売られた男 13話「旅路」

大戦期のトラックは頑丈だった。


木や石ころが転がる道をなんとか走っていた。


レムスは泣いていた。神との接遇による高揚から、幾分落ち着きを取り戻したアルフレトは、レムスを抱きかかえ、そして眠らせた。


あの雲の塊は、なかなか消えなかった。まるで力強い拳で天を撃ち抜いているように見えた。


レムスが眠ると、僕たちは三人で自然と話し始めた。強大な恐怖を見た後、人はただ寄り添うしか無い。


「よくわかったな」


僕はアルフレトに聞いた。


「レムスだよ。彼が誰かと話しているようだったんだ」


「もしかしてロムルスとか?」


「ああ」


「そんなバカな。何十キロも離れているのに、どうやって話したと言うんだよ」


ずっと運転していたカガミ中尉は、ひどい山道を抜け少し安堵しているようだった。


「彼らは特殊なのさ。でもそのおかげで助かった。僕は時間を見ていた。ロムルスとの約束より、かなり早い時間だった。だからきっと、レムスの危機を感じ取ったんだよ」


「たしかに、そうとしか言いようがない」


「そしてロムルスの顔が浮かんだんだ。僕にもね。だからわかったのさ」


少し開けた場所で車を止め、我々は休むことにした。ひどく疲れていた。昨日からというもの、あらゆることが降りかかり、そしてなんとか生きていた。


「大陸の奴らのレーションしか無いが、まあ食えないこともない」とカガミ中尉の声が荷台の中から聞こえた。


トラックの荷台には、少しばかりの物資があった。


レムスはずっと眠っていた。






「二つ教えてくれ」


僕はアルフレトに聞いた。


「ああ、なんでも答えるよ。君たちにはひどいことをしてしまったからね」


「まず、この裏切りがなかった場合、どうしようと思っていたんだ?」


「日本海にある港の一つに、我々の息のかかった商船があってね。そこから台湾へ帰ろうと思っていたんだよ。あそこには東アジア最大の支部があるからね。


情報は手に入っていたし、大陸兵も大したことがないと『あのときは』思っていたから、きっと同盟を破棄して日本へ侵攻していたかもしれない。アメリカさんとも仲が良いんでね」


「俺たちがいなけりゃ、てめえは生皮剥がされてオイオイ泣いてたってわけだ」


「ああ、本当にそうだよ。私は潔く負けを認めるよ」


「あと一つ、僕たちは武器をすべて取られていた。にもかかわらず、君はあの妙な青い光を放つ武器を使った。あれは何だい?」


「あれはとっておきだったんだけど、見せちゃったから仕方がないね。カガミ中尉とのお遊びにとっておきたかったんだけどね。あれは体内に埋め込んでいる武器さ。下級戦士のデガンたちは知らない我々の軍事機密でね。私のような高貴で信仰心の厚い高級司祭にしか渡されない、まあ大戦期のありがたい遺産ってやつだよ」


「俺なら避けてたけどな」


「そうかもね。でももっとすごいこともできるんだよ。まあその時は私も死んじゃうかもしれないけどね」


大戦期に生身の兵士を改造していたと聞いたことがあるが、まさかまだそんな技術が残っていたなんて。


「これは本来、機会兵に使う武器だったり、そのまま化学兵器だったり、まあそんなものだったらしいよ。だが大戦末期、もう機械兵を作れなくなったんだ。何もかも滅茶苦茶だったらしいからね。だから生身の人間に埋め込んだんだよ。そのほうがコストが掛からない。もちろん多くの人間が実験台になってね。人間ってのは、どうやらこういった物を体に入れるのは合わないらしいんだ。拒絶反応とかいったかな?でもそれで死んでしまっても、武器だけ引っこ抜いてまた違う人間に取り付ければ良いんだよ。安いものさ。もちろん、神に選ばれた私は何の問題もなかったけどね」


「・・・いいなあ、俺もなんかほしい」


カガミ中尉が小さな声で言った。






「こちらからも一つ聞きたいんだが?」


「ああ」


「私のせいではあるんだが、行く宛が無くなってね。どうにか日本を脱出したい。せめて本部と連絡が取りたいんだが、どうしたものかね?」


「それは僕たちも同じさ」


「なぜだ?君たちは家に帰れば英雄だろう?なんせ大陸軍の要塞をまるごと吹っ飛ばしたんだ。我が教団なら飛び級で司祭、いや五百羅漢隊に入れるかもしれない」


「これだけの功績を上げたら、確実に殺される。上の奴らにしたら僕たちが死ぬことも作戦の重要事項だったんでね」


「君たちみたいな優秀な人材を?」


「ここはそういうところなのさ」


僕はもう軍に帰る気はさらさら無かった。ロムルスの影響かもしれない。ただ漠然と、世界を見てみたかった。


「でもどうしましょうかね?さすがの俺たちでも、何の補給もなけりゃ山賊にでもなるしか無い」


「じゃあ我々のところに来給え。私が推薦すれば間違いなく大丈夫だ。民族は問わない。神を信じればそれだけで家族なのだよ」


「てめえの部下になれってのかよ?」


アルフレトは黙った。


アルフレトは部下という言葉に少し弱くなっていた。






「僕は、ロムルスとの約束を果たしたい。レムスをとりあえず安全な場所に送らなければ」


「じゃあ決まりだね。私の教団に来れば万事よろしい」


「それで良いよ」


「良いんですか?こんな坊主野郎どもの家来になれってんですか?」


カガミ中尉が驚いていた。


「そこでだ。君を助けたのだから、一つ条件がある。それを守ってくれるのなら、君の日本脱出を手助けしよう」


「神とママに誓うよ」


「僕たちに兵と物資をくれ」


「それをどうする?」


「日本を救うんだ。日本人の手で」


「大陸とアメリカとロシアと無国籍の狼藉者が入り乱れるこの日本を?日本人の手で?」


「ああ、そうだ。」


アルフレトは大笑いした。カガミ中尉は立ち上がり、小さく頷いた。


「協力しよう。これは面白そうだ。神も少しはジョークがお好きだろう」


「馬鹿な夢かもしれないが、この腐った世の中で命を懸けるには十分すぎる大風呂敷だ」


僕はロムルスの言葉を思い出していた。そして今までの記憶のすべてを。


「俺も手伝いますよ。こうでなくっちゃね。ただ殺すにも殺されるにも、意味がほしい」


我々は大陸製の不味いレーションを肴に、薄いスープ缶で乾杯した。


息遣い、心臓の鼓動、流れる汗、不味いレーションを消化する内蔵、殴られて痛む骨、すべてがこれまでに無いような強さで感じ取れた。


ロムルスの言う「生きる」とはこういうことなのかもしれない。


レムスを起こし、食事をさせた。レムスにこれからのことを話すと、大きく頷いた。


「ロムルスと約束したからね」


レムスの目は生気を取り戻していた。レムスはロムルスと要塞の生活と決別し、彼もまた生きようとしていた。


この腐った世界で。


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