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教室の中心には、見事に白い塔が建っていた。芯を作って、その上に粘土を乗せて作ったらしい。まだ色は付いていなかったが、ちゃんとお城だと分かる。

「ふふふ、どうでしょうか先生。なかなか立派になりましたでしょう」

「そうだね、凄い……とっても格好良いね。よくできているよ」

「あ、当たり前です! 我々がちょーっと、ほんのちょっぴり本気を出せばこんなものですよ。ふふふふ」

彼の大袈裟に乗ってあげたのではなく、本当に素敵な作品だった。リシア以外の、寧ろ彼の暴走を幾度となく止めてきたであろう彼らを労うように、振り返る。

「完成がとっても楽しみだな」

教室のあちこちから様々な声が上がった。前では考えられなかった光景だ。リシアの部下や手下、そんな役割だった彼らも、ちゃんと一人の生徒の顔つきになっている。自由に言葉を発しても、許されるようになったみたいだ。

ここは良い方向に動いたと、教室を後にする。今は順調だ。

校長も感化されたのか、職員室の改造を始めていた。その様子を見に行こうかと思っていた時だ。

「あ、あの……先生」

階段の先にいたのは翠だった。ここでずっと待っていたのだろうか。声をかけると、顔が僅かに染まっていった。緊急の用ではないらしい。

「今日……行ってもいいですか。ちょっと話したいことが」

「うん、分かった。待ってるね」

「いや……ほ、他の子が来てたらいいんです。後でも」

私が何か答える前に、後ろで音が鳴った。白の生徒が来たようだ。それを聞いて翠はじゃあと一言告げた後、ぱたぱたと去ってしまった。

廊下に戻ると、一定の甲高い音が聞こえてきた。これは蛇紋のトンカチだろう。彼はノコギリで、あっという間にただの板を設計図通りに切った。誰かに教わったのか、慣れた手つきで釘を打っている。

「上手いね、前にも何か作ったことがあるの?」

「……鳥小屋を。頼まれて」

それはやっぱり紅玉からなのだろうか。

「へぇ、鳥を飼っていたの」

「いや……鳥を飼いたいって言われたから、作って森の中に餌を入れて放置していた。……上手くはいかなかったけど」

じっと手元を見つめていた目が、ふっと緩んだ気がした。昔を思い出して、懐かしんだのだろうか。

「そう、なんだ。でもすぐに作れたの?」

「まぁ木は沢山あったから困らなかったけど……その、飼いたいって言ったことを忘れる前に作りたかったから、歪だったけど一応。納得できなくてその後もいくつか、作った」

今までより強めに打って、釘が綺麗に嵌った。そういえばこの舟、立派だけど展示が終わった後はどこに置こう。勿体無いからこのまま取っておこうか。教室ごと。

それにしても今の蛇紋は、普段と少し雰囲気が違って見える。紅玉がいないからだろうか。

「結構立派な舟になりそうだけど、何キロぐらいまで耐えられるかな……ふふ、本当にこれでどこかへ行けてしまいそうだね」

「二人ぐらいは……大丈夫かと」

「そっか。ありがとう蛇紋」

手を止めて、こちらを向いた。きょとんとしている。そんな表情は年相応に見えた。

「もしかして、なんだけど。他の皆にこんな作業やらせる訳にいかない、とか思ってる?」

「……まぁ。木のトゲとか刺さったりしたら……危ないし。そもそもトンカチなんて持たせられない。板を触ってるだけでも手が荒れるし……」

「少し、いい?」

彼の手を持ち上げると、顔に緊張が浮いていた。ざらついた表面は昔からの傷も多そうだ。

「寝る前とか、良かったらコレ使って。後、怪我をしたらすぐに教えてね。小さい傷だったとしても、お願い。手伝いが必要な時も言って。私もなるべく、来るようにするから」

「……っいいですよ。先生は色んな人から呼ばれているし」

ハンドクリームを持たせて、もう一度手を握る。彼の手は暖かかった。

「本当に助かってるよ、ありがとう」

「わ、分かりました……から」

「あんまり邪魔しちゃいけないね。でも今は少しだけお手伝いさせて」

断る方が面倒だと思ったのか、渋々私にも器具を渡してくれた。彼のように真っ直ぐ、早くやるのは難しかったが、二人で過ごす時間は満ち足りたものになった。


そろそろ翠が来る頃だろうか。今日は他に予定もない為、どこか浮ついていた。他の子が来てしまったらなんと言おうか、まだ思いついていなかったからかもしれない。やがて届いた控えめなノックに安堵して、戸を開ける。私の晴れた気持ちとは裏腹に、彼は浮かない顔をしていた。

名前を呼んで、隣に座らせる。膝の上に置かれた手は僅かに震えていた。沈黙の後、小さな声が響く。

「先生……僕、僕は……」

泣き出してしまいそうに見えたので、彼の手に自分の手を重ねた。揺れた瞳がこちらを見つめる。

「僕はみんなみたいに綺麗ではないし、得意なこともない。……勉強だってやっているのに、できないし。紅玉達に敵うどころか、届きさえしない。僕なんて……価値がないんだ」

「翠……」

「でも、貴方が来てから……」

椅子から降りると、床に跪いた。片手は繋いだまま私の膝元に腕を乗せて、そこに顔を置く。頰に私の手を当てると、何かを噛みしめるように目をぎゅっと閉じていた。

しばらくそうした後、少し微睡んだ目で姿勢を戻した。両手で私の手を包むと、こちらをじっと見上げる。その目に浮かぶ感情を読み取ることは、難しそうだった。

「……僕を、叩いてくれませんか」

翠は笑っていた。嬉しそうに自分の頰を指でつつく。

「僕を叱ってください」

「……どうして」

翠は何も悪いことなんてしていないと言うと、当人はゆっくりかぶりを振った。

「僕は叱られも、褒められもしなかった……それを先生にしてほしい」

先ほどと同じように頬を撫でさせてから、ここを叩いてくださいと繰り返す。彼がいくら望もうと、痛い思いはさせたくない。

「君の頬が腫れた様子を見たくはないんだ。傷付けなくても、他に方法はあるだろう」

「痛みがほしいんです。今迄なかったから」

「人に手を上げたことがないから、加減が分からない」

「先生はずっと、優しかったんですね」

それなら僕の望みを叶えてほしい。このままでは堂々巡りすると、仕方なく手を向けてみると、彼の目が期待に変わった。

もしかして翠はこういう嗜好があるのかもしれない。もしくは経験したことのない事へ対しての、過度な期待。痛みが与えられれば赦される、自信の無さへの言い訳、そんなものを引っくるめて、痛みを受けたいという願望に変わったのかもしれない。

本当に加減が分からなかったので、部屋には小さなぺちんとした音が鳴った。ただ間違って触れてしまったような、そんな感触。翠は小さく笑った。

「やはり顔を傷つけるなんて……」

「そんな、女の子じゃないんですから。先生から受けたものなら、痛みなんて平気なのに……でも、そうですね」

ではこれならどうですか。彼は目の前であまりに自然にスラックスを脱いだ。下着を足首まで下ろし、驚く前にはもう机に手をついて、こちらに白い尻を向けていた。棒のようにまっすぐな足が、蝋燭に照らされている。

お腹に手を回して、次に上げた手は乾いた音を部屋に響かせた。柔らかな肉感と、喘ぐような声が下から聞こえる。全身が震え、その小さな口がもう一度と呟いた。あまりに満足した表情を浮かべているので、手をまた動かす。何度か繰り返し、美しいぐらいの赤が装飾された体を抱きしめる。頭を撫でると、涙を浮かべて私の服を引っ張った。

「叱られた後、こうして甘やかしてくれることを夢に見ていた。頭に触れられるのは、こんなに……気持ちいい、凄く……満たされた気がする」

ただ強く、抱きしめ続けていた。小さな頭を抱えて、瞳から溢れてしまいそうな、熱い感情を冷まそうと必死になっていた。

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