(終)結 末

Conclusion

 最後の航行日誌を聴いた直後、LOQCSは沈黙しパネルの表示も消えた。

 すると、小惑星は轟音ごうおんと共に揺れ始めた。

 地震とは違う強い電磁波のようなものが、この天体を包んだもよう。

 未知なるエネルギーは、天体内部の物質を共振させたのかも知れない。

 もしや、あの謎の元素でもあるのか。

 強力な波動のエネルギーは、人間の脳にも大きなダメージを与えたに違いない。

 そのとき私は気を失った……。


 気が付いたときには、タイタン号は火星基地に戻っていた。

 私は意識不明の状態が七日間も続いていた。

 四人の隊員たちは、誰一人何も覚えていないと言うのだ。

 強力な波動のエネルギーの影響で、全員が記憶を無くしたのだろうか。

 それとも、私が昏睡状態の中で見た幻覚だったのか。

 それでも私は信じる。


 謎の惑星『氷の星』は、夢なんかではなかったことを。

 伝説の奇蹟の惑星『水の星』とは、地球だったことを。

 氷の星と水の星がリンクして、命の輪が繋がったことを。

 そして、アーロンの勇気ある若者達は、人類の救世主となったことを。


 異端いたんの説として時の科学者達が一笑いっしょうした『第五惑星説』は、正しかったことをここに確信した。私がその生き証人となったのだから。


 第五惑星説は、21世紀の無名の物理学者によって提唱された。『温故知新おんこちしん』の論語を学んだ彼は、天文学の黎明期れいめいき、18世紀に説かれた法則を参考にした。それは惑星配列を予測する説で『ティティウス・ボーデの法則』と呼ばれた。この法則を基に第五惑星の存在を次のように考察した。


『太古の太陽系では、現在のアステロイドベルトが、火星に次ぐ五番目の惑星だった。第五惑星は天体衝突が原因で崩壊し、その破片である微惑星の大部分は宇宙空間に飛散した。破片の多くは、隣の巨大惑星(木星)の強大な引力に捕らえられ取り込まれた。そして、残骸ざんがいが小惑星となって、現在のアステロイドベルトを形成した』という説である。

 因みに、人類起源には、火星起源説という異説もあったが、正確には第五惑星起源説だったことになる。


 そして更に、四つの兄弟星伝説は、現在の太陽系構造と見事に合致がっちする。LOQCSが語る惑星ヒストリー・サイトのエンドロールには、その四つの惑星の伝説が記されていた。



☆★ 兄弟星伝説 ★☆

 遥か遠い昔、広大なる銀河の片隅のちっぽけな太陽系に、伝説の惑星あり。

 予言者ノアーの伝説に登場する四つの兄弟星。それは焔の星ほのおのほし水の星みずのほし砂の星すなのほし。そして、氷の星こおりのほし


 焔の星と水の星は、麗美れいびなる双子姉妹の如く、大きさも質量も酷似こくじする。

 その姿は荒涼こうりょうとした闇に咲く宇宙の彩花さいかなり。


 黄金色の焔の星は、鉛をも融かす灼熱しゃくねつ大気に、地表のさまとらえることは叶わない。

 青緑色の水の星は、白雲渦巻く大気のもと、緑の大地が広がり紺碧こんぺき大海たいかいかかえる。


 砂の星と氷の星は、厳冬げんとう修行を行う師弟僧していそうの如く、沈黙の瞑想めいそうを続ける。

 その静寂さは暗黒の世界に眠る宇宙の宝石なり。


 赤銅色しゃくどうしょくの砂の星は、希薄な大気のベールに、砂塵さじん舞う乾燥大地と白い極冠きょくかんいただく。

 清白色せいはくしょくの氷の星は、濃厚な大気層の下、白銀の大地が広がり強酸の氷海ひょうかいを抱える。

☆★ ―☆★☆― ★☆


『水の星』が地球ならば、『焔の星』とは金星のこと。鉛をも溶かす灼熱の大気を持つとは、地球の双子星である金星そのものである。すると『氷の星』の兄弟星である『砂の星』とは、火星にほかならない。希薄な大気のベールに、てついた赤銅色の大地とは、まさに火星の夜そのものである。


     * * *





P.S.


 私はその後、火星開発スタッフを定年退職し地球に帰還しました。十年ぶりとなる地球は予想以上に荒れ果て、愚かな人類は、南の小さな大陸に逃げ延びる運命を辿たどっていました。

 私が火星で移民施設の建設にいそしんでいた十年足らずの間に、地球の政治情勢は激変、『世界連邦』は崩壊したのです。悪魔の手先と化した愚かなテロリストたちがもたらした放射能汚染によって、北半球を中心に四つの大陸は壊滅状態に陥ったのです。

 アダムの林檎の如く悪魔が人間に授けた知恵は、パンドラの箱を開けてしまったのです。悪の教典から編み出された悪魔の兵器は、天空までも焼き尽くしました。溢れ出した悪魔の『見えざる洪水』は、命を地獄の底へと呑み込んだのです。


 そんな悪魔の洪水から逃れるために、私は老体にむち打って再び宇宙へと旅立ちました。

 小さな移民団と、地球を代表する生物のDNAサンプルを乗せて、新型宇宙船『SSアーク号』は火星へと向かいます。

 私はSSアーク号の提督ヨハン・エイロン(Johan Aron)。最愛の妻ユリア(Julia)と、新船長に任命した息子と共に、希望を胸に新天地を目指しています。



          了


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る