第42話 服を着ようぜ!

希美から緩急をつけられながら、散々脅された久五郎は、疲れ果てていた。


しかし、久五郎も強かなもので、生来の負けず嫌いが首をもたげ始めていた。




(柴田権六勝家……なかなかやりおる。この戦はわしの完敗よ。わしは殿の死後、斎藤家を裏切るであろうの。だがそれは、本当に殿が死ぬか見届けた後でよい)


久五郎は、目の前に座る仏の遣いを軽く睨んだ。


(しかし、悔しいの。仏の遣いか何か知らぬが、わしの城で全てを良いようにされては叶わぬ)




久五郎は同席させた家臣共を見た。


(皆、雰囲気に呑まれ、呆けておるの。使えぬわ。……そうよ、この男に泡を吹かせる手を仕込んでおったではないか!)


久五郎は、ちょっと面白くなり、機嫌良く希美に話し掛けた。










「柴田殿、わしは噂の『加護持ち柴田』に会えるとあって、敵方とはいえ楽しみにしておったのよ。特別に趣向を凝らして一席設けましたので、是非堪能して下され」




一時、目から光が失われていた久五郎が復活し、ウキウキしながら希美を宴席に誘ってきた。


(いや、出会い頭に毒もってきたよね……)


希美はジト目で久五郎を見たが、久五郎は「もう鳥兜は入れておらぬよ、ハッハッハッ」と笑っている。


(鳥兜って、自称探偵が警察差し置いて勝手に捜査するような殺人事件でよく使われるヤバイ奴じゃんか!ハッハッハッじゃねーわ、仏罰物理当てるぞ!)


希美はイラッとしたが、どうせ毒は効かないし、何か美濃の名物が食べられるかもしれないと思い、呼ばれる事にした。








久五郎は、女が好きである。


男色が武士の嗜みなどと言われる時代であるが、久五郎は硬い男よりも、断然柔らかな女派であった。




神職にあった頃は、津島の顔役だったため女色をセーブしていたのだが、禰宜を辞めこちらに来てからは、たがが外れた。


この草庵も、女達と色々羽目を外すために度々使ってきている。




久五郎のこの趣味は、城に招いた客人をもてなす際にも遺憾無く発揮された。


『特別な趣向』を凝らしたもてなしは、草庵という隠れ家の中で男性客を開放的にさせ、客はすっきり満足して帰って行った。


久五郎は趣味と実益を兼ね、周囲の武将との関係作りに利用したのである。




(さて、『加護持ち柴田』よ。加護を得る代わりに女を断たねばならぬなど、辛い事よの。わしなら加護より女を取るわい。そしてわしの趣向は必ず男をその気にさせるぞ。くくく、生殺しで苦しむがよいわ)




今回久五郎は、趣味と実益を兼ねて希美に意趣返しを企んだのだった。


そして、久五郎の嫌がらせが始まる。








希美は、唖然とした。


膳を持って入ってきた女中達が、全員全裸だったからだ。


(な、なんで裸?いや、むしろ裸で初対面の男の前を余裕でうろつけるこの女達の精神が凄い)


希美はハッとした。


(待てよ、これ、あれじゃね?セクハラかつパワハラなんじゃね?この親父、女中に裸給仕を強要してんのか?!労基に……いや、弁護士……くそっ!どっちも無いぞ?!)


希美は、久五郎を睨んだ。


自分はともかく、他人がセクハラを受けているのは許せないのである。






(おうおう、睨んでおるわ)


久五郎はにまにまと笑った。


(女を抱けぬ自分に何の嫌がらせか、と怒っておろうな。わしは、『目でも楽しんでもらうために』趣向を用意しただけなのだが?くっくっくっ)


久五郎は人の良い笑顔を浮かべ、希美に言った。


「わしは、女に目がなくてな。客を招いた時はよくこうやって共に楽しむので御座る。ここなら、城の室の目も届かぬし、思う存分羽目を外せるというもの。これ等はわしがよく使う遊女共よ。柴田殿は女を抱けぬであろうから、せめて目で楽しんで下され」


それを聞いた勝家の目が鋭くなるのを感じ、久五郎は少し胸がすいたのだった。






一方希美は久五郎の言葉にほっとした反面、ドン引きしていた。


(遊女か……なるほど、デリバリーされた人達なのね。お互い納得しての商売なら仕方がないか。それより、『男の隠れ家』が、なかなかガチな使われ方をしている件……妻に隠れて仲間と女呼んで楽しむ場所なのか。こいつ、最低のエロ親父やんけ!!)


特に、妻に隠れてって所がな!と希美は冷ややかに久五郎を見た。


久五郎は希美の視線を受けて、なんだか嬉しそうだ。


(なんで睨まれて満足そうなんだ、お前。さては池田恒興の仲間か!浮気症のエロ親父でドMとか、三重苦じゃねーか)


池田恒興は、とばっちりだった。






そんな希美に、肉感的な女がにこやかに近づき、酌をしてきた。


全裸の女が近づいてくる。


希美の脳裏に、女間者に絡まれた湯殿での事が思い出された。


(ちょっと、近過ぎない?うわっ、しなだれかかんな!私の手を乳に持っていくなあ!……うう……むにゃむにゃしてて気持ち悪い……「手つきが嫌らしい」だと?そんな虚飾まみれのリップサービスいらんわ!手つきも何も、勝手に私の手を持っていって触らせてんの、あんたじゃんよ。見ろ、私の手を!全力で手の筋肉弛緩させてんだろ!1ミリも力入ってないだろお!!逆セクハラ恐いよお……女恐いよお……)




希美は今、完全に女性恐怖症だった。


特に裸の女が気持ち悪い。


とにかく、この裸祭りを何とかしなければ。希美は涙目で頭を働かせた。






希美は突如、勢いよく立ち上がった。


そして久五郎を指差すと、言い放った。




「久五郎よ、お主のエロは、間違っておる!!」






久五郎は戸惑った。


「『えろ』って、何ぞ……?」




(しまった!また、変な現代語を……)


何故いつもこの時代に持ち込む現代語にろくなものが無いのか……希美は頭を抱えたが、今は裸を何とかすべきと切り替えた。


「『エロ』とは……、いやらしさや好色、つまり『色』の事である!!」


「な、なるほど。色がなまったものですかな?」


違うが、面倒臭かったので希美はスルーした。






希美は久五郎に語り掛けた。


「のう、河村殿。いや久五郎殿と呼ばせてもらおう、久五郎殿!」


「あ、はい」


久五郎は思わず頷いた。


「なぜ、この者達は裸なのだ?」


久五郎はポカンとした。


「そ、そりゃ、女が裸だといやらしいから……」


「仲間と楽しむ時は、いつもこのスタイル……いや、裸にさせているのか?」


「あ、はい」




「この、未熟者っ!!」




希美は一喝した。


久五郎はなぜおこられているのかわかっていない。


大丈夫だ。希美だってわかっていない。




「久五郎、お主、エロには一家言ありそうだの」


「えろ……ああ、色の事か。ありますぞ、一家言。わしは色については色々試しておりますからな。特に最近は、裸の女の腹に料理を盛り付けて……」


「気色悪っ!」


希美は思わず声が出た。


(この時代、風呂は贅沢よ。しかもサウナで石鹸もない。特に遊女みたいな階級の人は、基本行水じゃない?現代でもなんか皮脂とか汗とかつきそうで嫌なのに、そんな体に料理を乗せるとか、あり得んわ!)


希美は、意外に潔癖症だった。




「ともかくも、お主に私からエロの極意を進ぜよう」


「えろの極意……それは、どんな?」


久五郎はごくりと唾を呑んだ。






希美は少し勿体つけて言った。


「それはな、『着衣エロ』である」




「『着衣えろ』……」


久五郎は、希美の言葉を反復した。


「そうよ、単純に裸を有り難がるなど、エロ界の中では初心者か、一周回って悟りきったエロ仙人くらいよ」


希美は何を言っているのか。本人にもわからなかった。




久五郎は尋ねた。


「し、しかし先生、服を着ていては、いやらしさが見えませぬが」


希美はいつの間にか、先生と呼ばれている。


希美は久五郎に厳しく言った。


「心眼で見よ!!」


「し、心眼……」


「そうよ、心の眼でエロを視るのよ。しかしの、初心者にはちと難しい。そこで、『チラリ』よ」


「『ちらり』ですか……」


「試しにそこの女に下着を羽織らせて見よ」




希美は女に下着をを羽織らせ、大事な所をギリギリ隠すようなポーズをとらせた。そして、何もつけていない女と並ばせる。


「の?見えそうで見えぬあたりに目が向かおう?」


「た、確かに……これは奥が深うござる!」


どっかで聞いたような適当な希美の言葉に、久五郎は感動している。


「これが達人になると、きっちり着込んでおってもまるで裸のように感じられよう。久五郎殿よ、隠してこそのエロだと知るがよい」


着込んだ女を裸として視るような男は女子として滅びた方がよい気がするが、何がなんでも裸の遊女達に服を着せたい希美は、女子としての感覚を犠牲にした。




久五郎は感涙にむせんでいる。


「有り難う御座います、先生!!わしはまだまだひよっこで御座った!どうか、わしを弟子に!!」


希美はにんまりと笑った。


「お主がこの女達に服を着せたら、考えよう」










かくして、希美はエロ親父の『エロ』の師匠となったのだった。




「どうして、こうなった……」

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