第30話 異文化コミュニケーション

 小型艇と言っていいのだろう。それは地球のどの国のものともデザインが違い、静かだった。それが、あすかに着艦する。

 一応警戒する中を降りて来たのは、人型の生物だ。ひょろりとした感じで、身長は日本人と同じくらい。着ているものはツルリとした感じのパイロットスーツ様のもので、肌の色は象牙色、髪は淡い銀色、目は黒い。目、鼻、口の数と位置と大きさは地球人と同じだ。

 騙されてるんじゃないかな、と少し思う。

「ええっと、宇宙人さんですか」

 隊長が臆することなく話しかける。

 宇宙人と名乗る彼らは3人いたが、そのうちの一番年嵩に見える人物が補聴器のようなものを差し出して、はめろと身振りで示してくる。

 見れば、彼らもしている。

「隊長、まず私が」

「いや、自分がやりますわ」

 後ろから興味津々で見ている俺達は早くしてくれと思っていたが、中の一人がこちらを見ているので、ちょっと笑って手を振ってみた。

 すると、相手も笑って手を振ると、同じものを俺に差し出して来た。

「わあ、何、何?」

「勘だと翻訳機だな」

「やってみるのか、砌!?次オレな!」

「あ、こら、お前ら、ちょっと」

 ギョッと目を剥く皆をよそに、付けてみる。

「こんにちは」

「おお!こんにちは!はじめまして。武尊 砌と申します」

「私はクック。よろしく」

 それを見ていた明彦が騒ぎ出す。

「凄エ!翻訳機!?オレも、オレも!」

「次はボクも代わってよねえ」

「・・・お前らには、警戒心とか無いのか」

 隊長が力なく言う。

「この状況ですよ。十中八九、翻訳機かなあ、と」

「お約束だもんねえ」

「そんな約束は無い」

 ヒデは溜め息をつき、向こうは笑い、それで雰囲気がほぐれた。

「改めまして。日本国自衛軍飛行開発実験団試験艦あすか、艦長の明智由則二佐です」

「フレイラ革命軍司令官、ノルド・エイラです」

「フレイラ?」

「日本?」

 翻訳は上手く行っているが、意味まではわからないようだ。

「とにかく、あちらで落ち着いてお話を伺いましょう」

 歴史的瞬間、らしかった。


 隊長とヒデが応接室で彼らの内の2人と向かい合っている間、技術関係のクルーは、興味津々で宇宙人の船を見ていた。触ったりできるものならしていただろう。氷川さんと雨宮さんも、1人残らなければ、X線撮影くらいはしていただろう。

「翻訳機があるという事は、どこかで地球の言語のサンプルを得たって事だよな」

 俺達は、あれこれと想像を巡らせていた。

「この前、正体不明のやつがいただろ。あれじゃねえかな」

「ああいう風にして、無線を傍受してたって事ぉ?随分偏ってそうだねえ、言語と単語が」

「いや、ああいう調子で普通の電話とかも聞いてるかも」

「なあなあ。あの翻訳機があれば、英語の勉強とかいらなくねえ?」

「・・・地球のあらゆる言語を対応させればな。それと、自分と相手、両方が持ってないと意味が無いぞ」

「もの凄い数を普及させないとダメか」

「でもさあ、本当に言ったねぇ。『我々は宇宙人だ』って」

「嘘くさいよな」

「冗談みたいだぜ」

 俺達は唸った。


 予備会談は進んでいた。

 遭難していた日本人の定年退職前の言語学者を保護し、言語サンプルを得たらしい。その後、彼は持病の狭心症で亡くなったそうだ。

 その後、ワープゲートの無人組み立て機を見付け、地球圏に入って観察した結果、あすかをファーストコンタクトの相手に選んだという。日本はいきなり攻撃して来ないのがいいのと、あすかは、戦力や規模が丁度いいと思ったらしい。

「まずは本部に知らせて、政府に報告を上げ、会談はその後になるでしょう」

「よろしくお願いします」

 隊長と司令官は、握手を交わした。


 その頃、俺達も独自に友好を深めていた。

 船に残ったのは翻訳機を渡してくれたクック・ルーレという人で、好奇心が旺盛で人懐こく、俺達がいると向こうから寄って来て、話の輪に加わったのだ。

 そこで俺達はジュースとお菓子を持って来て、喋っているところだった。

「フレイラという差別主義的なやつらがいて、それに対抗するのがフレイラ革命軍。大昔にフレイラから逃げ出した被差別階級の子孫が地球人で、それを追う、やつらの猟犬みたいなものがノリブ、と」

 俺は聴いた話をまとめた。

「そうそう。

 美味しいね、このおにぎりせんべいというお菓子」

「だろ!日本の関西ではダントツ人気のお菓子だぜ」

「わかるよ!」

「友よ!」

 明彦とクックはガッチリと握手をしていた。

「え、ええっと、それで、接触してきた理由は?」

「フレイラがここにいよいよ殲滅しに乗り込んで来るからさ。できれば、共闘したいだろ。お互いに」

 ふむ。なるほどな。

 頷いたところで、俺達4人は一斉に頭をわし掴みにされた。

「痛い、痛い、痛い!」

 クックの頭を片手で掴んでいるのは、副官という感じの人だった。俺達は、ヒデ、ユウ、タカだ。

「楽しそうで何よりやな。んん?」

「タカ、ギブ、ギブ!」

「ドエル、痛いよう!潰れる!」

「クック、何勝手な事をしてるんだお前は。ああん?」

「いや、美味しそうな物食べてるし、何かなって」

 隊長と司令官は、同時に半笑いを浮かべた。

「苦労しますな」

「お互いに」


 彼らは革命軍の中の一部、地球人と接触して共闘の為の会談の下準備をする為の遊撃部隊らしく、その中から今回はまず3人で姿を見せたという。

 そこで、政府へ連絡するにも取り敢えずの規模を知りたいと言ったら、待機していた遊撃部隊を呼び寄せて姿を露わにした。

 俺達程度の技術力なら、万が一攻撃されてもどうにかなると踏んでの行為だろう。

「戦艦と、艦載機30程か」

 ヒデはそれを眺めて言った。

「騙されてるって可能性はありますか」

「無くも無いが、僕たちよりも技術力も上らしいし、嵌める意味があるか?」

「フレイラへの生贄?」

「流石にそれはどうだろうなあ」

 ヒデは軽く肩を竦めた。

 戦艦はフットボールのような形で、左右の舷側下部にカタパルトがある。見た目では武器がわからないが、周囲にぐるりと線があるので、ここに収納しているようだ。そして船首には大きな穴があり、ここから何か出て来るのは間違いないだろう。ビームとか、波動砲とか、そういうやつが。船尾にも大きな穴と、舷側にも小さな穴があるが、これは排気口だろう。

 上下前後が、遠目からではわかりにくい。でも、これが理に適っているという気もする。

「地球の船は、変わった形をしているんだなあ」

 そうクックが言う。あすかだけでなく、地球のものは、『船』か『潜水艦』のフォルムをベースにしている。潜水艦型の方なら、フレイラの艦に艦橋を乗せたら似た感じになりそうだ。でも、船の方は、まるで違う。

「フレイラの艦は、空気抵抗が小さそうだな」

「大気圏や水の中では早いし、第一ステルス性は高まるしね」

「重大なポイントだな、そこは」

 技術屋だというクックと氷川さんと雨宮さんは、話がやはり合うらしい。3人で嬉しそうにあれやこれやと話している。

 司令官のノルドさんは隊長と談笑中で、もう1人のドエルは、さりげなくこちらの様子を監視中といったところか。

 しかし、フェアリーを見て眺め始めると、離れない。

「欲しいのかなあ?」

「まさか」

 そして、辺りをキョロキョロとしだした。

「本当に狙ってる?こっそり持って帰ろうとしてる?」

「ま、まさかぁ」

「砌、名前書いとけよ」

「雨宮さんに怒られるだろう」

 俺達はこそこそと言い合いながらも、気が気じゃなかった。

 と、サイレンが鳴り響く。警戒のサイレンだ。

『警戒ラインにノリブと正体不明の反応が接近』

 峰岸さんのアナウンスが流れると、各々がそれに沿って動き出す。

「飛行隊は待機室で待機」

 ヒデが声を上げ、俺達は駆け足で更衣室へ向かった。

「正体不明って、早速フレイラかな?」

「ノリブと一緒ってところが、どうもフレイラっぽいな」

「どんなやつだろうねえ。心配だなあ」

「殴り合う前に、まず挨拶から行きたいもんだな。平和が一番だろ」

 言いながらも、手は止めず、手早く着替えて待機室へ行く。

 待つほども無く警戒度は上がって機乗待機になり、そして出撃命令が出る。

 ヒデ達に続いて出てみると、革命軍も戦闘機を出していた。これは人型をしていて、大まかには似ている。武装は、銃のようなものをもっていた。

『あれがフレイラだ』

 見慣れたノリブに囲まれて、革命軍の艦をもっと大きくしたような艦と、革命軍のドールと同じような形で色違いのドールがいた。

 それから全方位に声が発せられる。

『下等な家畜共』

「それが第一声か!?」

『フレイラの貴種に仕えるべき隷民の分際で逃げ出した家畜と歯向かう出来の悪い家畜は、始末せねばな。狩ってやるから、せいぜい逃げ回ってみせるがいい』

「何様だ、こいつ」

 俺は思わずムッとして、中央の艦を睨みつけた。温厚な俺でも怒るぞ。

『あの尊大で傲慢なのが、貴種だ』

「仲良くなれそうもないな」

 俺の意識が、スウッと後ろへと抜けて行った。


 



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