第9話 突貫ボーイ

 悲鳴を上げて目の前を流れて行く明彦を、俺は見送った。

 近接格闘訓練を、無重力状態にした訓練室で行っている最中だった。

「だからよぉ。回避しろ、言うてるやん」

 呆れたように繰り返すタカの先で、明彦はえへへと笑った。

 ある程度までの攻撃なら平気という性能を持つノームに乗るからこそ無事なだけで、ハニービーとかなら、とうに死んでいるのは確実だ。だから、近接格闘と言いつつ、正しくは、回避訓練だ。

「回避しろよぉ」

 明彦の指導係であるタカも、流石に悩むようだ。防具を付けているからケガをしないまでも、痛い。だから、痛い目にあえば回避するかという作戦だったらしいのだが・・・。

「困ったな」

 タカがユウに目を向けたが、ユウもわからないと言いたげに肩を竦めた。ヒデも、考え込んで唸っている。

「明彦。バラ当てな。当たったやつが3人分、ジュース奢り」

「よっしゃあ!!」

「いいよぉ」

「じゃあ」

 時間内は空気が噴射して凄い勢いで飛ぶゴムボールだ。これを無重力訓練室で放つと、壁と言わず床と言わず所かまわず跳ねまわって大変な事になるのだが、これを使って、反射神経や瞬時の物理計算を競うゲームだ。ボールを複数にすれば難易度が上がり、結構大変だ。

 ボールのスイッチを入れ、壁に投げつける。途端にボールは、怒れるスズメバチの如く暴れ回る。

 しばらくしてエアが切れた時、勝負はついていなかった。

「これなら回避するんだよなあ」

 ヒデが腕を組んで唸る。

「ジュースがかかってるからなんか?」

「いや、流石にそれは違うんじゃ・・・」

 ユウとタカも、首を捻る。

「まあ、時間や。今の調子でノームでも避けてみぃ」

「はい!」

 返事はいい明彦だった。


 シミュレーター訓練で、またも明彦は、ビームをバチバチ受けていた。

 明彦の向こう側にいる真理が明彦越しに敵機を狙撃する。

『おお、やった!』

『あと1機だよぉ』

『いた!』

 明彦は見つけた敵機に向かって、全速力で突貫して行った。


 次は、俺と明彦のパターンで出る。

 普通なら前衛後衛と分担するところだが、考えるところもあって、こちらも近接戦闘を選ぶ。

『え、砌?』

「ライフルがエネルギー切れという設定だ。ほら、来るぞ」

 本当は、そんな設定はされていない。マイ設定だ。

 終わったらヒデから怒られるかな・・・まあいい。

 俺達は加速をして、敵機に迫った。

 個人通信が入った。ヒデだ。

『まさか、余裕か』

「それこそまさか。ちょっと気付いた事がありまして。

 アキの視界内、届く距離で、ちょっと撃ってみてもらえませんか。できれば、アキがフリーになった直後」

『・・・いいだろう』

 攻撃の注文という変なオーダーではあったが、ヒデは了承して、ハニービーカスタムを俺のフェアリーにまずぶつけた。そこでお互いに細かく電磁ブレードで斬りかかり合いながら、絶妙な位置へと移動して行く。

 明彦ともう1機のハニービーカスタムは、電磁ナイフと電磁ブレードでやり合っていたが、明彦に少々分があるようだ。

 そろそろか。

 思った瞬間、軽くこちらを付き離して距離を取ったハニービーカスタムが、ライフルを出してこちらに向ける。

「やっぱりな」

 呟くのを、止められなかった。

 フェアリーの前に、ノームが飛び込んで来たのだ。


 終了した途端、俺にヒデから通信が入った。

『成程な。そういう事か』

「はい。まあ、1人だとまた違うんでしょうけど、僚機がいる場合には」

『次はミギリとマサトで行くが、オーダーはあるか』

「できれば、少なくとも引き分けで」

『今回は特別だからな』

「はい。ありがとうございます」

 通信は切れ、密談は終了した。

 少しおいて、スタートする。

「マサト、ステルスを維持したままここで待機してくれ。俺は向こうに引っ張る」

『わかったぁ。作戦があるんだろぉ?』

「ああーーああ、そっちな。勝てばいいから」

『分かり易い。けど、簡単じゃないけどねぇ。ユウって、本当に忍者かも』

 それを最後に、話す余裕は無くなった。ヒデもユウも、呑んではくれたが楽に遊ばせてはくれないらしい。

 高速ですっ飛んで行き、急制動をかけて逆立ちになって裏返り、一発。ヒデのハニービーカスタムは腕に食らってライフルを手放した。

 すかさずユウが撃って来るので、間にヒデを挟むように位置取りして、お互いに隙を探してグルグル回る。

 そのうちに、ユウにマサトからの狙撃が通ってユウが落ち、こっちもヒデを片付ける。


 俺達はシミュレーション訓練を終え、物理と地学と数学の授業を受けた後、やっと基地の食堂へ向かっていた。

「もうすぐテストだな」

 言うと、明彦が絶望的な顔をした。ノリブ30匹に囲まれても、こんな顔はするまい。

「何かそれどころじゃないって言うかねぇ」

 真理の言う通り、実務の方が、これまでとは段違いに大変だ。

「それで点数にしてくれないかな。土下座でもしてやるぜ」

「いや、それはそれ、これはこれだろう。やっぱり」

 3人は揃って溜め息をついた。

「あら。今からお食事ですか?」

 くるみちゃんーーとは呼べない。峰岸さんとすれ違う。今日は非番だったらしく、かわいい猫のキャラクターが付いたTシャツを着ている。

「お疲れ様です」

「かわいい!ねこまんじゅうだ!」

「好きなの?アキ君」

「妹が・・・ああ、いや、へへっ」

 明彦は笑い、峰岸さんは

「じゃあね」

と手を振って歩き出した。

 と、聞き覚えのある声がした。

「誰かと思えば落ちこぼれトリオか」

「女の子とお話とはいい御身分だな」

 クラスのやつだった。確か・・・ええっと・・・。

「田中と田中と田中くん。久しぶりだねぇ」

 そうだ。田中三兄弟だったーー他人だけど。

「分かり難いな。ABCで行こうぜ!」

「嫌だ!」

「いろは?」

「ふざけてんのか、GO GO ゴミ班が!」

「懐かしいフレーズだな」

 思わずこれすらも懐かしんでしまう。俺達5553班、語呂合わせでゴミ班とか、陰口を叩かれたものだ。

「あの頃は、暇があったねぇ」

 真理も同じ心境らしい。

「テストもやっぱりあったけどな」

 明彦はやっぱりそこか。

「なめやがって。親のコネか、余計な事を言わないようにマスコミ対策で隔離されてるクセによ!」

 1人が言うのに、俺達は唸った。

「そういう話になっているんだねぇ」

「コネはないな」

「コネが使えるなら、テストを免除して欲しいぜ」

 俺達が言うのに、余計、怒ったらしい。

 3人は殴り掛かって来た。

 それをヒョイとかわす。

「ん?」

 何だろう。緩い攻撃だな?

 と、避けられた事に熱くなったのか、

「降谷のくせに避けるな!」

と理不尽な事を言って来る。

「ええ?だって、ねぇ?」

 真理が戸惑った声を出した。

「あなた達、何をやってるの!?」

 行きかけたところで、田中トリオがケンカ腰で話しかけて来たのに気付いた峰岸さんが、慌てて戻って来る。それにも気づかない程頭に血の上った田中トリオは、再度殴り掛かって来た。

「田中、いい加減にした方がいいぞ」

「そのスカした面が気に入らねえんだよ、武尊の坊ちゃん!」

 勢い良く全身の力をこめた右ストレートを空振り、田中は態勢を崩して、真理に図ったように突っ込んで行く。

「キャッ!?」

「え!?」

「危ない!」

 明彦が、すっ飛んで行った。


 5歳のオレは、妹と手をつないでいた。駅前の大通りだ。

「・・・」

 2つ年下の妹が何か言う。聞こえないが、知っている。「お兄ちゃん」だ。

「・・・」

 やめろ、止まれ!何度も願ったが、いつも叶わない。オレ達はゆっくりと、道の端を歩いて行く。

 と、母の姿を見付けた妹が、手を振りほどいて走り出す。そして、雨でスリップした車が突っ込んで行き、妹の体が高々と跳ね上げられて宙を舞った。


「おい、明彦!」

「大丈夫だ、軽い脳震盪だ。

 おい、アキ。起きろ。メシだぞ」

「いただきます!あれ?」

 明彦は飛び起き、俺達はホッとした。

 俺と真理と峰岸さんが田中達を取り押さえ、離れた所を歩いていた先輩達が駆けつけて来たところだ。

「何があった」

 田中達は、真っ青だ。

「武尊特尉、答えろ」

「はい!クラスメイトと久しぶりに会い・・・話が弾みました」

「ええ!?ケンカ売られてましたよね!?」

「高校生男子の挨拶ですよぉ」

「あはは!いやあ心配かけたな!失敗したぜ!そういうことだから、一尉、懲罰とかなしで頼みます!」

 田中達は思いがけなく大事になってオタオタし、ヒデ達はそんな俺達を眺めて嘆息した。

「今回は多目に見るが、ここは遊び場じゃない。戦場で、お前らは兵士だ。規律を重んじ、責任と自覚をもって行動するように。

 ミギリ、貸しだぞ」

「はいっ!」

 先輩達は離れて行き、田中達も気まずそうな顔で、帰って行った。

 俺と真理は、明彦に向き直った。

「心配するだろぉ」

「明彦。お前に何かあったら心配する人間がいる事を覚えとけよ。

 大体、俺達はカバーし合う仲間だろ。かばう、かばわれる間じゃない。だろ」

「へへっ。すまん。そうだな。うん。お前らは妹じゃないもんな」

「妹?まあいいや。それより峰岸さんの一本背負い、凄かったよぉ」

「見たかったなあ」

 明彦の笑顔が、どこか違って見えた。

 

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