第32話 リーゼントの決断。

 十一月二十日、忍との戦いから一週間が過ぎ、包帯だらけの修二はゆっくりと目を覚ました。

 目の前に映ったのは青空ではなく、白く無機質な病院の天井だった。


「おはよう、一週間も寝てたから心配したよ」


 隣から声が耳に入り、その正体を確かめる為に体は動かないので首だけを向ける。

 そこには椅子に座り、ティーカップで熱そうな紅茶を飲んで微笑んでいる輝だった。


「……輝さん……俺……」


「おめでとう。確かに君が勝って『覇気使い最強』になったよ」


 輝は淡々と修二が勝った事に祝賀を贈っていた。が、当の本人はあまり嬉しい表情より悔しい表情になっていた。


「忍は?」


 修二は不服そうに輝から忍の居場所を聞き出そうとしていた。


「聞いてどうするの?」


 輝は笑顔を絶やす事はなく冷静に対応していた。


「“本気”で戦う気があったのか聞く」


「――何処から“本気”じゃないと感じたの?」


 輝は修二の言葉から出た本気について何かを察したのか改めて聞いた。


「悔しいけどよ、アイツが本気だったら俺は負けてた。本気なら物理攻撃ばっかしてた時にすり抜けていたら負ける事はなかった。そうでしょ?」


 修二の問いに輝は難しい顔を浮かべた。が、何かを決心したのか真剣な表情で修二と向き合う。


「……じゃあ君だけにネタバラシするよ? これを聞いて今の状態で、リベンジするって言い出したら足の骨を折るけどいい?」


 どうにも冗談とは思えない、輝の言葉に修二は黙って頷いた。


「……確かに兄さんは本気じゃなかった。奥の手は『ダークマター』でも『闇帝やみみかどつばさ』じゃないよ。兄さんの切り札は……ちょっと待っててね」


 輝は持っているティーカップを近くにあったテーブルに置き、病室のドアまで近づき開く。

 そこから雪崩のように人が入り込んだ。


「おい、重いって!」


「吹雪くんが前に出るからだよ!」


「そうだそうだ!」


「内藤、テメェ! どさくさに紛れて肘入れるんじゃねぇ!」


 下から吹雪、相川、内藤の三人がドア越しで輝の話を盗み聞きしていたようだった。


「吹雪! お前、死んだんじゃ!」


「死んでねぇよ! 勝手に殺すな!」


 修二の勘違い発言に、吹雪は元気な様子で、いつもの様にツッコム。


「悪いけど、ここから先の話は聞かないで欲しいんだけどな?」


 そんな和やかな漫談の最中に輝は、吹雪たちの行動に不服そうな表情で注意する。


「……輝さん、俺知ってるんだぜ? あの神崎忍が『もう一つの覇気』を持っている事に」


 吹雪の発言に、そんなの聞いてないとばかりに相川と内藤は驚いていた。


「……へぇ、だから俺たちにも聞かせろって? 『もう一つの覇気』の正体について?」


「そこまで言わねぇよ。ちょっとだけ……」


「吹雪。悪いけどよ今日は帰ってくれ、これは輝さんとの約束なんだ」


 しつこく食い下がる吹雪に対し、真剣な表情で修二は少し強く言った。


「――分かったよ。ったくよ…まあ元気で良かったぜ、俺も無事だからよ気にすんな」


 ニッコリと笑いながら吹雪は言い残し、相川と内藤を連れ病室から退室する。


「いい仲間を持ったね」


「……はい」


 輝はゆっくりと椅子に座り、修二と向き合う。


「それじゃあ改めて……兄さんの切り札、『もう一つの覇気』は兄さん曰く“強すぎて使えない”の代物なんだ。これが本気で戦わなかったのが一つと、もう一つは君を認めて闇のみで戦いたかったからだね」


「闇のみ……」


 修二は難しそうな表情で輝の話を聞いていた。


「『闇の覇気』は兄さんとって初めての力で、自分自身の力だから、最後まで君とプライドを持って勝負をしたかったと思う。現場に行ったら鼻血を流しながら満面な笑みで伸びてたよ。さて、これからなんだけど、『覇気の限界突破』のデメリットは……」


「『覇気』が消滅する。俺はもう『覇気使い』じゃなくなった事ですよね?」


 輝が答えを言う前に、修二は分かっていた様子で答えた。


「そう言う事。僕が見せた状態はデモンストレーションで本当に使っていないんだ。けど黄金から虹に変わったのは初めてだよ、凄いね」


「あの時、少しだけ諦めてたんですよ。忍に勝てねぇと思って力が抜けて……楽になろうとしてたら吹雪がアイツが背中を押してくれて……それで諦めたくねぇなって思って……」


 修二は表情をしんみりとさせ、吹雪に感謝していた。


「……思いの力って凄いね。どんな窮地でも抜け出せるパワーになるから……それでね、君に提案があるんだけど乗る気ある?」


「?」


「実はね、もう一度だけ『覇気使い』に戻れる方法を知っているんだ。別に無理しなくても普通の生活に戻れるよ。『覇気使い』じゃない生活も楽しみは一杯あるからね……」


「……輝さん、また明日来てください。その時、答えを出したいと思います」


 澄んだ瞳で修二は輝に頼む。


「分かった。それじゃあ、また明日」


 輝は微笑み、別れの挨拶をして病室から退室した。

 そして修二は天井と睨めっこしながら『覇気使い』に戻るか“普通の人間”として戻るべきか、どちらを選択するべきか悩んでいた。


(ドラクエで花嫁選ぶ時と一緒だよな……幼馴染みか、令嬢とどっちを選ぶかだったよな。結局はセーブデータ二つ作って片方選んで片方選んだな……意味ねぇな、この考え方)


 何故、人生の選択肢をゲームで例える。馬鹿みたいな考えに陥り、数秒後には自己解決してしまった。

 その後、数分は考えた物の良い考えは浮かばなかった。

 そんな修二が悩んでいる中で病室に誰かが入室した。


「おい、見舞いに来てやったぞ。馬鹿弟子よ」


「げっ! 元暴力師匠」


 そこに現れたのは修二の天敵でもある不機嫌な桐崎だった。


「あぁ? テメェ、感謝の気持ちは無しか?」


「感謝されたかったら感謝される行動をしろよ……」


「知らん、そんなのは俺の自由だ」


 桐崎は丸椅子に座り、足を上げ、修二の腹に足を乗せる。


「それだよ! その行動をするから嫌いなんだよ!」


「……それよりどっちなんだ?」


 桐崎は修二の怒号を無視し、輝との話を聞いていたかの様に問い掛ける。


「……少し迷ってる。『覇気使い』に戻るべきか、“普通の人間”として生活を送るのか…アンタならどっちにする?」


「……俺はお前のオカンじゃない、それに師匠でもない、それはテメェが決めろ。後押しも一切ない、もう高校一年生だ。助言はなし、大人に甘えるな」


「……だよな。人に頼るのは間違いだよな」


 修二は桐崎に突き放されたのか少し表情が寂しげだった。

 そんな修二を見て桐崎は頬をボリボリと掻いた。


「お前、輝を師匠に決めたのは俺より優れていたから輝に決めたんだろ? 良いんだよ、それで。俺に気を使う必要もないし、自分のやりたい事をやれば良い。誰がどう生きろって、神気取りの馬鹿の言う事も聞かなくて良い。けどな約束はある」


 桐崎は足を腹から退かし、ちゃんと座り、修二と真剣に向き合う。


「自由に生きて良いが、ケツだけは自分で拭け。約束は絶対に守れ、その二つだけだ。後は勝手にしろ、それだけだ」


 桐崎は丸椅子から立ち上がり、数秒で修二の面会を終わらせて帰ろうとした。


「待ってくれよ……師匠」


 桐崎はピクリと立ち止まり、修二に振り向く。


「ありがとう。ちょっとは見直した」


 修二は感謝の気持ちを伝え、桐崎はニヒルに笑みをこぼし病室から退室した。

 一人になった修二は覚悟したという真剣な表情で眠りにつく。


 そして翌日、輝は答えを聞きに修二の病室に立ち寄っていた。


「答えは決まったのかな?」


 輝は見舞品のフルーツバスケットを片手に丸椅子に座り、フルーツナイフでリンゴを切り、皮を剥きながら修二の答えを聞いた。


「決めました。俺―――『覇気使い』に戻ります!」


 それが修二の決意だった。輝は修二の答えに微笑みを溢し、皮で兎を作ったリンゴを皿に盛り付け修二に渡す。


「良いんだね? 『覇気使い』に戻る事で……」


 輝はしつこく修二の決意に嘘はないのか確かめた。


「えぇ、そう決めました!」


 以前と変わらず修二は真っ直ぐな目で輝に答えた。


「仕方ないな。君がそう決めたなら、僕はやるしかないからね。ほら、兎さんだよ」


「後、お願いしたい事があります」


「?」


 輝は修二の願いを怪訝そうな表情で聞いた。



 そして年月は流れ三月十五日、卒業シーズンとなっていた。

 海道高校とは違う、海道学園の卒業式があった。


 そこに忍と輝と雅が卒業証書を手にしながら校舎から出てきた。忍と輝が歩くだけで学園にいる女子達は歓喜の声を上げる。が、そんな女子達を快く思っていない雅は睨み、誰も近づけないようにさせていた。


「なんだか、いざ卒業ってなったら、少し学校と別れるのが寂しいね」


「……」


 輝は卒業の感傷に浸っていたが、忍は無視をして校門前に停車しているリムジンに向かって歩く。

 だが、忍の進行を遮るように一人の男が現れ立ち止まった。


「よう、忍」


 それは一ヶ月前に退院した学ランを着た修二だった。雅は何時でも修二を倒せるよう身構える。


「何の用だ? 『覇気使い最強』はお前の物だ。そこを退いてくれ俺は忙しいんだ」


 そう冷たく遠ざけ忍は無理に通ろうとする。が、修二は忍の肩を掴み、懐から何かを取り出し、目の前で突き出す。

 それは平仮名で『はたしじょう』と書かれた手紙だった。


「別に読まなくてもいい。俺が勝手にする事だ。アンタが気が向いたら連絡くれ」


 忍が渋々と手紙を受け取る。修二は手を肩から離し、海道学園から出て行く。

 忍は黙々と手紙を見ていた。そして中身が気になったのか綺麗に開けて内容を見る。

 手紙を内容を見て、忍から笑いが溢れ、手紙が破れないように元通りにし、懐に仕舞う。


「どうしました忍様?」


 怪訝そうな表情で忍を心配する雅。そんな様子を輝は遠くから見て微笑んでいた。


「……全く、どいつもこいつも馬鹿ばっかだ。いいだろう、品川修二。この約束は必ず守ってやる」


 忍は胸ポケットからサングラスを取り出し、掛け、リムジンに乗り込む。それに続き輝も乗り込む、そして最後に雅が助手席に座る。


「なんて書いてあったの兄さん?」


 何もかも知っている輝は忍に茶目っ気で悪戯っぽく聞いてみた。


「他愛のない、ただの男同士の約束だ」


 窓から外の景色を見つめ忍は思い出す。手紙に書かれていた内容を……


『五年後、白黒つけよう海道のおかで。品川修二より』


 丘という漢字が分からなかった修二は平仮名で書き、忍と五年後の再戦を申し込んでいた。

 忍はニヒルに笑い、椅子にもたれ眠る。

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