第5話 リーゼント対ボウズ。

 自己紹介を終え、二人は全力疾走した。修二と仲村。突進力を乗せ、闘志をみなぎらせた右ストレート同士が激しく衝突する。


 二人は狂喜に満ちた笑みを浮かべていた。

 さながら膠着した手押し相撲の様に、状況は拮抗きっこうしていた。互いに拳に膂力りょりょくを注ぐ。が、二人は拉致が明かないと判断。同時にバックステップで間合いを取る。


 修二はスカジャンを脱ぎ、鍛え抜かれた大胸筋を露にした。

 仲村もレザージャケットを脱ぎ、タンクトップの姿になる。そして、構えをボクサースタイルに切り替える。


「中々、鍛えてんだな?」


 修二は仲村の体を見て、普通の鍛え方をしてないと見抜き、賛辞の言葉を与える。


「そっちこそ、その屈強な筋肉は随分と無茶をして鍛えた証拠ッスよ」


 仲村も修二の体を見て、あっちこっちに傷痕が残って太い筋肉をつけた事に賛辞の言葉を送った。


「師匠からイジメに近い、鍛え方をされたからな。イジメられたが約束は守ってくれたぜ?」


 修二は頭をボリボリとかきながら、あの時は大変だったなと言う苦い顔をして、腰を落とし、右拳を前に、左拳を腰に当てる構えを取っていた。


 仲村は軽いステップを刻みながら、徐々に修二の間合いに近づき――音を切る左ジャブが牙を剥いて修二に襲いかかる。


 修二は条件反射で、仲村の左ジャブを頬に当たるか当たらないかのスレスレで避ける。


 仲村は修二が最初のジャブを避けた事に歓喜した。この程度の当て身は避けられても当然かとでもいうかのように。

 仲村は再びリズムを取り、高速ジャブを修二の顔を目掛けて叩き込む。


 修二は目を使い、仲村の放たれるジャブを頬のギリギリで避けるが、不意に打たれた右ブローに気づかず、マトモに顎にダメージを受けた。

 脳へのダメージを受けて、視界に映る全てが揺らいだのだ。


 修二はふらつきながらも、体制を立て直し、お返しと言わんばかりに仲村の右脇腹へ左ミドルキックを放つ。仲村は脇腹をガードしていなかった為に、苦悶の表情を顔に出してしまう。


 修二は仲村の顔を見逃さず、頭を掴み下に向かせ、右膝蹴りで鼻にダメージを与える。

 仲村は鼻を右手で抑え、左前蹴りで修二を蹴り、後ろに下がる。

 仲村は鼻血を出し、右腕で血を拭い、修二をニヒルな笑みで見る。


「やっぱ強いッスね、このままじゃ負けそうッスよ」


 仲村の言葉に修二は、仲村と同じくニヒルな笑みを浮かべて……


「それはお互い様だろ? この場合、決着方法は一つしかねぇよな?」


 仲村は修二の言葉に、薄く笑みをこぼし『覇気』を使うために構える。


 修二も仲村と同じく『覇気』を使うために構えるが、何かを感じたのか、構えるのを止めて辺りを見渡す。

 すると、修二の足下に手裏剣が音速で飛んで来て、三本がコンクリートに刺さる。

 修二と仲村は手裏剣が飛んで来た先を見ると、小柄な忍者がクレーン先に立っていた。


「仲村一之、『シノブ』様が待っているぞ。何を油を売っている?」


 マスクを着けているため、声が男か女なのか判別できないが、忍者が伝えようとしているのが二人には分かった。

 仲村は後頭部をやれやれとかきながら、レザージャケットを拾い着る。

 それを見た修二は、これからなのにと言う不服そうな表情でスカジャンを拾い身に付け、ジッパーを胸元まで上げる。

 忍者はクレーンから地上まで、静かに飛び降り、仲村の近くに歩み寄り、そして仲村の右足を勢いよく踏みつける。


「いってぇ!」


 仲村は片足で跳び跳ね、踏まれた足を手で抑えながら、苦痛に歪む表情を浮かべる。


「貴様! 『シノブ』様を待たせるとは、いい度胸しているな! 屋敷に帰ったら、約束と忠誠心というのを教えてやる!」


「そりゃねぇッスよ! 俺なりに海道にいる『覇気使い』を調査してただけッスよ! なんで、俺がメイド長に痛いことされなきゃいけないッスか!」


「えーい、更に敵に役職をバラしよって!」


 忍者は更に仲村の腕を固定して、アームロックを仕掛け、仲村はギブアップと言う顔をしていた。

 ただ、それを見せられている修二は目を点にして、呆然とするしかなかった。(ただ巻き込まれると、面倒だと思っただけなので、口を出さなかっただけ。)

 仲村は忍者からのアームロックから解放され、立ち上がり、笑顔で修二の方向に体を向ける。


「悪いッスけど、こんな事なんで勝負は、お預けって事で構わねぇッスか?」


 修二は呆然としたいたが、仲村の発言を聞くや薄く笑みを浮かべて……


「じゃあ、また会った時に本気マジでやろうな?」


 修二の再戦宣言に、仲村も修二と同じく薄く笑みを浮かべ……


「ちゃんと準備するッスよ!」


 修二と仲村の会話が終わると、忍者は球体の物を下に当てる。

 一瞬にして煙が舞い上がり、数秒して煙が晴れると二人の姿はなかった。

 修二は顔を夜空の方に向けて真面目な顔をして考える。


(さっき、メイド長(意味は分かってない)が言ってたが、油を売るって仲村は油屋何かやっているのか?)


 吹雪がいたら、真面目な顔をして何をくだらねぇ考え事をしてるんだっとツッコミを入れられるが、修二は考えるのを止めて家に帰る。



 翌日の昼休み、吹雪が修二と相川を屋上に呼び出し会議をしていた。

 因みに、施錠されていた屋上の扉は吹雪が『氷の覇気』で破壊して、勝手に進入しているだけだった。


「『カンザキシノブ』の情報を入手できた?」


 吹雪が得意気な顔をして、伝えた言葉に空を見上げ呆然としている無反応な修二と相川は眉唾な表情で答えた。


「あぁ、この三人を探れば『カンザキシノブ』に近づける話しだ」


 吹雪は昨日、内藤から渡された資料を相川に手渡した。

 相川は資料をまじまじと見ていたが、修二だけは空を見ているだけで資料を見ようとしなかった。


「おい、品川。俺が情報持ってきたのに見ねぇのか?」


 吹雪は『カンザキシノブ』の情報を持ってきたのに、無反応な修二が気になっていた。


「あ? あぁ、悪い。俺は別にいいぜ、『カンザキシノブ』が男だって分かったからよ」


 この発言を聞いた二人は、吹雪はあんぐりと口を開けて驚愕、相川は吹雪を心配して見ていた。


「テメェ! 何処から俺の知らない情報を手に入れてたんだよ!」


「昨日、仲村一之っていう奴と一戦交えてよ。途中で邪魔が入ったんだけどよ、『カンザキシノブ』の事を兄貴って呼んでたから、男なんだなって考えただけなんだけどよ?」


「つまり、『カンザキシノブ』は男で三人の部下を従えているって事だよね?」


「それとメイド長か? 忍者みたいな奴がよ、仲村が油を売った様子がなかったんだけどよ、仲村は油屋をやってるかもしれないぞ!」


 思い出したかの様に伝えた修二の言葉に、吹雪は油を売ってるっていう意味は、そうじゃねぇと言う顔をしていた。

 一人だけ、修二のメイド長と言う言葉に反応して、不気味な怨念のオーラを出していた……そう相川だった。


「『カンザキシノブ』め、メイド長がいるって? ふざけんじゃねぇよ、クソが。二次元でも羨ましいのに贅沢三昧しやがって、屋敷のクソ坊っちゃんがよ、お前のせいで僕が一日入院したのに、それなのにアイツはメイドさんとイチャコラしてたのか、ボケが」


 普段から温厚な相川が、こんなにも一人でぶつぶつと会った事のない人物に不満と汚い言葉をぶちまけるのを見た二人はドン引きしていた。


「アイツ、『カンザキシノブ』に怨みでもあんのか?」


「メイド長って言葉に反応してたからよ。多分、アイツはオタクっていう人種だ。キモイじゃない方だが、普通じゃないな」


 冷や汗を流した修二が豹変した相川に指を指す。頭を抱えている吹雪に状況の説明を求め、吹雪は修二に「今の相川の状態は普通じゃない」を説明した。

 吹雪は気を取り直して、修二に事の詳細を求めた。


「あぁ、そうだな。確か、美鈴ちゃんと待ち合わせしてて、家まで送り帰って、そっから『覇気』を使う前に忍者メイド長が現れた具合だな」


「ざっくりだが、分かった。それより、気になってたが、お前の『覇気』は何なんだ?」


「言って無かったか?」


 修二は呆然としていた様子で、吹雪の問いに答える。


「あぁ、あの時は『覇気』を使う前にアッパーでやられちまったからよ」


「そうか、じゃあ俺の『覇気』は……」


 タイミングの悪い事に、昼休みを終了させるチャイムが鳴り響いた事により、修二の答えは途中で中断になる。

 吹雪と修二は仕方ねぇなという様子で、怨念モードの相川を修二が担ぎ上げ、屋上から出て教室まで帰った。



 森林の中央にある洋風の屋敷、不気味とも思える程に日が差さない雰囲気。

 その屋敷のアンティーク品で覆われた応接室で、無表情で資料を読み、書類に何かを記入する作業を、全身黒スーツ姿の神崎忍がいたのだ。


「……」


 そして、応接室にノック音が響き渡り、忍は「誰だ」と記入を続けながら大聖堂と違う声を出した。


「兄貴、カズです!」


 仲村の声を聞いた忍は、応接室の扉の前まで行きドアノブを触る。

 そして、ゆっくりとドアノブを捻り、ドアをゆっくりと手前に引く。

 そこにはニッコリとした笑顔の仲村がいたのだ。

 忍は安心して大きくため息を吐き、ドアを大きく開き、仲村に「入れ」と命じる。


「兄貴、そんなに警戒しなくても?」


 仲村は話しながら、アンティークチェアーに深く座り込み、予め用意されていた紅茶を呑気に飲む。


「あくまで資料だけは手元に置いておきたい。それに敵なら騒ぎがある筈だからな」


 忍はドアを厳重に施錠して、仲村と対面する様に座り込み、机にあったティーカップに手をつけて、飲み物を飲もうとするが、もう既にティーカップの中身は空っぽの様子だった。


「兄貴、集中しすぎッスよ。もう三日も寝てないって聞きましたッスよ?」


 忍は仲村の発言に驚きを隠せない表情をしていて、自分の行動に頭を抱えていた。


「三日? 三日も経っていたのか……そうだな、少し疲れている様だ」


 忍が資料をまとめ整理した後に、立ち上がり部屋を出ようとするが仲村が「俺になんか様があったんじゃないですか?」と言われ、忍も思い出した様子で立ち止まり、仲村の方に振り向き……


「未知の『覇気使い』と戦闘したって?」


 忍の何もない普通な言葉に、仲村は何かを察したのか、薄く笑みを浮かべた顔で――


「えぇ、強かったッスよ」


「今週の金曜日なら許可してもいいぞ?」


 その忍の言葉を聞いた瞬間に、仲村は無邪気な笑顔で立ち上がりガッツポーズをしていた。


「ありがとうございます! 兄貴!」


「今日は寝る。後の予定はメイド長から聞いてくれ」


 仲村は忍から戦闘の許可が降りた事により、感謝を表し、綺麗なお辞儀をした。

 それを確認した忍はドアから部屋を出ずに一瞬にして消えた。



 金曜日の放課後、それは前触れも無く奴は現れた…


「おいおい、日曜日に会ったばかりなのによ、気が早えな」


 そう、海道高校の校門前に、一台の単車が停車していたのだ。

 修二は気だるげに、その単車の持ち主の人物に話しかける。

 そこで待っていたのは、ニッコリと笑顔で対応してお出迎えをしていた仲村一之だ。


「そう言うなッスよ、こっちだって許可取るのに勇気いるんッスから…まあ、そんな事を言っても、そっちも我慢できずに、ウズウズしてたんじゃないッスか?」


 仲村の答えは正しく、頬を緩ませながら仲村を睨む修二だった。

 吹雪と相川は信じられない様子で、内藤から貰った資料を見比べていた。


「なあ? アイツ、仲村一之なんだよな?」


 吹雪は小声で、修二に問い掛ける。


「あぁ、仲村一之って言ってたぞ?」


 吹雪が黙って、資料を見せると、修二も口をあんぐりと開けて驚きを隠せない表情になっていた。

 そう資料に掲載されている写真と今、見ている仲村一之が、あまりにも違い過ぎるからだ。

 その資料の写真の内容は…モヒカンにアイメイクにピアスにナイフの刃が無い所を舐めながら、威圧する様に睨む、何処かの世紀末に出てきそうなバイカーだった。


「あー それ、中学の時の写真ッスよ」


 そこで呆然としていた二人に話しかけていたのが、いつの間に近接攻撃が届く距離まで近づいていた仲村だった。


「嘘だ~ 絶対、嘘。だって写真と今を見比べても、全然違うじゃん! どこに世紀末で出てきそうな、中学生がいるんだよ!」


 吹雪の問いかけに、仲村は困った様な顔をした後に右手を頭に乗せて、苦笑いをしていた。

 仲村は笑って誤魔化そうとしていた。


「ある意味、こっちがyouはshockやな」


「誰が、上手い事ゆえってゆったんや!」


 修二のボケに吹雪がツッコムという、関西ならではの自然な漫才。

 別に彼等は故意にやってる訳ではなく、関西という自然の環境の中で、彼等が育った所で自然と身に付く物なのだ。


「そんで、写真の件は後にしてよ。さっさとろうぜ? こっちは準備万端で、月曜日から待ってたんだからよ!」


 仲村の口調が変わり言い終わると同時に、不意討ちの右ストレートで、修二の左頬を目掛けて放ったが、修二に簡単に避けられた。

 修二は戦闘開始だと感じた瞬間に、右フックで仲村の左脇腹を狙ったが、仲村は瞬間的に右腕を戻し左腕で脇腹をガードした。

 吹雪は仲村が動いた瞬間に、足下に『氷の覇気』で小さい柱を作り、それを吹雪の体から押し出す様にして、二人の戦闘から退けたのだ。


(おいおい、マジかよ! 全然、アイツの右ストレートが見えなかったぞ! それに品川の奴も簡単に避けて反撃しやがって……二人共、化物かよ)


 修二はゴリ押しで、仲村の左腕でガードしている所に力を入れる。

 仲村は歯を食い縛り、なんとか左腕を崩さずに体勢を保っている。

 少しでも気を抜けば、すぐにでも左腕と一緒に脇腹が吹っ飛ぶ状態だった。


(前の時と、力が全然違う!)


 仲村は日曜日と力が違う事に気付いた。

 修二と仲村が右拳で、押し相撲していた時は互角だったのに、今の修二の右フックの押し相撲は猛烈に骨に響く程の痛みだった。


「この前、本気マジでやるって言ったよな? テメェの骨が砕けるまで、力を入れ続けてやるぜ!」


 更に修二は足に力を入れて、右腕に力を増加させるが、窮地な筈の仲村は、余裕にも不気味に笑っていた。


「良いこと教えてやるよ。俺から離れた方がダメージは少ないぜ?」


 修二は仲村の発言の意味を理解できず困惑したが、仲村の足下に気付き眼を向けると水が溢れて、水溜まりになっていく。


「これはッ!」


 そして水が四方八方へと爆砕した。爆砕した水の破片はコンクリートの地面を抉り、クモの巣の形で破壊されていた。


 修二はガードする為に仲村から離れ、両腕で顔をガードをするが、爆砕した水は修二の右太股と左腕上腕を貫いた。


 他の箇所はかすり傷程度で済み、なんとか戦闘は続行できる状態だった。


 吹雪は爆砕した水が、流れ弾から相川を守るために、咄嗟に彼の前に立つと、瞬く間に氷の壁を作った。

 だが、吹雪は驚きでは無く仲村の圧倒的な力にゾッとした。

 そう、それは四方八方にぶちかました水の弾丸が氷の壁を眼前まで抉りとった。


(嘘だろッ! 厚さ十ミリを二秒で形成してんだぞッ! それが八ミリまで来てんじゃねぇかッ! ふざけんなよ)


 もし、この水が貫通して威力が死んでいなかったらと考えると…吹雪は仲村の力に格差を感じ、自分との実力差に絶望をした。


(水を爆砕して、氷を貫通する威力…『爆破の覇気』ではないな。爆破なら俺が死んでた。水をあんだけの威力で周りに撒き散らすのは、余程の集中力と技術と鍛練が必要――つまり、アイツの『覇気』は、多分『水』だ)


 修二は師匠の教えに自分の勘と経験を織り交ぜて、周囲の状況から考察していた。


(左腕は動くが、やっぱイテぇな。骨に亀裂入ってんじゃねぇのか? けど、楽しくなってきたぜ)


 仲村は薄く笑いながら左腕を擦り、構えを止める。


「俺にダメージが無いのは気にならないか?」


「俺なりの考えだが、体に付いてる水滴で水を操り、それをクッションにしてゼロにする。『水の覇気使い』って事で良いよな?」


「正解、そんじゃあ正解者には――『水鉄砲』で攻撃だ」


 仲村は親指を立て、人差し指と中指の二本で指鉄砲の構えを取る。


 仲村は右手の人差し指と中指を修二に向けると、さながら拳銃を発砲するかのように、上下に振り上げた。


 その発砲した動作の瞬間に、修二は数メートル飛ばされ、アスファルトの地面に頭から激突して倒れた。

 それからピクリとも指一つ動かなくなった。

 吹雪と相川には何が起こったのか分からず困惑していた。


「俺の『覇気』ッスよ。ピンポン玉程度のサイズの水を音速の速さで飛ばしたんッスよ。運が良ければ骨だけで……!?」


 呑気な状態で口調が戻り、敵の二人に悠長に説明していた仲村は驚きを隠せない表情でいた。

 頭から地面に激突し、ピクリとも動かなかった修二が、平然とした顔でゆっくりと起き上がり、首をポキポキと鳴らし、懐から櫛を取り出しリーゼントを整える。


「嘘って言って欲しいッスけど? 完全に勝った気でいたのに――めっちゃカッコ悪いじゃないッスか」


 仲村が言い終わると同時だった、修二は櫛を懐に仕舞いこんだと思えば……一瞬にして仲村の眼前に右拳を大きく振りかぶった修二が現れ、

 ズン!

 強烈な右ストレートが仲村の鳩尾に打ち込まれた。


 殴られた仲村は、くの字に折れ曲がり派手にぶっ飛ばされた。仲村が歩道に埋められた樹木に背中から打ち付けられると、樹木はミシミシと悲鳴をあげた。

 辛うじて仲村を受け止めようとしていた樹木だが、あまりの衝撃に耐えきれず、ついにはその身をぶち折れてしまった。


 その威力を見た、吹雪と相川は口をあんぐりと開けて、鼻水をたらし、だらしない顔と驚愕で修二のパンチに驚いていた。


「殺人パンチだろ……ありゃ……」


「あのパンチは絶対に受けたくないよね……」


 修二は満足気な顔をしておらず、むしろ不服そうな顔をしていた。


「おい、立てよ。水でクッションにして、ダメージを減らしてんだろ?」


「せ、正解――ッスよ」


(いや、イテぇよ! 水で前後クッションしたからって、衝撃で木を折るとか化物ッスか! 意味分かんねぇッスよ!)


 仲村は修二の攻撃を受ける前に、鳩尾にバスケットボールサイズの水を作り、修二の拳を包みこむ計算だったが、修二のパンチは衝撃が鳩尾まで伝わり、その衝撃で飛ばされたのだ。

 そして飛ばされ、背後に樹木がある事に気付いた仲村は、後頭部と背中に水を覆いダメージを減らそうとしたが、衝撃が残っていたのか、鳩尾と木にダメージが行き渡っていた。


 だが、仲村の表情が余裕なのは、相手に自分が危機に陥っている事を悟らせないため。すなわち虚勢であった。仲村は修二にビビりながらも立ち上がるが…


「おーい、品川! 油断すんなよ、もしかしたら余裕な表情しといて、実は腹黒い事を考えてるかもしれねぇぞ?」


 吹雪の余計な一言で修二は身構え、いつでも来いという戦闘態勢だった。


(アイツ殺す)


 仲村は余計な一言を言った吹雪に対して、睨み殺意を沸かせていた。


 仲村がずっと睨んでいると吹雪は気づいた。

 睨んでいた事がバレないように仲村は眼を修二に逸らし、戦略を立て直そうとする。


 だが、仲村が考えている素振りを見て修二は隙を突き、再び一瞬で仲村に詰め寄る。

 大きく振りかぶった右ストレートが弾丸のように仲村の顔面に放たれた。

 仲村は上半身を反らし、修二の弾丸ストレートが空を切る。


「隙あり!」


 仲村はチャンスだと勘づき、修二の懐に入りボディに数発、パンチを叩き込んだ。だが、体勢が悪いため拳に力が乗らず、修二を怯ませるには至らない。


 仲村のこめかみを両手でガッチリと掴み、鬼の形相で頭突きを放つ。仲村は苦悶の表情を浮かべ、修二は何回も頭突きをする。


 仲村は息を荒く前蹴りを放ち、修二を飛ばし離れるが、修二はしぶとく仲村に攻撃を仕掛ける。仲村は右手で『水鉄砲』の構えを取り、修二の体に数発を発砲した。水の弾は修二の体に当たる前に、蒸発をする。


 仲村は修二から出た蒸発を見逃さず、修二の大振りのパンチを避け、コンクリートの破片を三つ拾い、再び『水鉄砲』の構えを取り、発射する。

 修二は右拳で、その音速の水玉を殴ったが、修二は苦悶の表情を浮かべ血だらけの右拳を押さえる。


「一瞬ッスけど、アンタの『覇気』が分かったッスよ。『炎の覇気』、発動スピードは遅く、継続時間は長く、俺と相性が良いんッスけど、蒸発されるから良いのか悪いのか――さっきのパンチも肩と肘にジェット噴射の様に加速を付けてダメージを与えたんッスよね? それに体の温度を上げて『水鉄砲』の水を蒸発させた。けど、水で覆った不純物だけは蒸発できずッスよね?」


「それがどうした! だったら不純物ごと破壊すれば……」


「その体力が残ってたらの話しッスよ?」


 仲村の指パッチンで、前にダメージを受けた左腕上腕と右太股の傷口から血が勢いよく吹き出した。

 修二は倒れかけるが右手で体を支え、左足で何とか立とうとする。


「さっきの爆破で、俺の水が傷口に侵入してたんッスよ。けど、俺は人殺しなんかしたくねぇんで、降参してくれたら止めますよ」


(っていうか、もう限界なんッスけどね。これ以上、戦うと俺がしんどいっていうか――降参してくれたら、嬉しいんッスよね。立たないでくれよ、足がガクガクだし、アンタの鬼の形相の頭突きで結構、意識が飛び飛びなんッスよね……)


 修二は歯を食い縛り、左上腕に右手を当てる。

 左上腕から何かが焼ける匂いと音が、吹雪と相川にも分かるぐらいに臭った。

 そう修二は焼いて傷口を塞ぐ、焼灼止血しょうしゃくしけつほうを用いて、血を外部に流れるのを止めたのだ。

 修二は涙目になりながらも、震えながらも右手で右太股にも同じく焼いて傷口を塞いでいた。


「そ、そんな無茶苦茶な事って――」


 仲村は修二の異常な行動に度肝を抜かれ、恐れていた。

 『カンザキシノブ』とは違う、別の恐怖を感じ心の底から怯え震えていた。


「バトルに無茶苦茶もクソもあるかよ、どうやって相手を負かすか考えりゃあいいんだよ」


 修二は眉をひそめ、額に青筋を浮かべ、震えながらも立ち上がり、前へと歩き出し、右手に炎を纏う。

 仲村も負けじと、残り二つの石を水を覆い『水鉄砲』で発砲する。

 だが、軌道がズレていたため修二の両肩を掠めるだけの結果となった。怒気を孕ませて悠然と目の前まで歩いてきた修二に仲村は、心と、心臓を鷲掴みされたように恐怖で支配された。


「吹っ飛べ!」


 修二は残りの体力を振り絞り、仲村の左頬に猛烈な右ストレートを喰らわせる。

 仲村の脳内は空間と視界を揺らし、アスファルトの地面に気絶して倒れた。


「いいバトルだったぜ……」


 修二は仲村に清々しい表情を浮かべ、力が抜ける様に地面に座り込み、一息を入れる。

 吹雪も相川も一安心した様子だった。


「それより病院行こうよ、傷を焼いたからって細菌が侵入してるかもしれないし」


 相川は修二の近くまで、走り込み傷の様子を注意深く見る。


「あぁ、そうだな。それとアイツも病院に連れて行ってやってくれねぇか?」


 修二は仲村を指差し、後一人担げないかと頼んだのだ。


「こっちは任せろ、相川」


「うん!」


 吹雪が修二の相手をするが、吹雪が担ごうとすると修二が重すぎて、持ち上がらないのだ。


 吹雪は「一体、何食ったら こんなに重くなんだよ!」と悪態をつく。そんな声が聞こえながらも相川は仲村の怪我の様子を見る。


「あ~ 負けちまったんッスね。これじゃあ兄貴にどやされるッスよ」


 仲村は気絶した数秒後に意識を取り戻し、腕で目元を隠していた。

 相川が近づいて来た事に気づき、そのまま相川に話しかける。


「情けねぇッスよ、勝てると思ってたのに――悔しいッス……」


「――病院行こう。もしかしたら、細菌が入って危ないかもしれないし、それに――また、リベンジすれば良いと思うよ」


 仲村は相川の言葉に、自分の心が耐えきれず涙を流してしまう。


「……次は……負けねぇッス!」


 相川は仲村の涙が止まるまで、数秒待ち、止まった所を見て仲村を担ぎ上げる。

 だが、何かの異常を察知したのか仲村は背後を恐る恐る振り返る。

 同じく修二も、仲村の背後の見えない“何か”に目を見開き、異常な気配の存在を感じたのだ。

 突如として四人の目の前に“黒い渦”が出現し、渦から“黒い靄”の足らしき物が現れ、次第にみるみると“黒い靄”が人の形をなす。


 吹雪は知っていた。

 アイツが“何者”なのかを――


 仲村は知っていた。

 その者に忠誠を誓った、主人の事を――


 修二は思い出した。

 吹雪の話にあった、記憶の片隅にあった“最強”の『覇気使い』の事を――


 相川は思い出した。

 あの時の恐怖と異常な威圧感を――


 それは誰もが気になり、『覇気使い』なら欲しい“最強の座”……覇気使いの頂点に君臨する『覇気使い最強』の者。


「アイツが――『カンザキシノブ』」


 修二が一言呟くと、“黒い渦”は霧の様に消滅して、『カンザキシノブ』の頭らしき物が、こっちを向いて……


「仕事を抜け出して、迎えに来たんだぞ? さあ、早く帰るぞカズ」


 この場にいる者が絶望と恐怖と格差の違いを思い知らされる始まりの場面だった。

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