第22話 喧嘩の流儀。

 十月二十日の夕方、ログハウスの中で神妙な面持ちで柏木は机に黒いアタッシュケースを置き、開く。

 柏木がアタッシュケースから取り出したのは、新品の二つの学ランだった。

 学ランの背中には龍の刺繍と虎の刺繍が入っていた。


「これは私からのプレゼントです。二人とも…これを着て喧嘩に勝ってきてください。」


 吹雪は龍の刺繍が入った学ランを手に取り、修二は虎の刺繍が入った学ランを手に取った。

 そして勢いよく二人は学ランを羽織る。


「…なんか気合い入るよな。」


「あぁ、なんかパワーが与えられてるような感じだな。」


 二人は貰った個人的にカッコいい学ランに、ワイワイと大喜びしていた。

 大喜びしている間に柏木は二つの割り箸を二人に向ける。


「どれか一つを選んでください。これで貴方たちの対戦相手が決まり、決着が決まります。」


 二人は感動の喜びを抑え、真剣な表情で割り箸を見る。そして修二は左側の割り箸を掴み、吹雪は右側の割り箸を掴み、一緒に引き抜く。

 修二のは紫色のテープが巻かれた割り箸。

 吹雪のは黄色のテープが巻かれた割り箸。


「…これで決まりましたね。品川くんが雅です。吹雪くんが南雲くんです。それでは、この四ヶ月で学んだ事を生かし、貴方たちの成長を見守らせていただきます。ずっと昔から、しつこく言ってますが期待しています。ご武運を!」


 柏木は最後の教訓として二人に激励の言葉を送る。そして綺麗なお辞儀で二人を見送ろとした。

 だが、修二と吹雪は柏木にお礼という形でお辞儀を返した。


「こっちも四ヶ月間ありがとうございます!」


「怪獣神父のお陰で、また強くなれました! ありがとうございます。」


 最初は吹雪が礼を言い、最後に修二が締める。

 そんな二人の感謝の気持ちが伝わり、柏木の頬は自然と緩み初めて二人の前で笑顔を見せた。


「二人とも…ありがとうございます。」


 そして修二と吹雪は荷物を背負い、下山した。柏木に見送られながら決着をつけに行った。




 下山した修二と吹雪は近くにあったコンビニの前に立っていた。


「そんじゃあ、そろそろ俺は木元雅の所に行く。」


「俺は過去の後始末だ。負けんなよ!」


 微笑んだ吹雪が右拳をつき出すと…


「お前こそな。」


 修二も右拳をつき出し、お互いの拳をぶつける。


「…それよりどうやって海道に行くんだ? 俺たち金ねぇぞ?」


「…歩いて?」


 修二の無茶な発言に肩を落とし気分が落ち込む吹雪だった。が、その時、二人に近づいてくるモーター音があった。

 そのモーター音の正体は二台のバイクだった。バイクは修二と吹雪の眼前に停車しヘルメットを取る。


「よう、久し振りッス。」


 それは二人を待ちわびたという微笑みを浮かべた仲村だった。


「仲村、どうしてここに?」


 吹雪が疑問に思い、問いただすと…


「柏木さんから電話があって二人分、迎えに来てくれって頼まれたッスよ。あ、後こいつは俺の部下ッスよ。」


 仲村の部下はヘルメットを被りながら二人に会釈だけした。


「それじゃあ乗せてくれるのか!?」


 仲村が迎えに来てくれた事に歓喜した修二。


「あぁ、雅の相手は誰ッスか?」


 修二は笑顔で手を上げた。それを確認した仲村は親指で後ろに乗れと指示する。

 修二はバイクの後ろに跨がり仲村の腰に腕を巻く。


「おい、品川。バイクには掴む所があるから、そこに掴んでくれッス。運転がしづらい…。」


「おぉ、そうか。そう言えば俺、木元雅の居場所を知らねぇんだ…。」


「大丈夫ッスよ。シェリア姐とゴン兄と相川が相手してるッス。」



 忍たちは七月十日の夕方には帰っており、自宅で旅の疲れを癒し、翌日にはすぐに仕事を始め二十日になった。

 忍はアンティークチェアにもたれ、半目で色々な書類に目を通していた。

 そんな忍を見守るようにして雅は周囲を警戒し、腕を組み、壁にもたれていた。

 突然、コンコンとノック音が聞こえた。


「失礼します、忍様。」


 それは困惑した表情で入ってきた執事服の老人だった。


「…俺には関係なさそうだな。」


 忍は横目で執事の顔を見てから全てを察し、作業を続ける。


「はい。雅様、外でシェリアお嬢様がお待ちです。」


「俺か? 忍様じゃなく?」


 普通は忍に用事がある筈なのに、今回に限って雅に用件があるので本人は理解できなかった。


「…自分の身ぐらい自分で守れる。シェリーを待たせるな、行ってこい。」


 忍はシェリアの用事には早くしろと雅を冷たくあしらう。

 そんな忍の態度でも雅は無表情のままお辞儀をしてゆっくりと退室する。


「…この戦い、どっちが勝つんだろうな?」


 忍は独り言で呟き、誰と誰が戦うのか分かっている状況で作業を続ける。




 神崎邸の眼前に高級リムジンが停車しており、運転手がドアを開け待機していた。

 雅はリムジンに乗り込み、着席する。


「お久し振りです、雅さん。」


 隣に完全に回復したシェリアが紅茶を淹れてティーカップを雅に差し出した。

 雅はしぶしぶとティーカップを受け取る。


「シェリアお嬢様。私もあまり暇じゃありませんので…。」


「まあ、そんな事を言わずに四ヶ月前の続きをしましょう。少しお喋りしながらね?」


 シェリアから四ヶ月前の続きと言われ完全に行動が停止した雅。自分の状況が完全に理解できない状態だった。


「……。」


「そんなに警戒しなくても良いですよ。相手は私じゃありません、少し前座に付き合ってもらうだけですから。」


 シェリアの怪しい誘惑の言葉に誘われ、リムジンのドアは閉じられ静かに出発した。



 リムジンはシェリア邸に停車し、雅が先に降りシェリアが降りるために手を差し出す。

 シェリアに何か企みがあったとしても紳士な対応を崩さずに冷静に対応する。

 シェリアは雅の流石と言わんばかりという対応にニッコリと微笑み、手を掴みリムジンから優雅に降りる。


「どちらまで?」


 雅はシェリアを何処まで送ればと神妙な面持ちで腕を組み、次の願いを待機していた。


「そうですね、今日は裏庭まで付いて来てもらっても構いませんか?」


「お望みとならば。」


 雅はシェリアの歩幅を合わせるように屋敷から経由して裏庭までエスコートする。

 周りが草原で木が生えていない裏庭に到着すると離れた所に白い椅子とテーブルが配置しており、それを確認した雅はシェリアを最後まで連れて行く。


「ありがとうございます。雅さん、本当は引っ掛ける事なんてしたくなかったんですが…ごめんなさい。」


 シェリアが最後に悔いのある謝罪と同時に二人を覆い尽くす高い岩の壁が突然と現れた。


「こ、これは! 竹島権田の!」


 雅が岩を作った張本人が分かり、名前を挙げる。


「やあ、久し振り木元雅さん。」


 背後から聞き覚えのある声が響き、雅は怒りを露にした表情で振り向き睨む。

 それは少し一回りだけ体格が大きくなった真顔の相川と左頬に湿布を貼り付け冷静な表情の竹島だった。


「貴様等は…なるほど、この前のリベンジという訳か…実にくだらん。」


 雅は目を閉じ、実にあっけないという表情で素っ気ない反応をする。


「まあ、それもあるけど…僕たちはあくまで前座だよ。」


「何?」


 相川の前座という言葉に、驚愕し本命はなんなのか考えた。


(…どういう事だ。俺の相手が相川でも竹島でもないだと! まさかシェリア様…そんな反応はなさそうだ。では、誰が…。)


 そんな色々な考えが頭を巡り、疑心暗鬼に陥る中で相川は雅に向かって走り襲いかかる。




 海道廃車処理エリアに、突然と一台のバイクが停車する。

 バイクに乗っているのは二人で、後ろの人物が降り、ヘルメット渡したと同時にバイクを運転している人物は走り去った。


「ここにアイツがいんだな…さてと決着をつけようじゃねぇか南雲。」


 そう南雲と決着をつけるために吹雪は、ここを指定し、思い出の場所で喧嘩をする事を決めたのだ。

 だが、吹雪が進む道を阻むかのように不良が廃車の影から現れた。


「ここは南雲さんが所有してるんだ。」


「さっさと帰りな。」


「怪我したくねぇだろ?」


 それは南雲の手下だった。吹雪は三人の脅し文句を鼻で笑い、邪魔をするなら倒すという敵意の睨みをかます。

 だが、そんな睨み行為が逆効果だったのか一人は鉄パイプ、もう一人はチェーン、もう一人はナイフを取り出した。


「品川の立場になって武器を構えてる奴を見ると少しビビる…怖いよ。」


 吹雪は一人で三人を相手にする気だったが、背後から火を散らす音が空に舞い上がった。

 それは色とりどりの花火だった。


「おーい、吹雪! こいつ等の相手は任せろ、お前は南雲の所に向かえ!」


 それはバットを片手に廃車の上に立って笑顔で吹雪を待っていた内藤だった。


「でも、いいのか? お前、バット一本だけだろ?」


 内藤は心配するなと得意気な表情と指を振り、指を空に掲げてパッチンと音を鳴らす。

 すると廃車の排気音が、そこら中に響き、隙間から無数の激しい光が五人を照らす。

 その正体はバイクに乗った仲村の部下たちだった。


「…やり過ぎじゃね?」


 流石の吹雪も、この大人数を相手にする三人が可哀想な気持ちになったが、目を反らし南雲がいる場所まで全力疾走した。

 背後から三人の悲痛な絶叫が吹雪の耳に入ったが、必要な犠牲と思い走る。




 周りは真っ暗な夜になり、シェリアはヘリコプターを用意する。それは視野を見えやすくするためヘリコプターにライトを搭載し相川と雅を照らしていた。


「…もう諦めろ、お前を殺せという命令は下されていないからな。」


 雅は依然として無傷のまま、相川は左頬が大きく腫れ、鼻から出血し、唇は切れ、もうボロボロの状態だった。


「…言ったでしょ、僕たちは前座って…それにクナイで刺された痛みに比べれば、全然痛くない!」


 相川の目は死んでいなかった。むしろ、闘志がメラメラと沸き起こり雅に対して、まだ前座と言い張った。


「愚かだ。命をわざわざ投げ出す、その考えはマトモとは思えない。竹島権田、お前もなんとか言ったらどうなんだ?」


「……。」


 雅の問いに竹島はずっと沈黙しており、相川だけを見ていた。


「…黙りか。ならばお前の目の前で再びクナイを突き刺すだけだな。」


 雅は袖口からクナイを取り出し、相川の目には見えない素早い動きで背後を取る。

 雅は裏太股に狙いを定め、力一杯に突き刺す。が、クナイは相川の皮膚に触れた瞬間に砕け散ったのだ。


「!」


「僕の『覇気』は品川みたいに派手じゃないし、吹雪くんみたいにトリッキーな事はできないけど…固さなら人一倍だよ。」


 笑いながら解説した相川は背後を振り向き、雅の頬に強烈な一発をぶちかました。

 その強烈なパンチが当たり吹き飛んでも、雅は平然としクルッと低空で一回転をして体勢を立て直していた。


「誰にも言ってなかったけど、僕の『覇気』は『鉄の覇気』。肉体を鉄化させる能力…でも、全体を鉄化させるには時間が掛かるのが傷なんだけどね。」


 最後まで格好つけられた相川は満足そうに竹島の近くまで、ふらふらになりながら歩く。


「決着はつけなくていいのか?」


 雅は相川の行動に引っ掛かりを感じ、不意に声をかけた。


「言ったでしょ? 僕たちは前座だって…それに戦う力も残ってないしバトンタッチ。」


「何?」


 相川の言葉に雅は竹島を見るが動く気配もなし、シェリアの方も見るが動く気配もなかった。

 では、一体誰と戦うのかと疑問に思ったが岩の壁からバイクの排出音が響いた。


「おーい、連れて来たッスよ。」


 それは仲村の声で、竹島は立ち上がり岩の壁を地面に戻す。

 岩が完全に消滅し、外が見える状態だった。そこに立っていたのは、やつれぎみで項垂れている仲村と興奮して両腕を上げ歓喜の声をあげていた修二だった。


(え? 一体何があったの!? 仲村と品川の大差は何!?)


 雅と竹島以外の全員は二人の状況が不明な事態に困惑していた。


「…いや、実はコイツが初めてバイクに乗ったから興奮して…あっちこっち振り回されたッス…それより連れて来たッスよ…っていうか、うるせぇッス!」


 今だに歓声を上げるのを止めない、しつこい修二に我慢の限界がきたのか仲村が遂にキレる。


「え? もう終わり? もっと乗りたい!」


 修二は子供のように駄々をごねる。


「分かったから、降りて雅と勝負してくるッスよ。」


 修二は不満だったが渋々とバイクから降り、ヘルメットを脱ぎ仲村に渡し、ポケットに手を突っ込みながら雅と対峙するように近づく。


「…品川修二。」


「よう、久し振りだな。元気してた?」


 呑気に修二は睨んで敵意丸出しの雅に対して煽るような発言をする。


「…諦めて普段の生活に戻れば血なんて流さなくてもいいぞ。」


 雅は最後の警告として親切心で修二に後戻りするなら今のうちだと発言するが…


「俺はよ、神崎忍と最後まで戦う事を柏木さんと約束したんだよ。喧嘩のやり方、知らねぇテメェに教えてやるよ! 喧嘩はな最後までグーでやんだよ、そしてどっちかが最後まで立ってたのが勝者なんだ。今日はそれを証明してやるよ。」


 雅の警告は無視し、あくまで自分は神崎忍と決着をつける為にテメェだけには負けないと額に青筋を浮かべ発言し、全員が息を飲む緊迫した場で最後の三銃士、木元雅との火蓋が落とされた。

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