時、某も汗にまみれているのを見られた殿が、『お主も汗を流すがよい』と。某は、恐れ多さに躊躇しておったので御座るが、殿は某の衣に手をかけられ、そのまま……」


「そ、そのまま……?」


周囲の箕輪衆等が、ごくりと息を呑むのがわかった。




「後は、流れのままに……」


希美は小説の内容を思い出して、頬を赤く染めた。


BL小説は普通の恋愛小説に比べて、わりと描写が詳しいのは何故なのか。


そして希美は、何故そんな小説を読んでしまったのか。




何にせよ、業盛等は希美の様子を見て、色々察したらしい。


赤くなったり、青くなったり、咳払いしたりと様々な反応を見せている。


業盛も赤い顔で戸惑いつつ、希美に確認した。


「そ、そうか。それで気に入られたのか……ところでお主、葛城山と申したが、『山』といえば何を思う?」


「『ふもと』に御座いましょうか」


希美はにやりとした。


有名な上杉の合い言葉だ。


業盛等箕輪衆は目を見合わせ、頷いた。






「なるほど、そこもとは確かに上杉家中のようだ。色々無礼を致し申した。申し訳ない」


業盛が希美を信じた。


上杉さんに男色の濡れ衣を着せて、申し訳ないのはこちらの方だ。


だが、好機である。希美は鷹揚に頷き、嘘話を開始した。




「なんの。それより、この玉薬を殿が長野殿に遣わされたのには理由が御座る」


「ほう、何かな」


「実は織田が武田と共同でこちらに向かっていると知らせがあり申した」


「な、なんと!?」


業盛が仰天する。箕輪の重臣達もざわめいた。


希美は神妙な顔で伝えた。


「我らは箕輪城を攻めると睨んでおりまする。そこで殿が、箕輪へこの玉薬を、と」


睨むどころか、『今夜は寝かせないぜ』と現在待機中だ。


だが箕輪衆はそんな事は知らない。


「「「おお……!」」」


と感激の声が漏れた。






燭台が運ばれて来た。外は暗くなっている。


希美は声のトーンを少し低くして、感激中の業盛に話しかけた。


「ところで長野殿はご存知か?この館に武田の間者が紛れておるという事に」


業盛はギョッとした。


「な、なんじゃと?!」


重臣の一人が希美に聞いた。


「それは、真の事で?!」


「真よ。情報によれば、間者が数名紛れ混んでいて、その内に騒ぎを起こし、その混乱に乗じて逃走をはかろうとしておるとか。一度城内の人間を改めなされい。早い方がよい」


希美はもっともらしく進言した。






その時である。


にわかに外が騒がしくなり、箕輪の侍が駆け込んで来た。


「蔵屋敷で火が出ておりまする!」




「火じゃと?!何故じゃ!」


重臣がすかさず聞く。知らせた侍は


「詳しい事はわかりませぬが、不審であると皆申しておりまする!」


と答えた。


希美は二十四時間テロと戦う男になったつもりで、業盛に促した。


「くそぅ!!奴らの動きが早い!間者は一人ではない。もしかすると、次は本丸か二の丸に火をかけるやも知れぬ。ご家族が危険で御座る。ここは一旦、城内の人間を全員何処かに集められよ。さすれば、中に間者がいても逃げられはせぬし、火を放たれて被害を被る事は無い!」


業盛はまごつきながら言った。


「で、では二の丸の館に……」


「箕輪城内の人間は、総勢二千ほどと聞いており申す。それほどの人数を一度に館に入れては、間者がどこに隠れるかわかり申さぬぞ!松明でも立て、どこか外の広い所へ集められよ!」


「た、確かに……藤井、皆を木俣の広場に集めよ!」


「ははっ!」






思いもよらぬ事の連続で、皆浮き足立っている。


希美は、「ここは玉薬がある故、万が一火がついてはならぬ。燭台の火は消しますぞ」と言い、さっさと吹き消してしまった。


暗い中、小さな灯りを手に持ち、皆が右往左往している。


希美はなに食わぬ顔で業盛と共に、木俣へと向かったのである。

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