第3話 この業界、白と黒しかあらへん!

 スキンヘッドの僧侶には、読経を十分ほど巻いてくれと頼んだ。もとより経文は有り難そうな部分だけをはしょっている。

 それをさらに縮めろといきなり言われて、焦った僧は、木魚がエイトビートになったり裏打ちになったりで、一同の肩がノリノリに上下する異様な葬式となってしまった。焼香の段になって端から参列者が立ち上がり始めたときなど、ウェーブに見えたくらいだ。おかげで眠りこける者は誰もいなかった。

 納棺は全員いっぺんに釘を打ち、残ったぶんは花田がすべて指で押し込んだ。これで都合三十分は稼げたはずである。

「なんや、せかした葬儀でんなあ」

「ホトケさんの成仏スピードも、三割増しでっせ」

 すかさず言いつくろう花田に、イヤホンをつけたシンスケが耳打ちした。

「タカムナの葬儀も、まもなく出棺だそうでっせ」

「ほうか、やっぱ早いな」

 タカムナ葬祭は、葬儀の開始を一時間も早めたとのことだった。

「こっちも急かさんとな」

 ストレッチャーで運ぶ最中、不意に棺桶ががたりと動いた。

「いいいい、いまホトケさん動きましまへんでしたか」

 ただの死後硬直だ。こういうことは、まれによくある。

 花田は構わず棺桶を霊柩車に詰め込み、ベルトで固定した。

「アニキ、まだ生きとるんちゃいまっか。棺桶のフタ開けて確認した方がいいんちゃいまっか」

 そんなことをすれば大きな時間ロスだ。両腕が持ち上がっている様子を見れば、遺族だって医者を呼びかねない。

「じゃかあしいわ!」

 花田は、シンスケのネクタイを締め上げる。

「あの鯨幕を見てみいや。葬儀の世界はなあ、白と黒しかあらへんのや。仮にグレーやとしても黒や。それが鉄の掟や。生きとるのか死んどるのかわからんかったら、死人と同じやでっ」

「へ、へい!」

 シンスケは目が覚めたのか、腰を九十度に曲げて頭を下げた。

「勉強させてもらいやした!」

 上げた顔には、場違いなほどの満面の笑みが浮かんでいる。

――こいつ、ほんにええ気構えしとるわ。

 自分の手で絶対に男にしてやると、花田は決意を新たにしたのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る