第6話 敗北と格差。

 五月二十四日、人の心を憂鬱にしてしまう雨雲の日にて…

 リーゼントヘアーが崩れ、普通のロン毛の髪型になっている修二はベッドで、死んでいる様に眠っていた。


「ここは…。」


 修二が目を覚ますと、最初に目の前に写ったのは白く変哲もない天井だった。

 起き上がろうとするが、体が重りを付けられた様に重く、首以外が動けない状態だった。

 目だけを動かし、自分の状態を確認すると曇った顔になり、悟ってしまった…自分は負けたんだと。

 自分の未熟さと弱さで『カンザキシノブ』に全て負けたんだと思い知らされた。

 修二がそう思ったのは、右腕と左足にギプスをはめ込み、それ以外は全て包帯だらけで、ここが個室の病室だと分かった瞬間だった。

 そして誰かが、修二の病室に入室した…制服姿でお見舞い用の花を持った来た美鈴だ。


「品川くん、大丈夫?」


 美鈴は心配した様子で修二に話しかける。


「美鈴ちゃん…吹雪たちは?」


 修二は首だけしか動かせないので、美鈴の方に首を向けて会話をする。


「雅人は補習を終わらせてから来るって。」


「あれから何日寝てた?」


「二週間、お医者さんが このまま意識が戻らないかもって言ってたから―――」


「…全治何ヵ月だ?」


「三ヶ月だって、右腕の骨だけが綺麗に折られてたから…。」


 美鈴は暗い表情で、いつまでも修二の近くに行こうとしない。


「美鈴ちゃん、無理しなくて良い。前にも、こんなのがあったんだろ? それに俺に合わせて『覇気使い』なんか、知らない振りしなくてもいい。」


「…ごめんね。」


 今にでも泣きそうな美鈴を見た修二は、慰める言葉の一つも、自分の感情や色んな物が混じり言えなかった。



 病室の事務所で、宗春は修二のカルテとレントゲン写真を見ていた。

 そこに桐崎が難しい顔をしながら不作法にも入室した。


「桐崎さん。」


「よう、元気にしていたか?」


 桐崎はすぐさまドアを閉め、丸椅子に座り宗春と対面する。


「やったのは神崎忍くんですね。こんな綺麗に骨を折り、かすり傷で相手を動かなくなる所までやるのは―――」


「品川でも無理だったか。これは俺の判断ミスだったな、宗春 すまなかった。」


 桐崎は申し訳ないと言う表情を出し、宗春に深々と頭を下げ、謝罪の意を表していた。


「『覇気使い』の戦いには、綺麗事で済まない事がありますから…正直言って、私は彼が恐ろしいです。」


「だが、神崎忍に勝てるのは、アイツ修二しかいないのだ。」


 桐崎は頭を上げて、真剣な表情で暗い表情の宗春に語りかける。


「分かってます。彼に対抗できるのが修二の『覇気』だけなのは…」


「だが、俺の技術だけでは限界がある。もっと時間があれば『覇気』と『肉体』を同時に修行できたものが、『肉体』だけになってしまった。俺の感覚で『覇気』の扱いを教える訳にもいかない。俺の性能と違うからな。」


「確か、もう一つの、条件のある『覇気』を組み合わせて、初めて完成される『覇気』でしたね。」


「だが、俺はその条件を満たしていない。片方の『覇気』を手に入れてしまったのは痛かったが、この際 過ぎた事は言わねぇ。なんとか修二を早く治せないか?」


「実は、アメリカから凄腕の医者の派遣を要請しようかと…」


 宗春は難しい顔をして、どう話そうか迷っていた。


「どうした?」


「いや、凄腕って言っても変わり者でして…」


「法外な請求か?」


「違います。普通の料金を請求をしますが、珍しい怪我や病じゃないと出ない人でして…」


「そっち系か。名前は?」


中川慎二なかがわしんじ、医学部を首席で卒業の後は、アメリカに渡り外科医をしている方です。ここまでは普通の天才ですが、彼も『覇気使い』です。それも珍しい『細胞の覇気』を持っています。」


「…表の世界では、目立つのは好きじゃないと有名だったな。かと言って裏の世界で狙われるのも好きじゃない、天秤みたいな奴だって聞いた事はある。」


「実は彼に、このカルテを送ろうかと迷っていました。去年の忍くんが重症を負わせた少年を救ったのは中川先生でした、あまりの重傷でしたから、私の手では何ともできませんでした。」


「神崎め…一刻も早く、修二を治す事が先決だ。」


「分かりました。中川先生に頼んでみましょう。」


 宗春は電話を使い、海外通信で中川を呼びかけ始め、桐崎は「すまないが、これから用事がある」と言って事務所から退室した。



 修二が目覚めて数時間経った頃には、左手が開閉できる程度に回復していた。


「時間は掛かったが、左手だけは動くな。」


「安静にしててね、酷い怪我だから。」


 微笑みを浮かべながら、元気になっていく修二を横目に、美鈴は花瓶に花を添えながら、心配した様子で話しかけていた。


「美鈴ちゃん、俺の前の奴は、どんなに酷かったんだ?」


 美鈴の手はピタリと止まり、修二に見えない様に曇った表情を浮かべる。

 修二も失礼を承知で、顔を美鈴に向けて、去年の惨劇を知っている一人だからこそ、聞いてみたのだ。


「―――ごめんなさい、やっぱり言えない。」


 その答えは聞けなかった。


「…あぁ、こっちも悪かった。今のは聞かなかった事にしてくれ。」


 修二は諦め、無機質な顔を天井に向ける。


「うん。」


 美鈴は中断していた作業を再び開始した。


 そして病室のドアが開かれ誰かが入室した。


「目を覚ましたのか…心配したぞ。」


 現れたのは吹雪だった。右頬に湿布を貼られ、額に包帯を巻き、疲れた表情を浮かべていた。


「ひでぇ顔だな。」


「お前ほどじゃない。」


 吹雪はベッドで寝ている修二に近づき、丸椅子に座る。

 お互い、負けて魂がすっぽりと抜けた状態だった。


「相川は?」


「後で来る。―――右腕 大丈夫か?」


「感覚がない、まるで…」


「切断された気分だろ? アイツと同じ事を言っているな。」


「前の記憶がない、説明してくれるか?」


 修二は顔を吹雪に向けて、二週間前の事を教えてくれと目で懇願する様に頼む。


「美鈴ちゃん、悪いが下の購買で、プリンとパンとジュースを買ってきてくれ。」


 吹雪は懐から財布を取り出し、五千円札を美鈴に渡す。

 美鈴は静かに承諾し、修二の病室から退室した。


「仲村一之と戦った後は覚えているか?」


「『カンザキシノブ』が来た所までは覚えている。その後が分からないが、負けた事は確かだな。」


「相川から聞いたんだが…アレは勝負というより、あっちのワンサイドゲームだ。俺たちの攻撃が全部、“すり抜けた”からな。二週間前、仲村一之を倒した後、俺たちの目の前にアイツは突如として現れた。」




「仕事を途中で抜け出して、迎えに来たんだぞ? 早く帰るぞカズ。」


 声色にノイズがかかり、男だと分かっていても声域は聞き取れなく、『カンザキシノブ』は淡々と発声し、手らしき物が仲村に差し出す。


「相川! 逃げろ!」


 修二の掛け声と共に、修二と吹雪が同時に走り出し、相川は仲村を肩で抱えシノブから逃げる様に走る。

 その走った衝撃で、仲村の体は限界だったのか途中で気絶してしまった。

 シノブは立ったまま、逃げた相川を追わず、二人のパンチをマトモに受けたが、まるで幽霊の様に二人の拳を“すり抜けた”。


「嘘だろ…。」


 吹雪が驚愕している間に、修二が足払いをしてシノブを倒そうとしたが、それも“すり抜ける”。


「…満足したか?」


 シノブの言葉に、神経を逆なでされた気分になったのか、二人は我を失い、あらゆる所に攻撃をする。

 人間の急所や致命傷になる所を狙ったが、全ての攻撃は空振りという結果に終わり、疲労で二人は息を荒くして、攻撃を止めた。


「終わりだな。それじゃあ―――退いてもらおう。」


 その言葉が終わると同時に、二人は何も分からず上空に飛ばされていた。


(な、何をされたんだ? アイツはなんにもモーションも起こしてないのに…)


 吹雪は何をされたのか、分からず困惑していた。


(こ、コイツ…俺の目に見えねぇ蹴りで! 軽々と俺と吹雪を蹴り上げやがった! ふざけんじゃねぇ!)


 修二は二人同時に軽々と蹴られた事が気に食わなかった。 

 シノブは蹴り上げた二人を素通りして、ゆっくりと相川たちに近づく。

 修二は着地した瞬間に、足に力を込め、その反動で飛び、背後からシノブに攻撃しようとする。

 だが、まるで知っていた様にシノブは振り向き、右足だけを腰の所まで上げ、目に見えないスピードで、浮遊している修二の体に、百列キックを放つ。


 修二はシノブの攻撃の速さに、追い付いて行けず、カードできずにモロに体全体にダメージを受けてしまう。


 修二は吹雪の所まで飛ばされ、着地した直後に振り向いていた吹雪が受け止めるが衝撃が残っていたのか、一緒に数メートルまで飛ばされる。


「…意外と硬かったな。あれだけ、蹴られれば骨の数本は無事じゃすまないが―――気絶程度ですんだろ。」


 再び、相川に振り向きゆっくりと歩き出す。


「すまないが、そいつを渡してもらおうか?」


 シノブは相川に手のひらを見せて、仲村を渡せと要求する。


「待てよ。まだ、終わってねぇぞ。」


 だが、シノブの左肩に燃え盛る炎の右手を乗せて止めた修二がいたのだ。

 その時、今まで触れられなかったシノブの体に触れる事ができていた。

 吹雪は修二と吹き飛ばされた衝撃で、アスファルトの地面に頭をぶつけ気絶していた。

 修二の状態は額から出血、全身がかすり傷に制服がボロボロでアスファルトの地面に生々しく血が流れていた。

 それでも修二は立ち上がり、身体がふらふらになりながらもシノブの所まで歩いて来たのだ。


「―――もう止めておけ、死ぬぞ?」


 シノブは左肩を焼かれながらも、修二に振り向かず、なんともないように会話をする。


「『最強の座』が目の前にあるんだ。ここで逃すわけにはいかねぇんだよ。」


「融通の利かない奴だな? この先、生きていけないぞ?」


「うるせぇ、先の事なんて誰も分かりやしねぇ。けどよ、目の前にある目指す物を逃すようじゃ、この先、俺は負け続ける。だから、俺はテメェに勝って『最強の座』を手に入れる。」


 修二の右手に入れる力が強くなり、シノブを逃がさないようにする。


「そうか、ならば―――地獄を見るか?」


 その言葉を放った瞬間に、一瞬にして修二の右腕があらぬ方向に曲がり、それに続き左足の脛も同じく曲がる。


「うがああああッ!」


 修二は痛みの衝撃に耐えられず、悲痛な叫びを上げる。

 そして、左足から崩れ落ちアスファルトの地面に強く倒れる。


「面倒だから骨を折った。多分、三ヶ月はマトモに動けないだろうな。この俺に会いたければ三銃士を倒せ。それなら、何時でも相手してやる。俺の気分次第で、本気が見られるかもしれんな?」


 そしてシノブは倒れた修二にその言葉だけを言い残し優雅に相川に近づく。


「安心しろ、戦わない者には手は出さない。」


 その言葉は半信半疑だったが、相川は肩で抱えている仲村をシノブに渡し、数歩離れる。


「利口だな。嫌いじゃないぞ、そう言うのは。」


 そして、出現した所まで仲村を肩に抱え、ゆっくりと歩く。


「カンザキぃぃぃぃぃッ!」


 突然と修二が左腕と右膝だけで体を持ち上げて、シノブの名前を叫ぶ。

 シノブは振り向かずに修二を無視してゆっくりと進む。


「待ってろよ! 必ずテメェを倒す! 三銃士を倒して、必ずテメェを倒して! 俺が『覇気使い最強』になる! 俺は絶対に諦めねぇ!」


 そう修二は言い終わると瞳から光を失い、倒れる。

 シノブは黒い渦を出現させて、仲村と一緒に渦の中に消える。

 相川は携帯電話をポケットから取り出し、急いで救急車を呼んだ。



「ここまでが、相川が知ってる俺とお前が病院送りにされた経緯だ。」


 長々と吹雪は、ここまでの経緯を語った。自分たちが『カンザキシノブ』に実力と格差という初めての敗北を思い知らされた事に。


「多分、俺は『カンザキシノブ』を知っているかもしれない。」


 突然と修二は無機質に驚愕の発言をした。


「…もういいぜ、俺はもう復讐なんか諦めたからよ。」


「どうしたんだ?」


 修二の意志を無視するかのように、吹雪の断念する発言に、困惑し理由を聞いた。


「俺が浅はかだった。あんな奴にバトルを挑んで、お前みたいにボロボロでこのザマだ。もしかしたらと勝てるかと思いあがってたけどよ、実力が違った。アイツは…俺たちの届かない所にいる。まるで月とスッポンだ…なあ? 品川、退院したら―――ぐぅ!」


 修二は無理矢理にでも体を起こし、凄い剣幕で、かろうじて動く左腕で強く、吹雪の胸ぐらを掴む。


「もういっぺん言ってみろ! ふざけんじゃねぇぞ! テメェが一緒に頂上てっぺん取ろうって言ってたじゃねぇか! テメェはそれを無下にするのか? あぁ!? あの時の約束は嘘だったのか!? あの時、一緒にチーム組んだアレも嘘だったのか!? テメェが相川に言った事は全て嘘だったのか!? たかが、俺が故障したからって『カンザキシノブ』には勝てないから諦める? ふざけんな、お前言ってたじゃねぇかよ、もう覚悟を決めたってよ。それも嘘だったのか!? 俺と最初に出会って話した時も、俺が聞いた事は全て嘘だったのか!? テメェの言葉は全部、嘘なのか!?」


 修二の怒号が部屋中に響き渡る。

 吹雪に今までの行動や会話も全部、虚構なのかと問い詰めた。


「…。」


 だが、吹雪は答えない。


「『カンザキシノブ』を倒せなかったのは悔しいが、まだ最初に負けただけだろ? アイツは三銃士を倒せば、何時でも会えるって言ってたんだ! 諦めんなよ…目の前の事に…」


 修二は力が抜ける様に胸ぐらを離す。


「悪いが、俺は抜ける。」


 吹雪は立ち上がり、病室から修二の目の前から逃げる様に走り去って行った。

 途中で、相川と出会したが吹雪は何も言わず、相川を無視して病院から去った。


「どうしたの?」


 何も知らない相川は、修二に走り去った吹雪の事を聞いた。


「―――なんでもねぇよ。」


 修二はベッドに寝転び、また無機質な天井と向き合う。

 相川は丸椅子に座り、コンビニでも寄ったのか、袋から漫画を取り出し、机に置く。


「暇かなって思って、僕の好きな漫画で良ければ読んでね。」


「あぁ。」


「大丈夫だよ。勝負に負けたのは悔しいけど、三銃士を倒せば、なんとか勝てるよ。」


「あぁ、そうだな。」


 元気に話しかける相川に、修二は淡白に返事するばかりだった。


「―――実はね、声が響いてたんだ。けど吹雪くんも必ず戻って来るよ。品川くんは頑張ってリハビリに専念すればいいよ。」


 続く相川の励ましの言葉に、修二は…


「…なあ?」


 相川に寝たきりの体を向ける。


「?」


「くん付けて言わなくていいぜ? 普通に呼び捨てでも構わねぇからよ。」


「分かった品川。」


 修二は相川に敬称してほしくなかったのか、これからは普通に呼んでくれと頼んだ。

 それを了承した相川は、修二の頼みを聞き入れたのだ。

 それから暫くは何も語る事なく、修二は無機質な天井を何も考える事なく、じっと見るだけだった。




 吹雪は雨の中、無心に走っていた。

 修二の言葉が的中だったのか、それとも本当に自分が嘘を付いた背徳感なのか、吹雪は訳も分からずに、ただひたすらに目的も無く、海道の街を走り回っていた。


(分かってんだよ。最初から『カンザキシノブ』に勝てる訳ねぇって事ぐらい―――けどよ、諦めきれなかったんだよ、俺は…)


 考え事をしながら走っていた為に、路地で吹雪は巨体の胴着を着た男の人物と衝突し、反動で倒れてしまう。


「すまない、考え事をしていて前が見えていなかった。」


「あ、あぁ…こっちこそ悪かった。」


 胴着の男は吹雪に手を差し出し、吹雪は差し出された手を掴み起き上がる。

 胴着の男は傘を持ちながら、吹雪に付いていた砂ぼこりを払っていた。


「あ、ありがとう。」


「…お主、『覇気使い』だな?」


 いきなり発せられた言葉に、吹雪は表情を強張らせ胴着の男から離れ身構える。


「待て、そんなに警戒するな。戦う意志の無い者に襲撃したりはせん。」


 胴着の男は敵意はないと意志表示をするが、吹雪は一向に警戒を解かず、胴着の男を睨む。


「…何が目的だ?」


「これから家に帰るつもりなのだ。」


「そ、そうか、じゃあ通れよ。」


 吹雪は構えるのを止めて、道を通すために側端に寄る。

 だが、胴着の男は歩かず、ただ吹雪だけをじっと見ていた。


「な、なんだよ。」


「迷いが見える。」


「迷い? アンタは占い師か、ノストラダムスか? ふざけんじゃねぇ、こっちはイライラしてんだ。」


 吹雪は胴着の男の戯れ言に怒りを露にして、ぶっきらぼうに答える。


「お前の目に、この先の戦いを続けるかの迷いが見える。誰と戦っている?」


「もう関係ねぇ、俺はもう…」


 胴着の男の言葉に、吹雪は病院で修二に言った言葉を思い出し、怒りを忘れ、気持ちが沈む。


「腑抜けが。だが、分かったぞ、諦めるのも一つの道だ。お前程度では、“あの方”の足下には及ばないからな。」


「あの方?」


 吹雪は胴着の男の言葉に、少し興味を持ち、胴着の男が言っている“あの方”について聞いた。

 胴着の男は、待ってましたと言わんばかりに声を明るくし発言する。


「お主も『覇気使い』なら知っているだろ、『覇気使いの頂点』に君臨する『シノブ』様だ。」


 胴着の男の言葉に、吹雪は目を見開き資料の写真と目の前にいる胴着の男を、記憶を頼りに見つけだした。


「お前は…三銃士の竹島権田たけしまごんた。」


「名乗った覚えはないが、お主何者だ?」


 吹雪は竹島をよく見る。

 竹島の見た目は草履を履き、黒い帯、少し強面の真面目そうな空手家だった。


「……。」


 だが、吹雪は竹島の問いには答えず、黙ってうつむくだけだった。


「答える気は無いか…無抵抗な人間をいたぶるのは気が進まないが、容赦はしない。」


「待てよ、俺は!」


「迷いがあるなら戦え! この私と戦い、答えを見つけてみろ! お主の目の前にいるのは三銃士の竹島権田という敵だ!」


 竹島は吹雪の問いには耳を貸さず、悪魔でも戦うつもりだ。


「敵意はないって言ってなかったか?」


「今の腑抜けた、お主の根性を叩き直してやる!」


 竹島は傘を投げ捨て、正拳突きの構えを取る。


「クソッ!」


 吹雪は慌てて急ぎ、両手に氷を形成しようとするが、その一瞬の遅れの行動で、竹島は吹雪の目の前に現れ、吹雪の鳩尾に猛烈な一撃が与えられた。

 その一撃で吹き飛ばされた吹雪はレンガ積みの壁に激突し、苦痛の表情を浮かべ空気を吐き出す。

 更に追撃を、竹島は吹雪をサンドバッグを叩くように左右に正拳突きで急所以外の所を正確に狙う。

 その猛攻に、吹雪の顔に付いていた湿布が剥がれ落ち、打撲や擦り傷だらけになる。


「調子に乗るんじゃねぇ!」


 吹雪は竹島の攻撃に耐えながら、『氷の覇気』で竹島の両腕を手錠の様に凍らせ固定する。

 その隙に、吹雪は壁から離れ、大量に汗を流し身体を這いつくばりながら逃げようとする。


「この程度、腕力で破壊できる!」


 竹島は氷を内側から破壊して、自由の身になり、這いつくばる吹雪を追い掛ける。


「しつけぇんだよ!」


 吹雪はアスファルトの地面に手を置き、一瞬にして氷を広げて竹島の足と地面を氷で接着する。


「ふんっ!」


 だが、竹島は難なく氷を足の力で砕き、簡単に脱出して吹雪の下へ再び歩く。


「お前も化物だな、三銃士っていうのは化物の集まりかよ。」


「何を言っている? お主の『覇気』の力が弱いから簡単に抜け出せたんだぞ?」


 竹島の言葉に信じられないといった表情を浮かべた吹雪。

 その驚愕している隙をつき、彼の注意を逸らせさせたのか、竹島にサッカーボールを蹴るかの様に腹を蹴られ吹き飛ばされ仰向きの状態になる。


「……。」


「もう終わりか?」


 竹島はゆっくりと吹雪に近づき、仰向けで瞳の光が虚構の吹雪を見る。


「殺せよ。もう、疲れた。」


 吹雪の疲れた声で自分を殺してくれと自暴自棄になった瞬間に、竹島の表情は怒りの表情へと豹変した。


「ふざけるな! 何が、殺せだ! 何故、簡単に命を捨てる選択ができるのだ!」


「襲ってきて、次は説教かよ…テメェこそ、何したいんだよ!」


 吹雪も諦めかけた瞬間に、竹島の言い方と態度にムカついたのか竹島に反抗する。


「なんだと!」


 竹島は左手で吹雪の胸ぐらを掴み上げ、右拳で殴る準備をしていたが、頭が冷静になったのか胸ぐらを離し、鋭く眉をひそめて竹島が向かおうとしていた道に身体を向ける。


「…一週間だ。一週間後、金剛山の山頂で待っている。もし、来なくても私は待ち続ける。」


「勝手にやってろ。」


 ぶっきらぼうに答えた吹雪を無視して、竹島は投げ捨てた傘を取り、雨の中へと歩き出す。

 竹島の姿が消えた頃に、腫れた顔で吹雪は雨が降る雲を気だるげに見つめる。


「冷てぇ、顔の腫れが引いていく様だ…ダッセェな、諦めるとか言っといて、敵に喧嘩売られて負けて、最後に金剛山で待ってるとか言われて…情けねぇな俺って…」


 周りに誰もいない路上で吹雪が独り言で、自分を卑下している所に、黄色の傘で近づく人物が現れた。


「少し散歩してみれば、ここに三流が転がっているなぁ? 惨めだな、吹雪。」


 それは吹雪の様子を見て優越に浸っている、笑顔の南雲だった。


「…南雲。」


「無様だな。だが、見ているだけで笑えてくるのは確かだ。」


 二人が再会した瞬間に、雷鳴が鳴り響く。

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