第2章 (7)終末へのカウントダウン、あと4日 Part①

Countdown, 4 days left Part①

 彗星は日増しにその姿をあらわにしてきた。

 誰が見ても一目瞭然いちもくりょうぜん、星座の顔とはまるで違う。大きさといい、輝きといい。

 全天で衛星セレスに次ぐ明るさは、夜空の主役にし上がっていた。


(うううーっ! ミーカ、あの閃光せんこう、見ちゃダメだぁー! 急げー……。)

 今朝もジーンは悪夢にうなされていた。もう映画のワンシーンなどと言うレベルのものではない。ジーンは、奇妙な手応えまで感じていた。


 大爆発を起こすのは氷に覆われた純白の星。

 傍には青白い悪魔のマントをひるがえす天体が。

 両者は、衝突寸前のところまで大接近……。

 夢はここで途切れて、日増しにリアルになって行く。


「これは、ただの夢じゃない!」

 天才遺伝子は確信した。


 この日の街頭運動を進める中で人々の危機感の希薄さを感じ、ジーンはずっと考えていた。やはり国民はマインドコントロールされている。最早もはやこれは、洗脳だ。


 平和維持といううたい文句の隠れみので、全てが政府に管理されている。人々の危機感までも麻酔にかけられている。残念なことだがこれ以上呼び掛けても無駄だ。ここまで来ては自分の行動は自己責任、個人の判断に任せるしかない。


 あれほど巨大な彗星は見たことがない。おそらく人間の力では太刀打ちできないだろう。今考えられる最善の方法を取るしかないと、ジーンは悟った。

 悪夢に出てくる大爆発を起こす惑星。この巨大彗星の大接近。信じたくはないが、惑星アーロンに重大危機が迫っている。ひとまずこの星を離れるべきだ。

 ジーンは、新型宇宙船に運命をたくすしかないと結論付けた。



☆その日の夕方――――――

 ミカリーナを誘いサンライズ・スペースポートに向かった。SPODを飛ばし、ものの数分程度で宇宙港に到着。すると、シルバーファルコム号の勇姿が夕闇に浮かんでいた。


 辺りは黄昏時たそがれどき特有の灰色闇はいいろやみに包まれているのに、宇宙船は銀白色に光り輝いていた。まるで宇宙船が自ら光を放ち、宇宙へといざなっているように思える。それは正に、命を宿した宇宙生物『宇宙ファルコン』の勇姿であった。


 ジーンは、シルバーファルコム号の勇姿をSPODから眺めながら、自分の考えをミカリーナに伝えた。

 なぜか彼女は悲しげな目をして黙ってしまった。いつもと違うミカリーナの態度が、ジーンはひどく気になった。


「どうかした? ミーカ。オイラ、何か、気に障ることでも?」

 まるでれ物にでも触るかのように慎重に尋ねた。

 だが、ミカリーナは何も答えない。その沈黙は、迷える二人を、暫らく夕闇の中に閉じ込めた。


 ジーンは気が短くせっかちなところがある。何も喋らない彼女に、とうとうたまりかねた。

「ホント、どうしたんだミカリーナ? 何も言わない、そんな君は、嫌いだ?」


 今まで喪に服していたように、沈黙を続けていた彼女の口元が小さく動いた。

「ジーン。わたくし達、惑星を見捨てるの? この星の人々は救えないの? そして、わたくし達だけで、逃げ出すの? そして、そして……」

 その声は弱々しくとても沈んでいた。

 ミカリーナは、ジーンの胸を掌でパタパタと叩きながら涙した。


「ゴメンよ! ミーカ。嫌いだなんて言って。こんなにも、惑星の人たちのことを考え、悩んでいたなんて。君の辛い思いを、気付かないで、ホントごめん」

 ジーンは、ミカリーナの肩を両手で優しく包み慰めた。


「(ジーン)……」声にならないミカリーナは俯いたままだ。


「辛いのは、オイラだって同じだよ。でも、あの巨大さ! 今の科学力では? 大宇宙では、人間の力など、無に等しい。オイラだって、できるなら救いたいさ」

 ジーンは、強く抱き締めたが、思い悩む彼女の心は晴れるきざしもない。


「じゃ、頑張ってみてよ。救えるかどうか、やってみましょう。こんなわたくしでも、役に立てるなら、何でもやるわ。ジーン、ジーン、ジー(ン)」

 ミカリーナは、ジーンの胸に頬をうずめると、溢れ出る涙で訴えた。


 まるで少女のように心を痛める彼女を、ジーンは、心から愛しい宝物だと思った。

その宝物をしっかりと抱き寄せながら、冷たい夜空を見上げた。

 そこには色褪いろあせた星たちが蒼白あおじろまたたき、いつものきらめく星空とは明らかに違った。不気味に輝く巨大彗星に侵され、ミカリーナの悲しみを投影したかのような、こごえた夜空が広がっていた。


「あれを見てごらん。夜空を覆い尽す、悪魔の輝きを……」

 ジーンは、悩める愛しい宝物を諭しはじめた。


 ミカリーナは、大きな瞳を潤ませながら、無言でその悪魔を睨みつづけていた。


「あの巨大さでは、どんな強力なプラズマ砲だって、新開発の反粒子ビームだって、歯が立たない。本当に無念だけど。ごめんよ! 本当にごめんよ、ミーカ!」


 ジーンは、人間の無力さを改めて痛感した。ミカリーナのなぐさめ役としてこらえていたジーンだったが、き止めていた涙のダムは、とうとう決壊けっかいしてしまった。

 瞳を潤おした二人は、頬と頬をぴったりと寄せ合って、天空の巨大な悪魔をにらみつづけるのだった。


     * * *


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