第10話 家族
飛行開発実験団の総司令官、試作型モビルドールの基本設計を手掛けた武尊早希と国祟、現在データ収集とメンテナンスを行っている氷川と雨宮、テストパイロットの上司である隊長と副隊長、それらが一堂に集まっていた。
何せ、これまでとは設計コンセプトが異なる機体であり、また、テストパイロットも学兵と異例尽くめである。慎重にならざるを得ない。
「被検体も、機体に習熟してはいるようですね」
「ダイレクトリンクにも問題は無さそうだし」
「エネルギー転換機能も大丈夫なようだ」
「でも、ビットの稼働データが少ないわね。どうしてかしら」
武尊親子が、データを前にして言う。
「はい。あれは使用が困難なようでして」
副隊長が答える。
本当は副隊長も思っていた。あんな、サイコキネシスみたいな兵装、本当に人間に使えるのか、と。
「なぜ。ダイレクトリンクの適合率がここまで高いんだから、この被検体に使えないわけないのよ。誰、これ。あら、砌なの。全く、役に立たない子ね。いっそノリブ遺伝子でも入れる実験でもしてみようかしら」
「役に立たないなりに、せめてモルモットとしてくらい役に立てばいいのにな」
「Gには上手く対応してるし、射撃の目標設定やロックオンも早いし、敵の移動予測も早くて正確です。なによりも、戦場での視野が広くて、連携の要として優秀です」
副隊長が言うが、親子は歯牙にもかけない。
「命令なら優秀な指揮官が出せばいいし、敵の予測なら予測プログラムを組めばいい。
この被検体のDNAとノリブのDNAをかけ合わせたらどうなるだろう」
「時間がかかるわ。いっそ、無人機にして脳のクローニングを積んでみたらどうかしらね」
親子は真剣に検討し合う。
溜め息をついて、氷川と雨宮は顔を見合わせ、副隊長は奥歯を噛み締め、隊長は薄く笑った。
「脳ミソだけ飛ばすんですか。ホラーだな。
ノリブDNAを入れる?ルナリアンと発想が同じだな。
いいか。こいつらは俺の部下だ。勝手な事は許さん。文句があるなら、あんたらがまずお手本の操縦をして見せる事だな」
「なっーー!!」
「用は済んだな。帰らせてもらいますよ、総司令」
団長も困ったように苦笑して頷き、
「ダイレクトリンクに適応する人間がそもそも少なすぎる現在、焦る必要もないでしょう。彼にできないものは、誰にもできないと同義だ。それに彼らはまだ15や16の成長期ですしね。
引き続き、あすかでよろしく頼むよ」
あすか組は立ち上がって敬礼をすると、部屋を出た。
途端に、全員息をつく。
「マッドサイエンティストってやつか?」
「何が何でもあいつらの底上げをしてやるぞ、ヒデ」
ふう、と息を吐く。
「とは言うものの、どうしたものか・・・」
あすかに戻ったヒデ達は、ユウ、タカを加えて隊長室にこもっていた。
「なまじ元が高スペックだから、これまでほとんど努力なしで何でもそこそここなして来たんだな。それがここで裏目に出てる」
ユウが言うのに、ああ、と皆頷く。
「この前父親が選挙演説で言ってたな。『子供がかわいいのは当然です。それでも私は、日本の為、地球の為息子を戦地に送っているんです』とか。その後で、砌に、『つまらん騒動を起こすくらいなら、人質になった時点で死んで美談にでもなって票になっておけ』って陰で言ってたけど。
あれで総理だもんな、とうとう」
と、副隊長がばらす。
「よくぐれもせずに育ったな」
感心したように雨宮が言う。
「ぐれても家族は無関心だから無駄だと思ったんだろ。あいつの偏食も、弁当にはなかなか入っていないもんばかりじゃねえか」
氷川が言って、
「でも、偏食は矯正するけどな」
と笑う。
「それより、ビットだ。どうやって使わせる?」
「兵装を、ビット以外封印してみるとか」
簡単に解決策など、浮かんで来そうに無かった。
先輩達が会議に行ったのは知っていたが、そんな話になっているとは全く想像してもいない俺は、真理と明彦と一緒に、医官の春原先生から生物と世界史と物理と現国と地理の授業を受けていた。
春原先生は、優しいのに中味は厳しい。ここには鬼しかいないようだ。
「はい、小テストは合格ですね。おめでとう」
俺達は小さくガッツポーズをした。
「ありがとうございました」
「はい、お疲れ様」
独身の女性隊員が羨ましがるような笑顔に見送られて、俺達は廊下に出た。
「ああ、やっと終わったぜ」
「腰が痛い・・・」
「脳が激しく疲労してるよぉ」
激闘を称えて売店に寄る事にする。
「あ、電話だ」
私用回線だが、誰だろう。担任だったらここにはかからない筈だし、電話をかけてくる相手なんて、ここにいる真理と明彦くらいのものだ。
まあいい。
「はい」
出てみると、母だった。
『上手く上司には気に入られてるようだけど、あなたは被検体なんだから。モルモットとして私の役に立って見せなさい』
「はあ?」
突然の事に、話が見えない。だがとりあえず、役に立たないと怒っているようだとは理解した。
『何であなたみたいなのが息子なのかしら。国祟は天才工学博士だし、伊緒はフィギュアの女王で、外交官としても優秀なのに。国祟が10歳でロボットのプログラミングをやって見せる傍で、あなたはただおもちゃを持って見ていただけ。伊緒が8歳でジュニア大会で金メダルを取るのを、あなたはテレビで見てるだけ。どうしてあなたはあの子達みたいに何かできないのかしら。やっぱり、産むんじゃなかったわ』
「はあ。すみません」
『悪いとわかっているんなら、せめてモルモットとして役に立ってちょうだい。死んで脳を提供して。無人機に乗せる実験をしてみるから』
それは・・・はいと言いにくいな。
「ええっと、死んだら遺体を研究目的に使うという遺書を残しておけばいいですか」
母親の目が吊り上がった。
その時、後ろから伸びて来た手が電話を掴んだ。
「あ、隊長」
「ヒステリーに付き合っていられるほど暇じゃないんですよ、博士。あなたの言っている事は倫理的にもどうなんですかね。科学者としても親としても」
『何ですってぇ!?』
「兄貴が10歳の時、こいつはいくつだった。姉貴が8歳の時は?」
『・・・砌が10歳の時、同じ事ができたかしら』
「じゃあ、あんたらはこいつにも同じ環境、同じ教育、同じ機会を与えたと言い張るんだな」
『・・・』
「それが答えのようだな。
二度とつまらん電話でこいつに妙な事を吹き込むな。こいつを委縮させてるのはあんた達だ。あんた達が、ビットを使えなくしてるって事に、いい加減、気付け」
そこで、呆然としている俺を、隊長はジロリと見た。
「砌、お前もなんで怒らない。なんで諦める。自分で自分にリミッターをかけるな。小さい成功に逃げるな。失敗してもいいからとことんチャレンジしやがれ。
いいか、ここがお前のホームで、俺が親父、こいつらは兄貴だ。俺達は、家族を見捨てない。わかったか」
「はい」
「フン」
隊長は既に切れている電話を返して寄こすと、
「ああ、腹減ったぁ」
と歩いて行った。
「ま、そういう事だから」
「また明日からシミュレーション訓練だからな」
「うはは!隊長も切れたみたいやな」
先輩達も歩いて行く。
それを俺達は呆然と見送っていた。
「ええっと、どういう事かなあ?」
「さあ。でも、あの人達にあんな事言う人、初めて見た」
笑いがこみあげてくる。
「とにかく、また明日はしごかれるんだな。でも、授業は減るんだな!」
「そういう事だ」
俺達は売店に向かっていた事を思い出して、歩き始めた。
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