第85話 パーティ会場を予約しよう
茶会とは、今も昔も情報交換の場として機能している。
助五郎が良い仕事をしたのだろう。
彼が堺に帰ってひと月余りが経ったが、上杉のえろ教徒に対する非道な行いの噂は、なかなかいい感じに広まっていた。
なんせ会った事もないお偉いさんから、お手紙がバンバン届くのだ。
その代表格は、足利義輝さんである。
お手紙公方といえば、足利義昭さんのイメージが強いが、義輝さんだって書いちゃうのだ。
助五郎から話を聞く限り、わりと純粋な所のあるお人のようだ。
後、暇なのだろう。
『上杉には幻滅!』『えろ教徒って偉いよね』『将軍も偉いんだよ?』『今度遊びに行っていい?』
こんな感じの内容で、なかなか長文のお手紙が届き、希美の目が滑りに滑った。
(いやあ、こんなに目が滑ったのは、久しぶりだわ。『僕結婚してるけど、あなたの事が好きになりました。この気持ち、諦めたくない。ずっと好きでいます』みたいな事を超長文で友人に送ってきたLINEを見た時以来だよ。そういえば、あの時、LINEでも長文過ぎると文章が省略されるって事を初めて知ったんだっけ)
不倫希望メールと将軍様のお手紙を同類にしては失礼である。
さて、現在文通モテ期の希美だが、お手紙をもらうばかりではない。
せっせとお返事を書くだけでなく、使えそうなお手紙を選んで、上杉戦に仕込んでもいた。
例えば、以前信長に手紙を寄越した芦名止々斎が、今度は直接希美に出した手紙がそれである。
『初めまして!芦名止々斎です。えろ教入信してます。上杉って前から偉そうでいけすかなかったんだよね。えろ神様がやっちゃうなら、お手伝いするよ!』
(なかなか、使えそうなお話やんけ!)
早速希美はこんなお返事を書いた。
『初めまして。えろ神こと柴田勝家です。お気持ち嬉しいです!でも、手伝ってもらっても、そっちで攻めてくれたお城、一つか二つくらいしかあげられないかも。それでも大丈夫ならぜひぜひ☆五月十三日に上野辺りで暴れる予定なので、合わせて越後をツンツンして欲しいなあ』
すると、すぐに返答が来た。
『全然おっけー!準備しとくねー』
(よっしゃー!越後に待機組の上杉方足止め要員ゲットー)
希美の策は一つ埋まったようだ。
それと同時進行で、希美は信玄と家康に連絡を取っていた。
『信玄へ
松山城攻めはそろそろ、引き伸ばせなくなってきた頃かな?こっちもいい感じで進んでるんで、後半月は上杉さんの足止め、よろ!やられたふりして一回逃げてさ、上杉さんが松山城に入ったのを見計らって城を取り囲んじゃって!後、策が成った時の分け前は、箕輪城以外は希望通りに!北条さんにも同じように伝えてねー』
(くくく……げんなりする信玄の顔が浮かぶようだよ。歩き巫女ちゃんから聞いてるよ。最近は、諦めて帰りたがってる上杉さんにダブふん姿で挑発したり、相手の兵糧が尽きないようにわざと荷を落としてみたり、会談設けてすげー悪口言って怒らせたり、あの手この手で引き留めてるそうじゃないか!)
信玄と、それに付き合わされている北条さんはご苦労様である。
希美はもうちょっと計画性をもって策を練るべきだ。
『会露太郎へ
武田さん家の居心地はどう?(笑)こっちは明日出発するから。準備できてんな?武田さんとこが案内してくれるから迷わないだろうけど、共同作戦なんだから、遅れるなよ!じゃあ、五月十三日に箕輪城でな!』
家康は、事前に信玄に頼んで松平軍ごと武田さん家で預かってもらっている。
武田さんとこは貧乏なので、松平軍の食べ物は送っておいた。
米は貴重だから、ほぼほぼさつま芋と筍だ。
筍は今が旬だから、山の中でも見つけられるだろう。
さあ、いよいよ『上杉さんを囲む会』に出かける時が迫っている。
パーティー会場は、上野国箕輪城こうづけのくにみのわじょうの予定だ。
しかし現在、箕輪城は上杉方の団体が使用中である。
だが、戦国武将にとって、そんな事は関係ない。
会場予約は殴り合いで決まるのだ。
明日の出発を前に、希美は墨俣城で次兵衛と半兵衛とで、殴り合いの最終確認を行っていた。
「うふふ……上杉さん、きっと驚くよ!」
「興奮しておられますな。それにしても、近隣の大名等と組んで仕掛けるとは、とんでもない策ですな。某も今宵は眠れそうもありませぬ」
ソワソワする希美に、次兵衛が同調した。
希美は懸念を口にした。
「ただ心配なのは天気よ。雨が降れば、事前に会露太郎に送っておいた玉薬が使えぬ」
そこへ半兵衛が自信ありげに言った。
「何、その時は正攻法で攻めましょう。箕輪城は最近当主が代わったばかり。堅牢だったのも、前の当主だったからこそに御座る」
「殿はお強いばかりか、矢も槍も通さぬ。なんとか門を開けていただければ、某等も攻めやすう御座る」
次兵衛の言葉に希美は頷いた。
「何とかやってみよう。では、明日から強行軍だ。今日はゆっくり休んでな」
「「ははっ」」
出発前夜の事であった。
さて、重い甲冑を着たまま、希美等は甲斐を横切り中山道に出た。
秀吉の中国大返しや家康の伊賀超えよりはましだろうが、二週間近くかけて、なんとか五月十二日夕刻に箕輪城近くの本陣にたどり着いた時には、皆へとへとに疲れていた。
「さあ、みそ雑炊ですよおー!筍で増し増ししたみそ雑炊どぞー」
箕輪城から少し離れた小高い山の中、鬱蒼と茂る木々の枝葉で煮炊きの煙を誤魔化し、一人元気な希美はみそ雑炊を作り、皆に振る舞っていた。
火縄対策に作らせた、盾にもなる鉄鍋がフル稼働である。
(もっとでかいのか作れたらよかったんだけど、重すぎて私以外持てないんだもんなあ)
「えろ母様、美味しいです!」
家康ががっついている。
若者よ、たんと食え!と言いたい所だが、一人一碗限定だ。
戦国時代は食糧が貴重なのだ。
武田の重臣、工藤源左衛門さんが申し訳無さそうに話しかけてきた。
「某共までご相伴に預かりまして……」
「武士は相見互いですよ。同盟国ですし、仲良くしましょう」
(いつか使いたいと思ってたワード『武士は相見互い』。現代じゃ全く使い所が無かったんだー、武士いないし)
そんなくだらない事を考えていると、使い番がやって来た。
「物見によると、箕輪城は、まだこちらに気付いていない様子!」
「そうか、ご苦労。明日はなんとかなりそうだな」
「それにしても、うまくいきましょうか?武田も以前、一万の数で攻め申したが、落とせなんだ城に御座る」
工藤さんが心配そうに言った。
希美は箕輪城の方を見た。
「何、堅牢な城だが、中に入ってしまえばなんとかなるさ」
希美には、城に入る策があるようだ。
工藤さんが頼もしそうに希美に視線を向けた。
だが、覚えているだろうか。
河村久五郎を調略しようと森部城に向かう希美が、道場破りよろしく「頼もう!!」とアポなし突撃をかまそうとし、一益等に慌てて止められた出来事を。
そんな希美の事だ。
緻密な準備や計画などがあるとは思えない。
そしてやって来た、箕輪城訪問の日。
希美は箕輪城の大手門の前で声を張り上げていた。
「頼もおーう!!!」
と。
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