第4章 (5)実 験 Part②
その翌日、昼過ぎのことだった。ビーオが血相をかいて、実験室から飛び出して来た。ジーンは鑑定結果が気になり、丁度SCIルームに向かう途中だった。
「兄貴、大変だ! 予想外の……、驚きの……、結果が出た」
ビーオは、肩で息をしながら声を掛けて来た。
「ちょっと落ち着け、ビーオ。何があった?」
ジーンは立ち止まり冷静に尋ねた。
「信じられないことが、判明したんだ! 落ち着いちゃー、いらんないよ。緊急報告だ」
「分かった。俺も、結果が気になって来たところだ。実験室に戻って、話を聞こう」
ビーオは、Uターンをすると急ぎ足でSCIルームに向かった。ジーンも後に続いた。
ビーオは、興奮が収まらぬまま説明を始めた。
初めのうちはモニター画面に並んだデータが、何を意味しているのか、ジーンは分からなかった。しかし、最後の運命の血縁関係の説明を聞いて、その驚愕の事実を初めて理解した。その概要は次の通りだ。
(異母兄弟だと思っていたジーンとビーオは、実の兄弟だという真実が浮かび上がった。究極の試験管ベビーで人工培養児のジーンは、ずっと実母は不明であった。
一方ビーオは、人工授精で誕生したが実母は大統領夫人ミレーニアであることは確かだった。でもDNA鑑定の結果、ジーンたち兄弟の血縁は、完全に一致したというのだ。
更なる驚きは、ミカリーナの実母はユーン夫人であることが判明した。ジーンと同じ人工培養児のミカリーナも実母は不明だったが、異母姉妹だと思っていたノベリーナとは実の姉妹だったのだ。
二人が双子のようによく似ていた訳がこれで納得できる。)
ビーオの説明が終わる頃には、ジーンは、言葉を失い放心状態に陥っていた。
「兄貴。あーにき。大丈夫か?」
肩を叩くビーオの手で、ジーンは我に返った。
「あっ、大丈夫だ。それにしても、驚いたよ。今の話、全部本当か?」
「もちろんさ、鑑定の結果だ。こんな時に、冗談言って、どうすんだ?」
「それもそうだが。……すぐには信じられないよ」
「ボクも驚いたさ。でもデータが示すことだから、間違いないよ。……そうだ、アラン博士に、見てもらおう」
「そうだな? 生命工学の権威に聞くのが、一番だ!」
早速、アラン博士にご足労を願った。博士は、慎重な眼差しでデータを覗き込んだ。
「や、やはり?……」
アラン博士は腕組みをしながら一言だけ漏らすと、あとは沈黙した。
「博士。やはりとは?」
ジーンは、アラン博士の顔色に少し陰りを感じた。
「うむ……」博士は口をつぐんだままだ。
しかし、やがてその重い口から新たな告白が。
「……やはりそうだったか。いつかは話さなければならぬ事実だったが、これ程まで見事に、答えが出るとは?……実の兄弟であることは、間違いない」
「もしかして、俺たちのこと、ご存知だったんですか?」
「ううむ、黙ってて、すまん! ジーニアウス君。ビーオ君」
アラン博士は大きく頭を下げた。
「頭を上げてください。博士! 確認できてよかったです。なっ、ビーオ」
「話して下さって、ありがとう、博士! 結果には、喜んでいますから」
ビーオは博士に寄り添った。
「ありがとう。そう言ってもらえると、救われるよ」
博士の顔色に赤みが戻ってきた。
「博士、何故そんなに悲観なされる?」
ジーンはすかさず言葉を加えた。
「それでは、ここらで、全てを話しておこう。まず座ってくれたまえ」
アラン博士は、実験テーブルの奥にある長椅子に腰を下ろしながら手招きをした。
「はい‼ 博士」
二人は、博士の横に並んで座ると、博士の話に耳を傾けた。
アラン博士の口からは、さらなる衝撃の事実が、次々と飛び出した。その驚異の内容ときたら、これまでの驚きを倍増させるものだった。
(ジーニアウスとビーオニアウスの実父は、スタイン大統領ではなくスティーヴ博士であった。正確に言うならば、博士の体細胞から作られた人工精細胞だった。人工培養研究の黎明期、生命工学の第一人者は画期的な実験に成功した。
更に、シダーヒル兄弟の父親とされていた当時のスタイン議員には秘密があった。彼の精細胞には生殖能力が無く、体細胞にも遺伝子異常が認められた。そこで、同じ血族のDNAを持つスティーヴ博士の協力を得ることになった。
スティーヴ博士とスタイン議員の一族は先祖代々近親で、スティーヴ博士の家系は、アーロン王家と並び、最も古い伝統を持つフォレスト家。フォレスト家から分家したシダーヒル家の末裔がスタインだった。
スティーヴ博士の体細胞から肝細胞をつくり、培養した万能細胞から精細胞を作り出した。それをスタイン議員のものとして人工授精に成功した。)
アラン博士の話しが終わっても、ジーンとビーオは顔を見合わせたまま、互いに言葉は喪失していた。驚きを超えたこの不思議な気持ちは何か。言葉では言い表せないが、ジーンの心の奥で感じていたものは、ある種の喜びであった。
* * *
いつの間にか黄昏時を迎えていた。ジーンは、検査結果を一刻も早く皆に伝えたくて、夕食時まで待てなかった。クルー全員に緊急召集をかけた。
「キャプテン。いったい、何、おうたんねん?」
周囲の意見を代表するかのように、真っ先にローンが尋ねた。
ローンは、夕食の準備で一番忙しい時間帯での急な召集に、少し不満気のようだ。周りのクルー達も落ち着かない様子でざわついていた。
「悪いな、忙しい時間に。これから重大ニュースを伝えたい」
ジーンは、逸る気持ちを抑えて冷静に振る舞うことで、その場の空気を静めた。
この後、DNA鑑定の結果と、アラン博士が行った研究の経緯について、博士自身に説明を依頼した。
説明を聞くクルー達からは、時々小さな歓声が零れ、さすがに驚きを隠せない様子だ。しかし、意外と皆冷静に耳を傾けていた。
アラン博士からの説明が終わると、最初の言葉がスティーヴ博士から飛び出した。
「皆さんも、驚いたことと思うが。これが運命というものかも知れませんな?」
それは科学者同士、フォローを利かせたとても優しさ溢れる対応だった。
「博士が、本当の父だったなんて。嬉しいような、恥ずかしいような、とても不思議な気持ちです。……でも光栄です」
ジーンは、皆の前で少し照れながらも嬉しさを伝えた。
「正直、複雑な気持ちだが、吾輩も嬉しいよ。……吾が息子たちよ!」
「はい!」二つ返事をするのがやっとのビーオは、感無量の様子だ。
ところで、当然、喜んでくれるものと思っていたミカリーナが、俯いたまま何も喋らない。
「ミーカ。お母さんが分かって、よかったね! しかも、ユーンさんだなんて、最高じゃないか……」
ジーンは、ミカリーナの様子が気がかりで、彼女の気持ちを確かめた。
「はい。とっても、嬉しいことです。でも……」
ミカリーナは、顔を上げたが笑顔はなく、言葉は途切れた。
「でも、とは?……どうしたの?」
ジーンは、腫れ物にでも触るように、そっと尋ねた。
「でも、その嬉しい分……。ノベリーナが可哀想……」
ミカリーナは涙声で、再び俯いてしまった。
いつの間にかユーン夫人が、ミカリーナに近寄っていた。
「それは違いますよ!……天国のノベリーナも、きっと、きっと喜んでおります」
ユーン夫人は、ミカリーナの震える肩にそっと手を添えた。
「はい、お母様」
優しさ溢れる母の言葉が、悩めるミカリーナの心を強く掴んだようだ。彼女は、潤んだ瞳を母の視線に合わせた。
「私も嬉しいわ。ミカリーナ……」
ミカリーナを見つめるユーン夫人の瞳から、光るものが一つ、また一つ。頬に一筋の線を描いた。
実の親子は、運命の遺伝子を確かめ合うように、互いの頬を寄せ合うと、互いの肩をしっかりと包み合うのだった。
* * *
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