第24話 勝家はん課長3

「それでは相棒殿、参りましょうかな!」


「う、うむ」


うす汚れた着物に身を包んだ食い詰め浪人姿の次兵衛がはりきっている。もう、次兵衛の顔はニッコニコだ。


(また次兵衛のやる気スイッチを押してしまったか……)


希美は頬をひきつらせた。






あの後、別室に連れて行かれた希美は、次兵衛の尋問を受けた。


始めは、「殿、この次長めに殿の展望をお聞かせ下され」と穏やかであったが、最後には「おらぁ!キリキリ吐けぃ!!」と合戦場モードに変化し、希美は少し涙目で企みを吐かされた。


(こちらを見る次兵衛の息遣いが荒いような気がするが、気のせいだろう……)




希美の企みとは、簡単に言えばこうだった。


まず、捕まえた賊の一人を寝返らせ、希美を新たな仲間として拠点に連れていく。


希美は、内部から情報を得、家臣達と連携し盗賊を殲滅する。


つまり潜入捜査である。


(捕物といえば、潜入捜査でしょ。火盗の鬼の人だって、遠い山のゴールドさんだって身分を隠して潜入してたし)


(そういえば、鬼の人とゴールドさんは、時代が違うけど同じ屋敷に住んでたんだよね。類は時代を越えて友を呼ぶんだなあ)


どうでもよかった。






「良き考えですが、殿が行く必要はございませんな」


バッサリである。だが希美は諦めない。対次兵衛用の奥の手を使う事にした。




「なあ、次兵衛よ。私は何も一人で行こうとは思っておらぬ。危険が伴う故生なかな者とは行けぬ。だから共に行くならば、最も信頼のおける相棒たる次兵衛と、と思っておるのよ」


「最も信頼のおける、相棒……」


「そうよ。例えるなら私もお前も一本の棒よ。一人では立つのにぐらつく故、お互いに支え合う、私にとって次兵衛は支え合う相棒なのよ」


「殿をお支えする、棒……棒……」


(次兵衛よ、棒の所を強調するのは何故なのか)


「私の背中を預けられるのは次兵衛だけよ。危険な場所だからこそ、私と共に行ってほしい。頼む」




「行きましょう!」




次兵衛はあっさり陥落した。


ですからな!」


(だから何故、棒を強調するのか)


次兵衛のスイッチが入った瞬間であった。






次兵衛を伴い、捕らえた賊の元へ行くと、家臣達の拷問を受け、息も絶え絶えの三人の賊の姿があった。


一人は舌を噛んで死んだらしい。


三人のうち一人は、ふてぶてしい態度で「殺せ!」と叫んでおり、一人は「死にたくない」と泣き、もう一人は観念したのか静かに目を瞑っていた。


希美は泣いている男を呼び出した。




「お、お願いしますっ。何でもしますから、命だけは、命だけはっ」


男は、土下座で懇願した。いよいよ処刑されるのだとパニックになっているようだ。


希美はしゃがみこみ、男の背を擦りながら話しかけた。


「死にたくないか?」


「し、死にたくない……」


男は涙と鼻水を垂らしながら希美を見、答えた。そんな男に、希美は優しく聞いた。


「お前、元はどこの者だったのだ?」


「駿河の国の小山村だ」


「駿河か、なぜこんな所におるのだ?」


穏やかな希美の問いかけに、男は落ち着いたのか訥々と語りだした。


「わしは、今川のお殿様の行軍に参加して……だが桶狭間で皆、……皆、死んだ。わしは恐ろしゅうて、逃げて……死にとうのうて、奪ったり、盗んだり、殺したりしとったら、同じような者が集まった盗賊の仲間になっとったんじゃ……」


「そうか、苦しかったろうのう」


男は涙を流していた。


「苦しかった。腹がへって、死にとうなかった……」


「奪わずとも飯が食える生活がしたいか?」


「そりゃしたいとも。しかし、わしは流れ者で」


「お前が本気でやり直したいと思うなら、私が口をきいてやろう。そのかわり、お前には盗賊の仲間を裏切らねばならん。できるか?」


男は希美を見た。男の目に怯えは消え失せ、火がついたようだった。


「やる。やりますっ」


「お前、名は?」


「茂吉、です」


「ならば茂吉、まずは盗賊共について洗いざらい話せ」




はたして、茂吉はしゃべった。自ら望んで。


最早、こちら側の人間であった。




「ふうむ、やはり本拠地は新野村か」


「当たりでしたな、殿」


次兵衛は笑みを浮かべていた。


「何を笑っておる」


「いや、殿は人たらしであるな、と……あの者、見違えるようにやる気になっておりまする」


希美は真面目な顔で答えた。


「人たらしはともかく、あれは生きる事を望んでおったからな。希望が見えれば、必死になってすがりつくだろう。自然、演技にも熱が入ろうというものよ」


次兵衛は笑みをひっこめた。


「うまくいきましょうか」


希美は頷いた。


「いかせねばならん。夏とかいう女中が人買いに売られる前にな。」


希美の潜入捜査開始の前々日の事であった。








次の日は、皆準備に追われた。


茂吉の情報から、村の人間が盗賊団の一味ではない事がわかったため、急遽村の長を呼び出して今回の作戦の協力を取り付けたり、人員の配置や連絡方法の確認、潜入のための衣装準備など、時間のない中やるべき事をこなしていった。




そして、決行当日がやってきた。




「それでは相棒殿、参りましょうかな!」


それにしてもこの次兵衛、ノリノリである。


『君子危うきに近寄らず』ではなかったのか。


希美は、『』の威力の凄まじさに我ながら恐ろしくなった。




「課長坊様、どうぞお気をつけて……」


千津が見送りに来てくれている。


潤んだ瞳だ。千津はなかなかの美少女である。女優の『小さな雪』さんを少女にしたような、現代でも戦国でもどちらでもいける系美少女だ。


その美少女がうっすら赤く上気した頬をして、潤んだ瞳で無事を願ってくれている。


男ならば、色々みなぎってくる所だが、そもそも希美はおばちゃんなので関係なかった。






「では行ってくる。万事抜かりなく、な」


「「「はっ」」」


茂吉を先導に、希美達は旅立った。






俺達の冒険は、これからだ!!

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