第28話 ダイレクトリンカー

 高速で突っ込み、急角度で期待の向きを変えながらライフルを撃つ。そして、放ったビットで周囲をクリアにする。

 ああ、スッキリした。

 そう思う時には、次の獲物を狩るために位置を変え、手足をわずかに動かして微妙なバランスで角度を整え、撃つ。そして左手は、別の獲物に電磁ブレードを突き立てている。

 流れるように来たその死体を踏み台に伸び上がり、向こう側のノリブにライフルを浴びせ掛ける。

 どのタイミングでどれをどうすれば効率よく片付けられるか、妙にクリアな頭にハッキリとわかる。

 何か、ホルモンが過剰に分泌でもされているんだろうか。

 幸か不幸か、ノリブは数を減らした事で自由にいつものように動き回れるようになっており、ギュンギュンと、高速で、鋭角に飛び、曲がる。そして、体中にできた角をミサイルのように飛ばしてはまたすぐに生やし、口からレーザー状のものを出す。

 それを、追い、狙い、撃ち、斬る。

 パペットシステムは優秀で、普通のパイロットに追随できるだけの可能性を与えはしたが、やはり、慣れというものはばかにできない。いつの間にか、戦場で地球のドールは数を減らし、あすかのドールの他はほとんど止まって狙うだけで精いっぱいのドールが数機だけになっていた。

 明彦はいつものように、突っ込んで斬りつけ、伸ばした腕で少し離れたノリブを突き、掴み、投げる。

 真理はいいポイントに来たノリブを狙撃し、時々レールガンで弾をばら撒いて、ライフルでとどめを刺す。

 いつもの釣りを混ぜた連携が、今日も決まる。

 ヒデ達の新型も、機動が益々急になっているが、投網、電磁ナイフ、ライフル、快調らしい。あちらも連携がきれいにはまっている。

 そうしてノリブを片付け、時々、順番で補給に戻る。

 ノリブの群れはいつの間にか小さくなり、数十の塊がいくつかあるという感じになっている。

 こうなればなったで、機動力の劣る機体はノリブに歯が立たないし、広域戦術兵器も、ノリブがまとまらないと意味が無い。

 少しずつ、減らしながら移動して、延びた戦場を縮めて行く。

 離れた戦場にいた筈だったエド達が、レーダーで捉えられる範囲に入って来た。

 終わりが見えて来た。

 気は抜かないが、それを実感する。

 ノリブの数を減らしていく。

 と、それが起こった。

 女王ではないノリブが、次々と何かを生み出している。岩だ。そしてその岩はリング状に連なって行く。

「ああやって、ノリブはゲートを作り出していくのか」

 誰もが、それを観察しながら、どこかで納得していた事だろう。ノリブがどうやってあのゲートを作るのか、想像できなかったのだから。

 だが、いつまでも観察してもいられない。それが完成すれば、そこから何が出て来るかなんてわかり切っている事だ。

 ヒデの投網とユウの散弾をノリブゲートに向け、タカがリングを作るノリブを突き殺し、岩をリング状にさせないようにと阻む。

 が、岩はあるだけのものが引き合い、リング状になろうとする。

 俺達は残りのノリブを引き受けており、数が減って、ますます動きの良くなったノリブを狙っていく。

 その時、背中がざわつくような、嫌な空気が立ち上る。そこにいてはいけない。

「リングの前から逃げろ!」

 即座に反応したヒデ達だったが、リングの中から、光の奔流が迸る。

 ユウの機体の足が溶け、タカの機体は片腕が吹き飛ぶ。

 そしてリングの中から、そのノリブが悠々と姿を現した。大型の女王と、それを取り巻くノリブ達が6匹。

 そいつらと、目が合ったような気がした。

『修理に一旦戻る。行けるか』

「抑えます」

『頼む』

 ヒデ、タカ、ユウがあすかに向かい、俺と明彦、真理が両者の間に入る。

 どちらも動かず、睨み合う。ノリブの表情など窺えないのに、ノリブと、お互いに伺い合っているのがわかる。

 女王を守るノリブと俺、動いたのは、同時だった。

 距離を詰めて来る相手に対して、自分も詰めながら、後ろを取ろうと回り込む。グルグルとらせんを描く、命がけのダンス。特殊ゲルで包まれていてすら、視界が赤く染まって行く。

 そんな自分を、体の斜め上後方から眺めるような感覚が起こる。

 思考がいっそうクリアになり、流れる時間がゆっくりになったような錯覚に陥る。0.02秒先を予測して、動き、避け、攻撃する。

 思考はシンと冷たくなっていくのに、脳は加熱しているんじゃないかという熱を持ち、神経伝達は加速する。それでも、まだ遅い。もっと、もっとーー!

 ビットが早さについて来られない。

 思考と現実の視界が入れ替わり、同時に立ち上がる。

 俺とノリブ達の位置が入れ替わり、撃ち合い、避け合う。

 どちらも限界値を試すかのように加速する。

 その中で、スイッと肩を引くと、背後からの真理のスナイピングが通って俺の正面の1匹が落ち、それでペースを乱した1匹を明彦がブレードで片付ける。そして漂っていたビットが2匹を撃ち貫き、驚いたような1匹を、飛び込んで斬る。

 女王を守るように現れたノリブが全滅し、女王は、鳴いたような気がした。空気があれば聞こえたかも知れないが、それは、慟哭か、怒りか。

 後は女王に、寄ってたかって一斉攻撃だ。

「悪いな」

 換装を終えたヒデ達も加わって、撃ちまくる。女王は身をくねらせ、固くて厚い表皮の奥から、暗緑色の液体と臓物と思われるものをはみ出させて暴れる。

 やがて動きが弱くなり、痙攣様のものになり、それも止む。

「やったか」

 ヒデが、ライフルの先で突く。

『死んだな』

 どこからかうわああんと音が響く。歓声だと気付いた時には、もう、限界だった。

「ああ・・・眠い」

 通信機をオフにすると、宇宙は、とても静かだった。


 無人ゲート設置機は、遠くへ、遠くへと、黙々と作業を続けている。

 ノリブの大群は取り敢えず地球圏から排除できたが、これで終わりなのかどうかはわからない。ゲートからワープアウトしたらノリブがいるかもわからないし、新たにノリブが地球圏に接近して来るかも知れない。

 だから、警戒はやめるわけにはいかない。

 ルナリアンは月の半分に住む事になった。自治区という扱いになるようで、新しい国という位置付けだ。そして太陽系から11光年離れた所にあるROSS128bという惑星の開発を始め、いずれはここを、主星にする予定になっている。表面温度は20度からマイナス60度、液体の水が存在し、磁気活動と自転周期が待機を大気を留めるのにちょうどいい。ここで動植物を増やし、都市を築き、生活できるように、地球と共同で行うという取り決めがなされた。

 そして、ノリブへの警戒は共通で取り組み、共に取り組んでいく。

 ゲートも共有物とし、ここに置くゲートの管理はルナリアンが行うほか、他も、共同で管理していくという事に決まっている。

 どんな星になるのだろう。ワクワクする。

「取り敢えず、カニの養殖はする」

 エドが断言した。

「カニが会談の流れを変えたという事で、大人気なんだ」

「ふうん。あの時は、怒られるかもと思って焦ったのにな」

「ああ。美談みたいになってる。不思議だな」

「そんなものかもよぉ、歴史なんてものはぁ」

「そうだな、うん!」

 エドと俺達は、月のショッピングモールの喫茶店にいた。

 あの後正式にルナリアンと取り決めをして色んな事を決め、エド達は月に戻って来た。

 俺達は本部へ帰ると、色んな検査や聴取でしばらく缶詰にされた。その少し前に採取して送った血液の分析結果で、DNAに変異などは無いという事だったが、それならなぜと、それはそれで気になるらしく、みっちりと健康診断をされたのだ。

 やっと解放されたと思ったら、あの戦闘の動画が公開されており、記者に付きまとまれる羽目になった。さんざんだ。

「砌達はこれからどうなるんだ?」

「ノリブへの警戒はいるけど、これまでよりは人手はいらないからな。まあ今いる学兵は後方勤務にでも戻って、徴兵は終了じゃないかな。日本は」

「自衛軍への入隊希望者も増えてるらしいねえ」

「大変な時には来ないで今ってなあ」

「あの戦闘動画は、インパクトあったからねえ」

「それにしても、『日本首相の次男』って、隠す気あるのか?」

「知らん」

 俺は溜め息をつき、皆は他人事だと笑っていた。

 じゃあまたな、と言って別れ、あすかに戻り、荷物をまとめておこうかとか思っていると、氷川さんと雨宮さんが、フンと鼻で笑う。

「こんな優秀なモルモット、手放すわけがないだろう?部屋の掃除はいい事だけどな」

「テストしたいものがあるんだからな。またしっかり頼むぜ、坊主共」

 俺達は、まだ、志願兵のままらしかった。

 担任からは新学期のテキストとかが送られて来、期限を守って課題を提出し、単位を取るようにと、伝言が添えられていた。

「俺達の生活は、まだこのままらしいな」

 俺は苦笑を浮かべて、フェアリーを見上げた。

 当分、よろしく頼むぜ、相棒。


 

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