売られた男 6話「イシハラ少将」

カガミ中尉はイシハラ少将の骸を見て、何も感じなかった。


ゲリラ戦の統率者としては尊敬していたが、結局は昔気質の融通がきかない老人としか思っていなかった。


兵卒の中では少将を父親として慕うものが多かったが、そんな若者に自爆攻撃を命じて戦局を打開するような冷酷さを持っていた。彼は涙を流しながら若者たちに爆弾を抱かせた。若者たちは、国家や民族や、そんなものを背負わせれ、父への最後の奉公と敵のど真ん中へ走り出していった。


少将の兵たちは皆この姿を見て涙した。誰もが喜んで死んだ。少将の率いる隊は、孤児がとても多かった。彼は戦場で拾ったり、人買いの商隊を襲って奪い取った子どもたちを兵として自らの子として育て、それを爆弾にした。






カガミ中尉は、自爆攻撃させられる兵たちがその中でも虚弱や知能の低い者を取り分け選んでいるのがすぐにわかった。


優秀な若者は、中央に送り込んでいた。彼らには自爆攻撃はおろか、前線に立たせることすらなかった。少将は、将校養成の任務も当てられており、自ら選んだ優秀で『自分のことを慕っている』若者を選んでは中央に送っていた。自らの利用価値の顕示と、上層部への威嚇でもあった。






イシハラさんが少将止まりなのは、大戦末期に大陸軍との戦いで捕虜になっていたからだ。ここで拷問を受け、重要な情報を漏らしたという疑惑があった。


イシハラさんは滅多に素肌を見せなかったが、噂では背中に酷い火傷の痕が広範囲に渡ってあるという。


イシハラさんが大戦末期の混乱を利用して、東北にあった強制収容所から脱出して軍に復帰した時から常に裏切り者として見られていた。彼は否定も肯定もしなかった。


大戦末期の我軍の司令部は、スパイによる細菌兵器により殆どが死ぬか精神異常となりまともな状態ではなかった。その混乱期に帰ってきたイシハラさんは権力闘争中の「現在の上層部とその父親たち」にとって邪魔者でしかなかった。


だがゲリラ戦では日本国中探してもイシハラさんの右に出るものはいなかった。上層部にとって危険だが使い道があるイシハラさんは、少将に留められる形を受け入れることで生きながらえることが出来た。


上層部の苛烈な権力闘争により、当時の佐官級以上の九割が処刑か暗殺されるという惨事から、イシハラさんは生き残ったのだ。






大戦後、全てが破壊し尽され、秩序が崩壊した最中、真日本帝国軍は生まれた。


我軍は、第三次世界大戦の反省から生まれた「防衛軍」の山陰方面軍であったらしい。大陸からの亡命者や、大陸内戦から逃れるかたちで日本に進出してくる大陸軍を掃討する任務に当たっていた。


第四次世界大戦後、本当の無秩序が訪れた時、我々は核の炎と細菌兵器から逃れた数少ない日本の正規軍であった。生命線である人工パンや人工肉製造機を無数に保有していた。


我々は日本と日本人を守るためにその武力を使うことはなかった。すべては軍内部の権力闘争に利用された。無数にあった亡命大陸政府、アメリカ軍、ロシア人などに国土を蹂躙され、貴重な兵や武器の数多くを失いながらも、我々の軍は内部抗争に終始していた。


気づいた時には、すでに守るべき日本はなかった。核汚染されながらも、山が多く海に守られた日本の国土は、亡命大陸政府や外国人達にとって不沈空母であり鉄壁の要塞であった。そこには数千万の日本人という奴隷がいた。




カガミ中尉が生まれたのは第四次世界大戦末期であった。カガミ中尉は自分は日本人であるという自覚はなかった。ただ彼は「生物兵器」として存在した。過酷な訓練や戦いの中で自らの価値を見せつけることでしか、彼の存在意義はなく、その日の食事にもありつけなかった。


カガミ中尉は、第三次世界大戦から続く生物兵器育成のために設立された防衛軍内部の秘密施設「愛国学校」で育った。


第三次世界大戦中はサイボーグ化や薬物による強化といった生物実験も行われていたという。カガミ中尉の生まれた頃にはそのような設備や技術は残されておらず、徹底した非生産的な精神論による「教育」だけが残されていた。




多くの同胞は死んだ。我々の生存は、愛国学校に配備された人工パン製造機の生産能力に運命つけられていた。


軍の保有する人工パン製造機の生産能力により、少年兵の数は整理された。


敵から人工食製造機を奪えば増え、人工食製造機が破壊されたり故障すれば自殺的訓練や自爆攻撃や無謀な作戦が実施された。


我々はまさに兵器であった。食糧生産能力と保有する武器と上層部の権力闘争の中で打ち出された数字により、生かされも殺されもした。


だがそれしか生きる術はないし、他に何をしたらよいか教わってもいなかった。


そんな生物兵器でしかなかったカガミ中尉は、リンケイ大佐の存在によって少しずつ変わることが出来た。


カガミ中尉は、リンケイ大佐を愛していた。心の底から。

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