第14話 戦場で

 卵の中でどのくらい育っているのか、いつ孵化するのか。考え出すと、恐ろしい。まるで、いつ爆発するかわからない爆弾だ。

 夜1人で起きて警戒している時も、ふとそれが気になる。

 卵を叩き割って歩いても、もう孵化寸前だったとしたらだめなんじゃないか?まあその時は、出た直後にとどめを刺して回るのか。えらい手間だな。

 想像して、その手間と内容にウンザリする。

 そもそも、なぜノリブは襲ってくるのだろう。捕食するわけでもないのに。意思疎通できないので、聞いてみたいのに聞けない。まあ、意思疎通できても、分かり合えるかどうかは別問題だが。

 そう考えて、熟睡しているエドを見る。警戒心の欠片も無く、信頼しきっている。お坊ちゃんなのかも知れない。

 まあ、俺も傍から見ればそう見えるらしいし、経済的にはお坊ちゃんでも間違いないか。

 俺は苦笑して、洞窟の外からの侵入者が無いか、警戒に意識を戻した。


 保存設備が無い。塩などの保存食作りに欠かせない物も無い。なので、火を通したものを小分けにしておいて痛む前に食べる、これしかない。

「原始人の生活ってこんなのかな」

「塩くらいどこかにないのかな」

「徒歩で行けない所にならあるかも知れんが・・・拠点を移す事になる」

「もし迎えが来たら、あるいはその兆候があったら。そう考えるとな」

 俺達はジレンマに陥っていた。諦めてここで一生過ごす覚悟を固めるべきなのか?

「ノリブがいる。ここで生き続けるのは、どうせ不可能だろう」

 エドが言うのに、賛成だ。

「女王ノリブの攻略法を考えつくか、帰る方法を見付けるか」

「どっちもハードルは低くはなさそうだけどな」

 俺達は、洞窟の奥へと向かった。

 静かにしていれば、女王ノリブが襲って来る事は無さそうなのが救いだ。

「確かこの辺から出て来たな、俺は」

 記憶を頼りに、その辺りをよく見てみる。

「俺も同じだ。出て来る場所は同じか」

 岩肌があるだけだ。この中にあの岩と同じようなものが埋まっているのかも知れないが、今の俺達では調べようがない。

 だとしたら、どうにかするのはこいつか。

 俺とエドは、女王ノリブを振り返った。


 一旦離れて、相談する。

「ナイフで攻撃は論外として、後は、焼く?」

「あのカニは美味しかったな」

「エド、食う気じゃないよな」

「流石にそれはな」

「焼くにしても、チョロチョロ炙ったところでダメだろうしな」

「燃焼剤になりそうなものは無いかな」

「ここらの地面は鉄成分は多そうだが、硫黄とかは見てないな」

「化学肥料でもあればな。何かないかな。

 沼とかないのか?メタンガスが発生してそうな所」

「見てないなあ」

 他の手立てを考えないと。

「一番高いところに上ってみよう」

「少なくとも気分は変わるな」

 俺達は、岩山を上り始めた。そう大した高さでもなく、すぐに頂上に辿り着く。

「徒歩で行けない所まで見えるな。ああ。のどかだ。昼寝したい」

「・・・やっぱり最初の時、単に昼寝をしたかっただけなんじゃ」

「違うぞ。調査で疲れ切っていてだな」

 一拍置いて、同時に笑い出す。

「そうだよ。大自然の中でのんびりするのは夢だったからな」

「とんだ大自然だったけどな」

 ひとしきり笑ったら、ふと、それが目に入った。

「あれ何だ?」

 頂上に、台座みたいなものがあった。しかも、コンクリート製だ。

「・・・よく山の頂上で、旗立てるよな。登頂記念に、旗立てて、写真撮って」

「記録映像で見た事があるぞ。ヒマラヤとかでだろ」

「そう」

「似てるな」

 棒を突き刺す穴まである。

「ここ、どこだ?もしかして、遠くない場所か、それほど」

「少なくとも、人類が一度は来た場所かも知れん。これが宇宙人のものでないのならな。

 しかし、記念という行為は知性のある動物ならやりかねない、ありふれた行為だ。ここが地球のヒトの到達点でなかったとしても、ここに知性体がいた事の証しにはなり得る」

 辺りを、それまでとは違う視点で見廻す。山の形、地平線、一見何もない大地。

「道?」

 テーブル状の岩と草むらに、ムラがある。それは何となく、所々途切れてはいるが、帯状に見えなくもない。

「なあ、エド。ノリブって、産卵のためにそこの生物を殺して、産卵場にするんじゃないよな。地球とか月とかで産卵したら、地球や月がこうなるとか」

 エドも、真剣な顔で辺りを見ている。

「確かに、あれは人工的に整えられて、後、放棄されたようにも見える。

 だが、ノリブの行動基準を判断するにはピースが少ない」

「そりゃ、そうなんだけど」

「恐れというだけでも、ここにいるやつらを殲滅しておくのは不必要なことでは無さそうだ」

「結局女王か」

 堂々巡りにはまり込んだ。


 洞窟に戻ろうと、岩山を下りて行く。

「燃やすには、燃焼剤が要りそうだな。向こうなら苦労はしないのに」

「やっぱり、向こうとつながるのが一番って事かな。今もその場で原因とかを探し回ってると思うし」

「うむ。俺の方もそうだと思うーーあれ?砌が来た時、ルナリアンはいなかったのか?」

「いなかったな。あ、待てよ。そもそもその辺りで調査しているようなルナリアンと思われる船がいたから、調査に出向いてアレを見付けたんだった」

「そうか。付近にはまだいて、チャンスを窺っていると思う」

 今度こそ、真剣に辺りを観察する。

 岩だ。少し引いて見ても、輪になっているように見える所は無い。

「わからん」

 言いながら、範囲を広げながら調べる。

「なあ、エド。つながったとして、どっちが来るのかはわからないぞ」

「・・・そうだな」

「どうする」

「・・・自分の方なら、まあ、自分は帰る。それはお互い当然だな」

「ああ」

「後は・・・恨みっこなしで」

「まあ、そうなるな」

 俺達は、調査を続けた。

「これに触ったのが間違いかあ」

 ポケットに入れっぱなしになっていた赤くて小さい固いものを取り出し、かざし見る。

「ああ、それ。俺もそれを触ろうとしてこうなった」

「不幸の石かよ」

 これを触ろうとした時の事をまざまざと思い出す。

 と、壁が水面のように波打ち出す。

「もしかして・・・エド、たぶん宇宙だ!ヘルメット、早く!」

「わかってる!砌も急げ!」

 あたふたとヘルメットを被って襟をヘルメットと密着させる。プシュッという小さな音がしたのと、虹色の壁の中心から宇宙空間が見えて来たのとは、ほぼ同時だった。

 現れたのはーー。

『ゲッ、戦闘中だぞ!』

「危ない!」

 飛んできたミサイルを避けて、岩のサークルの外に出る。

「あ」

 ミサイルは、女王ノリブにぶち当たった。

「これだ!おい、マサト!」

『砌!?』

「ナパームを2、3発ブチ込め!閉じる前に!」

『わからないけど、わかったよぉ』

 サークルの向こうに、炎と女王ノリブが見える。女王ノリブは身を大きくくねらせ、こちらを睨みつけたように見えた。

 エドも仲間に指示を出したのか、戦闘は止み、どちらの軍も、サークルを注視していた。

 と、ルナリアンの機も、サークル内にミサイルを注ぎ込み始める。

 向こうは地獄のように燃え盛っている。

『卵も焼けたかな』

「蒸し焼きーーいや、卵焼きだな」

 見ている間に、虹色の水面は閉じて行き、やがて、元のただの岩のサークルに戻った。

 ホッとしたのもつかの間、別の緊張がやって来る。

「パターン3は、想定外だったな」

『ああ、うかつだったよ。砌、どうする。俺達は今真ん中だ。このまま同時に戻って、お互いに引くというのは』

「それが平和的でいいな。隊長に相談してみる」

 しばし、お互いにお互いの上司と相談する。

『OKだって』

「こっちもだ」

『じゃあ、砌』

「ああ、エド」

 今度会う時は、戦場だ。

 その一言を呑み込んで、お互いの陣営に漂って戻って行った。


 泣いて飛びついて来る真理と明彦、ホッとしたように息をつく先輩達に心配をかけた事を謝ると、今度は隊長に報告をする。

 隊長はとりあえず黙って聞いていたが、やがて、肩で息をして言った。

「わかった。ノリブの行動原理についても、その推測は伝えておこう。

 しかし、あれか。俺達が必死に救出しようとしている時に、呑気にボーイスカウトしてたんだな」

「え・・・いやあ、でも、仕方が無いって言うか・・・。

 あ、お土産です。ワニと鳥と魚の直火焼き。残り物ですけど」

 葉っぱで包んだ、例の物を出す。

「お前という奴はーー!」

「いや、でかい鳥とか、ワニとか、魚とか、こっちも必死だったんだから!カニは美味しかったけど!」

「カニ!?カニだと!?」

「短い伊勢海老というのか、細いカニというのか」

「こっちはしばらく、カニカマしか食っとらんわっ!」

「ひええっ!?」

 理不尽だ。

「わあ、お土産ェ?」

「食べていいのか!?」

「箸がいるな、箸」

「もう手づかみでええやん。どれどれーーん、野性味があるな!」

「塩があれば尚いいな」

「・・・はあ。もう、いいか」

 隊長は溜め息をついて苦笑し、

「無事に戻って良かった。

 健康面で心配があるから、しばらく納豆を毎日食べるように」

「何で!?」

「食物繊維が豊富で発酵食品で・・・とにかく命令な」

「酷い!」

 皆がゲラゲラと笑う。

 理不尽に涙が出そうだが、この理不尽さに、ホッとした。




 


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