第39話 衛星軌道上の楽園

 そのニュースは瞬く間に基地中を駆け巡った。

「聞いたか、停戦会談だってよ」

「流石に、貴種を立て続けに落とされて、隷民にごっそりと逃げられちゃあな」

「ああ。一般市民も、戦争のせいで税金や物の値段が上がったりエネルギー供給が絶たれたりしたら、反対派に回るもんな」

「隷民がごっそりといなくなったら、次に最下層扱いされるのは自分達だってわかってるんだろ、流石に」

 隷民が革命軍にたくさん逃げて来たのは最近の事だ。戦時下だからと、給料を下げ、物価は上がり、隷民は生活すらままならない程になっているようだ。その上過酷な労働に従事させられ、一般人も含め、フレイラに反旗を翻す人間が多発しているらしい。

 そんな中、政府内にも政策の見直しを口にする者が出始め、体の調子の悪い王に代わって、アル王子とレイ王女が、革命軍、地球人と、会談の機会を持つ事になったのである。

「いいか、お前ら。しっかり警備するんだぞ。カニなんか焼いて食うなよ」

 隊長が釘を刺すのに、俺達は視線を外しながら、

「はあーい」

と返事した。

「しかし、停戦か。上手く行けばいいな」

 明彦が言う。

「地球にも無関係の姿勢でいてくれたらなあ」

「だけど、まだ多数派のお偉いさんはやる気だろ?まだどうなるかわからないぞ」

「次の王があのレイって王女になったら都合がいいけど、貴種からクーデターが起きたりしてな」

「うわあ。だったらどうしよう?」

「貴種を全員倒しておく?」

 物騒な事を言っている俺達に、ヒデは苦笑した。

「滅茶苦茶大変だし、日本は、攻撃されるまで攻撃しません」

「わかってるよう。冗談だぜ!」

「だったらいいけど。頼むよ、本当に」

「はあーい」

 俺達は、警備での持ち場について、説明を受けた。


 会談の場所というのを決めるだけでも、面倒臭いものだ。何か仕掛けられていないだろうかと疑心暗鬼になり、すんなりといかない。そこでようやく決まったのが、王家の別荘だった。

 衛星軌道上にある小さなコロニーで、中は自然に溢れているそうだ。

 そこに、レイ王女とアル王子や正規軍の数人が乗って来たクルーザー、武尊首相一行が乗って来た小型艇、ラドさん達革命軍数人が乗って来た小型艇が着き、それを少し離れた所から、皆がピリピリしながら見ているのだ。

 その間には、武尊首相一行を送り出したあすか、ラドさん達を送り出した革命軍の艦、レイ王女とアル王子を送り出した正規軍の艦が入り、俺達はコクピットで待機していた。

『どんなところだったのかなあ。見たかったなあ』

 真理が残念そうに言う。

『でも、個人所有の別荘がコロニーって、凄エよな』

「俺達の考えるセレブの、ずっと上だな」

 言っていると、ドエルも入って来て、

『一般人や隷民を踏みつけにしてる象徴だ』

と吐き捨てた。

『でも、レイ王女は話がわかるんじゃない?』

『周りがいいようにして、通さないよ。上にいる今優遇されてるやつらは、このままがいいんだからな』

「難しいなあ」

 溜め息をついて、見えないそのコロニー内部に、思いをはせた。


 人口の晴れ渡った空、葉を茂らせた木、揺れる草花。この自然を維持するのにかかる経費で、どのくらいの隷民が何食食べられるだろう。

 そんな贅沢な景色を望む部屋に置かれたテーブルを、出席者達は囲んでいた。

 革命軍は遺伝子による区分の撤廃を、地球は不干渉を掲げ、それに対し、フレイラの役人は伝統と侮蔑をもって却下。レイ王女は革命軍と地球の立場に理解を示し、アル王子は理解を示しつつも、それが新たな混乱と不平等を招くと主張。

 会議は、まとまらないでいた。

 内容は聞こえないながらも、控室ではそれぞれの護衛官が待機しており、雰囲気だけは把握している。

「生意気だよな、一般人と隷民が。家畜は所詮家畜なのに。そう思わないか?」

 サリ・バルクはカーク・トゥラに言った。2人共貴種で、また、野心家でもある。

「確かにな。同じテーブルにつくだけでも腹立たしい」

 カークは腕組みをして、フンッと鼻を鳴らした。

 サリは絵画を眺めながら、そんなカークを横目で観察していた。

「でも、ルスに続いてノウラ兄妹までやられたからな。王家も弱気になってるんじゃないかって噂だよ」

「むうう・・・!」

「ここで、残った僕らは存在感を示さないとまずいよね」

「まあな」

 カークが内心で何を考えているか、サリは簡単に想像がついた。

「今のうちに、逃げた隷民の子孫の中にいる貴種をやっておいた方がいいんだろうけどさ」

「それは・・・そうだ。しかし、今はまずい」

「うん、そうだね。でも、向こうからかかって来たら、仕方ないよね」

「どういう事だ?」

「何でも起こり得るって、想定しているだけだよ。家畜は、汚いもんだよ。卑怯な手を使うに決まってる。

 そういや、やけにこそこそしてる革命軍の家畜がいたな。何をしてたんだろ・・・?」

 サリは首を傾け、カークが想像をたくましくする様をそっと額のガラス越しに見ていた。

 そして、手の中に握り込んだスイッチを押す。

 一拍置いて、隣の部屋で爆発音がした。

「何事だ!?」

「奴らだ!カーク、やつらを叩き潰せ!僕の機体は遠いが、すぐに追いつく!殿下達は護衛官に任せて大丈夫だろう!」

 そう言って、2人で廊下へ飛び出した。

 

 格納庫へ急ぐ皆は、混乱していた。テーブルの上に飾られていた花瓶がいきなり爆発し、とりあえず襲撃だと、避難してきたのである。

 各々乗って来た小型艇に乗り込もうとしていた時、サリが走り込んで来た。

「お待ちください!クルーザーは一目で誰が乗っているかわかります。申し訳ありませんが、革命軍のものを貸していただきたい」

 ラドさんは一瞬躊躇したが、

「わかりました。では、地球の方とご一緒しよう」

と、あすかの小型艇に乗り込む。

「アル殿下は戦艦に移って、出撃に備えて下さい。だから、わたしがお送りします」

「わかった」

「では、急ぎましょう」

 アルはサリと共に走り出し、レイは護衛官と共に、革命軍の小型艇に乗る。


 突然バタバタと慌ただしくなり、俺達にも出撃命令が下った。

 全体が混乱し、各々、相手が暗殺を仕掛けたと殺気立っている。

「暗殺ぅ!?」

 疑いながらも出て、「まだ攻撃はするな」という指示に従って、各々殺気だけを募らせていく。

 小型艇が出て来た。日の丸が付いている。

 続いて、革命軍の小型艇が出て来た。

 と、突然ビットを射出した機体が、それを革命軍の小型艇に向ける。

 反射で、ビットを割り込ませて、ビットでその攻撃を受ける。

「隊長!ヒデ!攻撃を受けました!交戦に入りますよ!?」

『確認した。許可する』

 小型艇は革命軍の戦艦までは遠いとみて、あすかに着艦する気らしい。

 僕達はそれどころじゃなく、小型艇とその機体との間に潜り込んだ。

『卑怯者の家畜め!サリの言った通りだな!』

「何の事だ!?」

『根絶やしにしてくれる!この、雑種の貴種もどきめが!』

 それで、乱戦の幕が開けた。




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