第60話:究極の大博打 v0.0

_ダーダネルス帝国 帝都ディオニス 皇城 皇帝の間



 「……以上が、私が思いつく『最善の策』です」


 総合司令官のヴェルティは、手元に一際大きな鞄を置いて臨時宰相とその他臣下の者達の前で我々に残された選択肢を語った。

 臨時宰相のダルガは、本来なら皇帝が座っているはずの席から立つと、ヴェルティのすぐ足元まで迫り、口を開く。


 「……つまり、何だ?我々は親愛なる臣民も、領地も捨て、残存兵力全てを率い南下、もしくはデルタニウス王国への最後の一大上陸作戦を行う、という事なのだな?」


 「はっ……その通りであります」


 ダルガはしばらく無言で、ヴェルティを見つめながら考える。

 我々ダーダネルスーザ人に、『降伏』の文字はない。降伏して属領になるくらいなら、本土での徹底抗戦を行い、ダーダネルスーザ人全てが名誉の死をすることの方がはるかにマシだと、彼は……ダルガは、考えていた。

 だがどうだ。ヴェルティが繰り出した『最善の策』は、本土を捨て、尻尾巻いて他国に逃げ込もう、と言っているようなものである。

 

 「……どこが『最善の策』だ!!守るべき民も何もかも見捨て尻尾巻いて逃げるだとッ!?……そんなこと……そんなこと……ッ!」


 ダルガは叫ぶような大声で言う。

 もちろん彼自身としても、我々が立たされている立場については理解している。

 西部からは明らかに何かがおかしいデルタニウス王国がジワジワと攻め寄り、北部からはまるで猛獣のような勢いでここ、帝都へと迫るヴァルティーア帝国軍。工業地帯は壊滅し、補給も絶望的。こんな状況で相手から挟撃を受けるとは……まさに最悪のタイミングだ。


 「ですが我々に残されている手段は少ない。それもまた事実……。ならば、手駒の多い今のうちに『最善の策』を取るべきです」


 ヴェルティはダルガに劣らずの声で語りかける。

 彼の発言には確かに賛成だ。だが……だが、その『最善の策』は、ハイリスクハイリターンなんて代物ではない。大博打だ。これが失敗すれば……我々は帰るべき土地も、家族も失い、全滅するしかない。

 だが逆に、この土地に留まることができる時間も長くは続かないというのもまた事実。現状、ヴァルティーア帝国軍に対して少なくとも『戦術的』勝利を果たしたという報は上がっていない。どちらにせよ今の状態が続けば、敗北、どちらかの国に属領化されてしまうのは目に見えている。


 「……勝算は」


 ダルガは一言、聞こえぬほどの小さな声でそう呟く。


 「……今なんと?」


 ヴェルティは、目を点にして聞き直す。


 「だから勝算だッ!勝算はあるのかッ!」


 ヴェルティは『それはもちろん、勝算はあります』と自信満々に告げると、手元に置かれた鞄の蓋を開き、中から一際大きな地図を取り出す。

 それは……ダーダネルス帝国東部に位置する海域全てを記した精巧な地図だった。それも、軍事機密レベルの。


 「こ、これは……。お前。こんなものを持ち出していいと」


 「それでは私の持つ勝算を語らせてもらいましょう」


 ダルガの叱責は、すぐさま話を始めたヴェルティの声に阻まれてしまう。


 「まず大前提として……残存する海軍の4分の1には、今作戦においては囮役……つまりは、


 「……は?」


 ダルガは……いや、周囲に立っていた側近達も、皆あまりの衝撃に言葉を失う。

 こいつは先ほど自分が言った言葉を理解していないんじゃないか?今我々の置かれた状況は最悪。そんな状況下で……残存する海軍の4分の1を、囮役として消費するだと?それではもはや……。


 「彼らは……消耗品ではない。あなたが仰りたいことは、これでしょう?」


 まさに核心を突くような発言。だが彼は、そのことをわかっていて尚、囮として海軍の4分の1を囮役として消耗しようとしている。私は……その理由が知りたい。いや、知らなければならない。


 「囮部隊が向かう先……それは、ここです」


 彼がそう言って指をさした海域。ダーダネルス帝国から見れば南西、デルタニウス王国から見れば東に位置するそこは……。


 「……エモラスの生息地……」


 エモラス。現生する海洋生物の中では最強の部類に入る海竜類。速力・サイズ・戦闘力全てにおいてトップクラスで、加えて使役するのはほぼ不可能に近い。

 以前からこの付近の海域ではエモラスによる商船の被害が絶えなかったと言う。まさか……まさか、こいつは……。


 「敵主力をこの海域に誘引、エモラスを持って甚大な被害を発生させる……。本来の目的はこれです」


 「……そうか。そう言う事なのだな」


 彼が持つ異常なまでの自信。その魂胆は……こう言うことだったか。

 確かに、怪物エモラスなら、敵艦隊になんらかの被害を与えること足り得る……いや、撃滅すら可能かもしれない。

 だが同時に、ダルガの中に2つの疑問が浮かび上がる。それは……相手と我々との『射程差』だ。確か以前第二次デルタニウス王国攻略軍派兵の際に、相手は我々よりも長大な射程・威力を有する大砲を搭載した戦列艦……と言うよりも、巨大な城を所持していることがわかった。もし今回もそれが使われてしまえば……。

 それに敵は、まるで我々の動きを察知しているかのように素早く展開。我々を見事邀撃せしめた。当時は『海竜騎でも使って察知したに違いない』と言う憶測なのか確信なのかよくわからないものが飛び交ったが、のちにデルタニウス王国に関する資料を解析した結果、あの国は海竜騎を所持していないことが確認されている。

 以降この件は『方法がわからんが、何らかの手段で我々の動きを察知していたに違いない』と言う結論に至り、要注意とされたと言う。


 「だが、敵と我々の船とでは性能が違いすぎる。この海域に誘引する前に……やられるのではないか?」


 「その点に関してはご安心を。囮部隊には、残存する魔道士の半分を投入予定です」


 彼が言いたいことは『魔道シールド使うから安心しろ』と言うことなのだろう。確かに、魔道シールドは鉄壁を誇る。だからこそ我々はそれを重宝し、数々の戦闘で役立てて来た。

 魔道シールドの強度は、魔道士の数に比例する。ヴェルティが本当にそれを実行するなら……多少は相手の攻撃に、耐えられるかもしれない。


 「……おっと。ついつい長話をしてしまいましたな」


 ヴェルティは、我に戻ったかのような顔で言う。


 「私には……大事な職務、この帝国を延命すると言う……大事な職務がある」


 軍事機密レベルの精巧な地図を、丁寧に丸めカバンに押し込みながら言う。


 「いつまでこの帝国が持つか……。それは私にもわからない。なので、臨時宰相殿」


 ヴェルティは皇帝の間への通用口のドアノブに手をかけ、一言告げる。


 「できうる限り、迅速に、かつ、賢明な判断をお待ちしております」


 _ガチャンッ!


 彼はそう言い残し、大きな音を立てて皇帝の間より退出した。それを、ダルガはただ呆然とした表情で見つめるほかなかった。



______

 そろそろ改稿に本格的に注力しないと……←改稿がろくに進んでいない人

 すでに新4話、たった1話でもかなりの長編になりそうな匂い出してますがね!

 ちなみにエモラスの元ネタ……モササウルスです。

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