第41話 神様、仏(の遣い)が脅してくるんです!
「正気か、お主……」
久五郎は声を絞り出した。
「またもや、織田は攻めてくるのか?!」
「そんな馬鹿な。今から準備していると、こちらに来るのは稲刈りの時期になるぞ」
「いや、織田は常備兵を揃えているという。あり得ぬことではないぞ」
重臣達が騒ぐ。
(外野がうるさい)
「お前達、うるさいぞ!」
久五郎が一喝した。
希美と久五郎の気持ちは同じだったようだ。
久五郎は訝しげに、希美を見た。
「色々聞きたい事はある。しかし、柴田殿、それをわし等に教えてよかったのか?」
「よう御座る。知らねば、判断に迷いましょうからな」
「判断?それを聞けば、わしが殿に告げるとは思わぬのか?」
「さあ、どうでしょうな。しかし大筋は決まっておるのです。某としては、辿る道はできるだけ平坦な方が良いですし、この話は河村殿にも利がある故持ってきただけの事」
(斎藤義龍にチクられたら、やべーー!そんなんされたら、どうなるかわからないし!)
希美はすましていたが、本心は心配で吐きそうである。
久五郎は眉をひそめた。
「大筋?何を言っておるのだ?」
希美は鼻で息を吸い込んだ。
そして静かにそれを吐くと大事を告げ…………きれなかった。
「りゃいにぇんの事で御座る……」
「え?何て??」
(嘘でしょ……こんな大事な所で噛む??)
希美は自分の無能ぶりに愕然とした。
久五郎の目が生暖かい。
(くそっ!こっち見んな!おい、重臣!足つねっても、鼻息が笑ってんだよっ)
ちょっと妙な空気になってしまったので、希美はボソッと「仏罰……」と呟く事で、多少空気を戻した。
久五郎はともかく、重臣三人は信仰心が厚いようだ。ちょっと青くなっている。
(ごめん、当たんないよバチなんて。当たるとしたら、完全に私だよ……仏様、サーセン)
希美はどう転んでも残念な人である。
ともかくも、希美は仕切り直した。
「来年、んんっ、来年の初夏。」
「来年の初夏がどうしたというのです?」
久五郎の目が和んでいる。しかし、次の言葉で凍りついた。
「斎藤義龍が、死にまする」
ジーッ、ジーッ、ジーッ
ジワッ、ジワッ、ジーッ、ジーッ……
蝉の声が室内に響いている。
誰かが唾を呑み込む音が聞こえた。
「……それは、予言か?」
久五郎の声が震えている。
「予言ではありませぬよ。決まり事に御座る」
希美は静かに伝えた。
(え、死ぬよね?死なないとか無いよね?死ななかったら、私終わるから!!やべー、こええ!!)
心の中は、騒がしかった。
久五郎は一瞬放心状態になったが、すぐに頭の中を目まぐるしく働かせ始めた。
(殿が来年死ぬ?真か?いや、死ぬとしたら、これはかなりまずい事になる。後継ぎはおるが、あの年若い喜太郎様ぞ……宿老達がお支えすれば……いや、もし暗君と為らば……宿老達が見限れば……)
「斎藤は、擦り潰される……」
「殿!?」
「斎藤が滅びるなど、馬鹿な……」
思わず出た久五郎の声に、重臣達がざわめいた。
「美濃は織田のものになりまする」
希美の言葉に、ざわめきは消えた。
久五郎は疲れた声で聞いた。
「それも決まり事か」
「然り」
「そうか……」
久五郎は溜め息を吐いた。
希美はそんな久五郎に、思い出させるように言った。
「大筋は決まっている。が、辿る道は、選べまするぞ」
久五郎は希美を見た。
「河村殿を拾った道三殿は既におらず、今の主君も死ぬ。美濃が織田のものになるのも決まっておる。それでも斎藤と運命を共にするというなら、それも良いでしょう。なに、某等は多少遠回りになるだけの事」
希美は久五郎に従う重臣達を見た。久五郎も希美の視線の先を見た。
「『河村久五郎』が守りたいものは、道三殿を弑した者達ですかな?それとも……」
久五郎は選択を迫られた心持ちだった。
(あの日以来だ)
久五郎は昔を思った。
(織田家からの無理難題。濡れ衣。捨てられるは間近だった。津島衆として死ぬか、築いたもの全てを捨てるか迷った。あの時は、悔しさと、守る者と、生きよと押してくれる者がおったから……)
久五郎の脳裏に、道三の顔がよぎった。
(あの方のためならば、一族郎等道連れにして死ねようの……)
久五郎はもう一度家臣等を見た。道三が死んだ後、道三を弑した男を主と仰いだのは、久五郎に守る者等がいたからだ。
義龍という主の下ならば、守れると思ったからだ。
その義龍が来年には死ぬ。
(嘘であれば……)
目線を下げ深く思考する久五郎に、希美はあえて名前で穏やかに呼び掛けた。
「なあ、久五郎殿。某の言葉、信じられぬでしょうなあ」
久五郎は顔を上げ、希美を見た。
「某は、返事を急ぎますまい。久五郎殿も混乱しておりましょうしな」
「柴田殿」
安堵したかのような久五郎に向かい、希美は凄みを利かせた。
「だがの、『河村』殿。来年、初夏。斎藤義龍が死んだ時はすぐに腹をくくりなされ。我等は速い。森部での戦は、義龍の死から時を置かぬでしょう」
久五郎は、仏の予言が当たらぬよう捨てた神に祈った。
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