売られた男 5話「左足」

イシハラさんの首がガクッと倒れた。


先程まで石塔のような太い首に支えられたその尊厳は、血飛沫とともに生まれたての赤ん坊のように不気味に柔らかくなった。


カガミ中尉は鼻歌を歌いながらナイフでイシハラさんの左腿を切り裂く。


「あった、あった。本当にあった」


カガミ中尉が切り裂いた大腿の肉を分けるように引き伸ばすと、金属製の筒が見えた。


満州製の葉巻くらいの大きさの筒だった。


「こんな物入れてて、痛くなかったんですかね」


「イシハラさんは、原爆症の末期患者だ。そんなものどうだって良いくらい苦しかったはずだ」


「痛みの中に隠すわけか。よくまあ考えたもんですね。根っからのサディストですよ。ファッショかな?」


「アカでも異常者でもアメ公主義でもスターリン主義でもポル・ポト主義でも、なんだって同じさ。これが本来の人間ってもんだよ」


「大佐は物知りですねえ。インテリゲンツィアってやつですねえ」


カガミ中尉はそう言いながら、例の筒をナイフでほじくり、イシハラさんの足から取り出した。






これは核兵器だ。


大戦中に世界にばらまかれた超小型原子爆弾。


シベリア共栄圏のあるイカれた科学者が作り出した史上最高の費用対効果を持つ兵器だ。


葉巻くらいの大きさで、町一つくらいは蒸発させることができる。


通称「シベリアのマッチ」


爆発後の死の灰ともかけている縁起の良い名を持つ最悪の兵器。


大戦末期に世界中で手榴弾感覚で使用され、数十年続いた大戦を終結に導いた・・・というか人間と人間の住める環境を破壊し尽くしたため有耶無耶に終わったというべきだろうか。


これを某国から送られた上層部の荒木中将あたりが考えたのが、今回の作戦だ。


この虎の子の兵器を敵主力本拠地のド真ん中で爆発させる事ができれば、魑魅魍魎が跋扈する日本の勢力図が大きく変わることにはなるであろう。この悪魔の兵器を有効利用するために、イシハラ少将と僕とカガミ中尉という生贄が必要だったというわけだ。


要塞内に潜入するための生贄がイシハラ少将、そして欲張りにももう一つの極めて不可能に近い作戦のために僕とカガミ中尉が生贄となる。


貴重な戦力も目先の利益のために平気で殺すのが、日本の「偉い人達」の伝統だ。そう、父が話していたのを思い出した。




僕は「シベリアのマッチ」を手に取った。


イシハラさんの血と脂でベトベトしているが、妙にひんやりしている。


こんな物で、自分たちも含め、この要塞ごと吹っ飛ばせるのだろうか?


もしかしたら、これが偽物で、僕達上層部の邪魔者の体の良い粛清のためだけの作戦かもしれない。立案者があのケチの荒木中将なら、あながちありえない話でもない。この金属製の筒だけで、不満分子である僕達を粛清するだけでなく、崇高な理想のための殉教者-軍神としてまた新たな無益な死を産むプロパガンダに利用されるなんてことだったら、さすがにたまったものじゃないな。


「こんなものがねえ。やっぱり、大戦中ってのはイカれてたんですねえ」


カガミ中尉がナイフの脂を拭き取りながら言った。


「欧州の激戦区なんかでは、中隊に一つは持っていたとか聞いたけど。まあ嘘だろうけどさ」


「アメリカの内戦じゃあ、これを鳩につけて敵の町ふっ飛ばしてたってのも嘘ですかね?」


「まあ、これを使ってみないことには何とも言えないな」

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