【短編】仁義一発! レイキュウ仮面

モン・サン=ミシェル三太夫

第1話 驚異の装甲霊柩車!

 ヤクザ稼業から足を洗って、花田は地元の葬儀屋に転職した。


「花田はん、よう来てくれはった」

 シルクのハンケチを押し当てて、ちょびヒゲの男がむせび泣いている。

 パンチパーマの似あう彼こそ、この街でも一、二を争う葬儀屋「駕龍」の社長だった。渡世名を「バンシー高峯」とも言い、その哀愁ただよう泣きっぷりで法人顧客にすこぶる受けが良い。

「カタギになったからにゃあ、粉骨砕身でシノギに励みまっさ。よろしゅうご指導のほど申し上げま」

 腰から直角に頭を下げている花田は、先月までミジンコ組の若頭補佐だった。小さな組とはいえ、本部直参のみならず最高幹部の一人でもあったわけだ。

 それが組長の機嫌を損ねて絶縁の身となった。破門と絶縁は、ヤクザの世界では「業界追放」と同義である。とりわけ後者は永久追放の意味合いが強い。

「まあまあ、焼いて砕くのはホトケさんの骨で十分ですよって、そないシャチホコばらんでええがな。こうして仕事を案内できて、嬉しいかぎりだす」

 その昔、人の良いこの社長がピンのチンピラに生花やら棺桶やらをボッタクリ希望価格で買わされていたのを花田がぶちのめし、まっとうな業者を紹介して以来の友誼である。今般失業した花田のため「ひと肌でも、ふた肌でも脱ぎまくりまっせ」と、ヘビだかカニだかタマネギみたいなことを言って役員待遇の就職を斡旋してくれた。


 早朝ミーティングで顔合わせを済ませると、社長はさっそく敷地の一等奥にあるオイルくさい倉庫に花田をつれていった。

「あんさんなら乗りこなせると思って、とっておきのをレストアしたんだすわ」

 薄暗い庫内に工事用ライトで照らし出されていたのは、ブルーシートに覆われた大きな「何か」だ。

 花田が訊ねるより早く、社長はパキーンと気取って指を鳴らす。それを合図に、天井クレーンがシートを引き上げた。

 見えたのは黒塗りの大型車だ。これでもかと言うくらい突きだしたボンネットと、ぬめりさえ感じる黒光りしたボディ。

「こりゃあリンカーン。……リンカーン・コンチネンタルやないかっ」

 米国では今でもトップクラスの高級車だ。バブル崩壊後、フォードの販売店が日本から逃げ出すまでは、ヤクザの車といえばリンカーンが最上級であった。

「あんさんが若中だったときに、前の組長はん乗せて運転しとったのと、そっくり同じ車だすわ」

 そう、ミジンコ組二代目の車を運転していたのが、下っ端時代の花田だった。それがドイツ車好きの当代に代わったときに廃車となり、どこぞの業者に引き取られた。

「てっきりスクラップになったとばかり思っとったが」

 胃液よりも熱いものが花田のノド元までせりあがり、彼はそれ以上の言葉を継げなくなった。この車は、いわば彼の青春時代の相棒だったのだ。


 先代の組長はいわゆる「イケイケドンドン」で、つぶした組は数知れず、日課のように命を狙われていた。それを守り抜くため花田は車を改造しまくり、窓という窓はトカレフのスチールジャケット弾にも耐えられる防弾ガラスに交換。扉には強化パネルを追加した。タイヤは銃弾が貫通しても百キロは走れるであろうランフラットタイヤだ。

「懐かしいモノ拝ませてもらいましたわ。けんど、この車をなんでワシに?」

 たかだか葬儀屋の社長の送迎に、ここまでのスペックは必要ない。というか、社長の自宅は敷地内だ。

「まあまあ、続きがあるねん」

 さすが葬儀屋、いつでも演出を忘れない。指をまた鳴らすと、シートがさらにめくれて、残りが全て取り払われた。

 リンカーンには、さらに強烈なオプション装備がほどこされていたのである。


 そう、これはただのリンカーンではない。日本の誇る「宮型霊柩車」だった。

 後ろをぶった切ったリンカーンに日光東照宮の陽明門だか平等院鳳凰堂あたりを思わせる破風のついた屋根を背負わせた、いわば「走行する芸術作品」である。

 銅を張った屋根以外、宮部はまっ白だ。材質は国産のヒノキ、それも木曽ヒノキで、漆もニスも金箔も塗らない清々しいまでの白ムクだ。

「関東じゃあ黒塗り金ぴかが当たり前らしいでんが、こっちのがシンプルでええでっしゃろ」

 黒よりも、実は白いほうが贅沢品である。ウルシ塗りや黒檀の霊柩車はメンテナンス・フリーだが、白木車は一年とたたずに日に焼けて色が変わる。職人がしょっちゅう削り直すぶん、維持費がかさむというわけだ。

「どうでっか? 花田はんが霊柩車の運転手なりたい言わはるから、急ぎ慌てて改造したんだす」

 元ヤクザである花田の屈強な背中が、震えていた。本当にこの社長は泣かせ上手である。

「お、おおきに」

 花田は社長の手をとった。

「ガキんときからワシゃこの霊柩車の運転にあこがれてましてぇなあ」

 特殊車両というのは、総じて男のロマンである。しかし霊柩車だけが「見るのも縁起が悪い」という文化風習から、愛好の芽が摘まれ続けてきた。消防車両のようなイベントも乏しく、めったに乗れなかったのである。

「たっぷり運転しておくれやす。花田はん二種免も持ってるゆうから、安心して遺族も棺桶と一緒に乗せられまっさかい、うちも営業力あがりまっせ」

 これまで駕龍社は、霊柩車の運転をすべて馴染みのタクシー屋に任せていた。

 しかし最近、タカムナ葬祭とかいう新参がかなりえげつない営業をかけまくり、タクシー会社に圧力をかけるわ、顧客をどんどん奪うわ、やりたい放題なのだそうだ。

「今じゃホトケさんの奪いあいだすわ。ケガしたら救急車より先に霊柩車が来たちゅう外国の話を、ウチら笑えへんようになりましたがな。仁義もクソおありゃしまへんがな」

「たといクソでも、錦で包めば立派な渡世だす。任せておくれや、この車で、命にかえてトップとったるさかい」

「頼もしいなあ。ちょいと背中が重いよってに、注意したってな」

 どちらかと言えば、運転手の両肩が不気味に重くなりそうな車両ではある。

「おお、きばったるで。せやけど絶縁された人間が、ミジンコ組のシマ内でうろつくのもカッコがわりぃ。顔を隠してぇとこだすが、やっぱ運転手がサングラスや目出し帽はマズいだっか」

「出棺は葬儀のハイライトですさかい、そりゃむつかしいでんな」

 駕龍のドレスコードでは、運転手は白シャツ白手袋を義務づけられている。

「こんなの、どないでっか」

 不意に幽鬼のような若者が倉庫の奥から現れた。片手に油紙の包みを持っている。

「ああ、さっきクレーンを操作しとったシンスケいう見習いのガキだす。いろいろと器用なやっちゃですわ」

 彼の青白い顔の真ん中は、盆地のようにヘコでいた。アゴも突き出しているせいで、ライトに照らし出された横顔が三日月のようだ。

「シンスケか。わしゃ花田や、よろしく頼むわ」

「へい、こちらこそ宜しくお願いしま。花田のアニキの噂はよく聞いとるけ、昨日は興奮して眠れなかったんや」

 ええからええからと社長は手をふって青年の興奮をいなした。

「シンスケ、そりゃあれか」

 花田が包みを開けてみると、入っていたのはプラスチック製の面である。夏祭りで売っているものより作りが重厚で、しかも手塗りであった。

 目の下の隈取りといい頭部の朱塗りといい、リアルなオッサン顔であることを除けば京劇に使う面のようでもある。

「なんでっかい、このカッコイイのは」

 試しにかぶってみる花田。

「先代社長のデスマスクに、うちの五歳のガキが落書きしたもんだす」

 ぶっ。

「死体と間接チュウやんけ」

 花田はあわてて面をはぎとった。

「デスマスク言うたって、直に型とったもんとちゃいまっせ。顔にかぶせたもんに、さらに石膏流して本型つくりまんのんや」

 それを原型にして、さらに熱した樹脂をかぶせて、かぶりやすい面を成形したわけだ。

「さんざ迂回しとるきに、言うなればキッス・ロンダリングでんな」

「ほうか、そんなら問題ないんかのう」

「おう、被った感じがよう雰囲気似とるわ。先代の社長が生き返ったみたいやわ」

 なむなむと両手を合わせて社長は拝みはじめた。

 死んだ社長の魂が近寄ってくるような気がして、我知らず花田はあたりを見回した。

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