第50話 集結する『覇気使い』。

 イギリスに向かう途中、忍は薬局へ寄っていた。理由は自身の怪我を治療する事と『地獄』へ行く為の準備もしていた。

 そして近くにあった公衆トイレへ入り、鏡で確認しながら傷ついた顔に絆創膏を貼り付ける。


「…久し振りに怪我をしたな。俺を傷つけられるのは輝と品川だけだと五年前は思ってたのにな…アイツ等と旅をした事で何か変われたのか?」


 忍は呆れた表情を浮かべながら、五年前なら予想も付かなかった事を愚痴り鼻で笑い、仕方ないなと思っていた。

 治療が終わると忍は公衆トイレから『ダークネスホール』を展開させ修二が待つ、イギリスへと向かった。

 宮殿前で現れ、再び『ダークネスホール』を耳元に展開させ何か聞いていた。


「『地獄門』について何処まで知ってるんだい?」


「…なんかヤバイ場所っていうは分かります。」


 それはイギリス女王と修二の『地獄』について詳しく話す会話だった。


「…それなら『地獄』へ潜った時、『大地獄』に落ちない事だね。あそこには神崎忍でも戦うのは嫌と言った奴がいるからね。」


(成る程、アイツは今『大地獄』にいるのか。これは好都合だ。)


 忍は会話を盗み聞き、例の人物が『大地獄』にいる事を快く思っていた。そうと決まればと次の行動に移す。


「ソイツの話をしても俺が阻止する。アイツは自ら『大地獄』に行ったんだ。アイツに関わってやるな。」


 状況を理解した忍はイギリス女王と修二の会話に乱入していた。口だけを闇の中へ入れて。


「組長から、ちゃんと許可は取ったのかい?」


「あぁ。結構、渋られたがアイツに関与しなければ問題ないらしい。」


「そうかい……それじゃあ品川修二さん、ここらでお別れです。ご武運を祈っております。」


 修二と女王は別れの挨拶を交わし、ゆっくりと深く会釈し静かにと退室した。

 忍は終わった事を確認し、一安心で『ダークネスホール』を閉じた。


「悪い待ったか?」


 宮殿から右手をポケットに突っ込みながら忍に呑気よく挨拶する修二。


「いや、いい暇潰しになった。」


 忍は澄ました表情で近くにあった木を背中で凭れ、腕組みしながら修二を待っていた。


「ひっでぇ面だな! 階段で転んだのか?!」


 普段から傷ついた忍を見る事ができないので、ここぞとばかりに修二は右指を差し、左手で腹を抱えて激しく笑っていた。


「今のうち笑っておけ。この後の事を体験したら笑うのができなくなるぞ。」


 忍も仕返しで鼻で笑い、『地獄』の事を熟知しているので修二が苦しむ姿を想像し楽しんでいた。


「言ったな! よし、賭けようじゃねぇか。俺が根を上げたら、お前の言うこと一つだけ聞いてやるよ。」


「なら、お前が無事に『地獄』から生還すれば俺のコレクションの中から高価な物を選ばしてやる。全て数百万する物ばっかだぞ。」


「覚えておけよ、絶対に顔が青ざめるぐらいの高価な物を選んでやるからな!」


「できんのか~?」


「やってやるぜ!」


 そんな何気ない談笑を繰り返し、お互いの距離は無意識に近くになっていた。

 今なら最高最善の戦いを繰り広げられる雰囲気だった。が、二人の目的は喧嘩を売ってきた『魔導使い』や『悪魔』に後悔させる為だった。


「それじゃあ行くか…。」


 『地獄』へ向かおうとした矢先に、忍は思い出したかの様に立ち止まり修二と向き合った。

 修二は何か忘れたのかとキョトンとした呆然な表情でいた。


「一時的とは言え、協力する関係だ。家系の掟として仲間になる際に景品を贈呈しなければならないから――これをやろう…。」


 忍は『ダークネスホール』から何かを取り出し、修二に握り手渡した。

 修二は手渡された右手をゆっくりと開き確認すると…サングラスだった。


「こ、これは…?」


 忍から手渡した物が案外想定外の物だったので、修二は困惑し唖然とするしかなかった。


「いらないなら捨てても構わない。」


 そして何事も無かった様に忍はそそくさと先に歩き、胸ポケットに引っ掛けているサングラスに手を掛け、テンプルを開き、格好よく身に付けた。


 修二は暫く頭を抱えたが、考えても仕方ないと思い、羞恥心を捨て忍の真似をしながらサングラスを身に付けた。

 二人のスーツ姿で風貌を簡単に現せば…正しく海外マフィアだった。

 だが、そんな事は気にせず二人は『ダークネスホール』の中へと消えた。



 そして着々と二人が物事を進めている間にも動いている者はいた。


「なんだか日本に帰って来るのが久し振りに感じるね。」


「はい。ですが忍様と一緒に帰国したかったです…品川修二め…。」


 関西空港で早めに帰国した輝と雅がいた。輝は体を伸ばしリラックスした様子で、雅は修二に恨み言を呟きながら忍の事を考えていた。

 飛行機に同乗していた桐崎は途中でパラシュートを背負い、何処かの国へとスカイダイビングで不法入国していた。


「さてと事務所の様子を見ないといけないし…僕達も強くならないと。」


 リラックスし終わった輝は、真剣な目付きで今後の目標を立てていた。


「…久し振りに修練場で鍛えますか? 勿論、本気の柏木さんが見れますよ。」


「その前に彼等が納得するかどうかだね。」


 久々に鍛えられて強くなる事に歓喜していた雅だった。が、輝達の目前にゆっくりと近づく人物がいたのだ。


「輝さん、なんか面白そうな話を聞いて来ましたよ。」


 それは今にも戦いに、首を突っ込もうとしていた吹雪と南雲の二人だった。


「君達が相手するほどじゃないよ。何時も通りの普通な戦い…だよ。」


 輝がすっとぼけた様子で二人の間を通ろうとした。が、遮る様に吹雪が静止させた。


「じゃあ品川は何処ですか? まさか見殺しにした訳じゃないでしょ? それに南雲の話だと戦争までしでかそうとしてる兵器まで使って移動する方がおかしくないですか?」


 どうやら吹雪は南雲の話で何かしら異変に気づき、輝から真実を聞こうと行動に出たのだ。

 だが、輝に対し害を与えようと感じたのか、殺気剥き出している雅が、南雲の首筋へ容赦なくクナイを突き付けていた。


「…ただの会話だけで殺気を放つのかよ?」


 雅の行動に対し吹雪は助けようと両手から冷気を出していた。


「雅、君の悪い所が出てるよ。」


 輝の言葉に従い、雅は南雲からクナイを離し袖口に隠した。


「輝さんの表情が見た事がなかったので、空港から帰って来るまで張ってました。事務所は暫く休みにしてきました。」


「…今回は相手が悪い。今までの喧嘩ごっこで生きて帰れる保証もないから巻き込みたくないな。」


 南雲の独断による行動は不問にはされた。が、二人が自分に会いに来た理由が分かり断っていた。


「ふざけんな。今まで命の危険なんて無い事なんかなかっただろ? 今更、そんな事あるか。」


 吹雪の口調が荒々しくなり、輝に怒号で責める。


「それは今まで君達が弱いから手加減されていた話だ。そんな事で偉そうに言われても説得力ないよ?」


 正しく正論であり、吹雪に反論する余地はなかった。


「だったら強くなるまでだ。どんだけ辛かろうが、神崎忍並みに強くなればアイツの助けになんだよ。もう足手まといはゴメンだ。」


 学生時代で脳筋な修二の考えで吹雪は答えた。


「…どうします? ここで始末して、目撃者の記憶を消して穏便に済ませるのは?」


「…親友や家族を悲しませる結果になるけど、僕達は死ぬ覚悟で強くなるつもりだよ。君達は遺言とかは残さなくて大丈夫かな?」


 雅からの危険な提案と吹雪達を巻き込む葛藤が、脳内で駆け巡り、心の気分が悪くなるほどグチャグチャになる気分だった。

 そして自分がどう進むべきか、吹雪達の覚悟を聞いて答えを決めようとしていた。


「まだ、この年で死ぬ訳じゃねぇけど生命保険は二人共書いて来ました。」


 吹雪と南雲は覚悟の形として親族に保険金が下りる様にして輝へ会いに来ていた。その証拠として生命保険の書類を取り出し、その内容に必要事項と印鑑と名前をキッチリと書いていた。


「雅、柏木さんに迎いをお願いしてください。久し振りに修練場で鍛えます。それと客人二人の部屋の用意もお願いします。」


「…甘いですね。ですが当主としての命令ならば従います。」


 雅は公衆電話を探しに三人から離れた。


「悪いけど、今回ばかりは僕達からの助けを望まない方がいい。僕でも五体満足で生きて帰れるか分からない戦いになるからね。」


「上等!」


 吹雪と南雲は任せろというガッツポーズで同時に大きく発言した。


「…品川は良い仲間を持ったね。」


 二人の友情と行動を見た輝はポツリと修二が羨ましいと少し思い呟いた。


「さあ、行こう。本気になった柏木さんは鬼の様に強いよ。」


「あ、俺絶対死んだわ。」


 輝から聞かされた指導係に吹雪は青ざめた表情で、『魔導使い』と戦う前に過労死する未来が見えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る