第3話 リーゼントは大丈夫か?中間テスト!?

 四月二十日、日曜日のある晴天の空に……


(この俺、品川修二は大事な事を忘れていた。それは学生の大半は、この試練を突破しなければならない…その試練とは!)


「おい、黙って中間テストの勉強しろよ」


 吹雪は怪訝な顔をして、修二の不可思議な言葉を不快に思いながらツッコミを入れる。


(あれ? 心で話してるのに!)


「全部、口から駄々漏れだよ?」


 相川は苦笑いをしながらも、修二の心の声を指摘をする。


「それは、すまなかった」


 修二は自分の行動に非があったのを認め、率直に謝罪をした。 


 三人は週末を利用して、少し古く感じる喫茶店に集まり、『カンザキシノブ』の情報収集と近況報告をしていた。

 だが、『カンザキシノブ』の真新しい情報がなかったので、相川が提案し暇だからやってみたという感じだ。


 その数分後、修二は青ざめた顔で、吹雪は嫌そうな顔をしながら勉強していたのだ。修二は、何かが壊れたのか、一人でナレーションをしてしまう程に勉強が苦手だったのだ。


 因みに、三人は何時もの学ランではなく見慣れない私服だ。


 吹雪はグレーのパーカーに下は白のシャツ、青いジーパン、黒のスニーカー、それにモテたいのか銀色の十字架のネックレスを身に付けていた。

 少しチャラさが見える服装。


 相川は赤と黒のチェックシャツの長袖、黒のジーンズ、赤いスニーカー、黒縁の伊達メガネを身に付けていた。

 至って普通の真面目な感じの青年。


 修二は背中に虎の刺繍が入った青いスカジャン、中は赤のシャツ、黒のジーンズ、赤いスニーカーを身に付けていた。

 完全にヤンキースタイルだった。


 この見た目が異様な修二に、絡まれない様に周りの席はガラリと空いていた。店の従業員ですら最初の注文受けただけで、近づこうとは思わなかった。


「確かに、中間テストなんかやってられねぇよな?」


 吹雪は机にペンをほうり投げだ。そして脚と腕を組み、気だるそうに椅子にもたれかかる。


「うん、そうだね。中学生の時でも、宿題は無いって思ってたからね、勉強ってダルいよね?」


「それよりさ、気になったんだけどよ?なんで、俺たち勉強してんだ?」


 修二の、その一言で周りは静粛し、空気が冬でもないのに凍てついた。


「おい、さっきの話しを聞いてなかったのか?中間テストだって……」


「海道高校って、アホ学校で有名で平均点三十以上、取っておけば進級できるんだろ?」


「そ、それは……」


 相川は冷や汗を流し、目を泳がせ、修二の質問に狼狽えていた。


「俺は他の学校じゃあ点数取れないから、海道に来たけどよ、俺より頭がいい二人は、海道に来なくても良かったんじゃあ?」


「俺は、出席日数と素行不良のせいで、ここ海道以外の関西地方の高校は全部、断られた」


「僕は、面接が駄目で…ここに来たっていう感じかな?」


 二人とも、洒落にならないレベルでリアルな話しをしていた。


「吹雪は問題児なんだな。それじゃあ、美鈴ちゃんも問題児なのか!?」


「いや、アイツは普通にバカだから問題児じゃねぇんだ」


「賢そうに見えるけどな」


「スタイルはいいが、知能が品川以下なんだよ」


「そこまで言わなくても……」


「そうだぜ、吹雪?」


「アイツのバカっぷりを見たら、驚くぜ。なにせ、いい国作ろう鎌倉幕府なのによ、いい肉作ろう室町時代っていう意味不明な発言をするんだぜ?」


「――吹雪くん。ごめんだけど、鎌倉幕府は一一八五年に作られて、いい国じゃなくて、いい箱なんだ。」


 相川は申し訳なさそうな顔をして、吹雪の間違いを訂正した。


「へぇ~、それは知らなかったな。流石、相川だぜ! 吹雪の奴、間違いを論破されてバチが当たったぜ!」


 修二はゲス顔を腹を抱え、吹雪を指差した。

 そして、苦笑いの相川の肩を抱き、ゲラゲラと笑っている。


「テメェ! 冬眠させてやろうか!」


 吹雪はキレて、椅子から立ち上がり、鬼の形相で構え、手のひらから『氷の覇気』の冷気を出す。


「だ、駄目だよ! 喧嘩で『覇気』を使うのは!」


 相川は、必死で、おかしく馬鹿げた喧嘩を止めていた。

 三人は、つかの間の日常を謳歌していた。



 海道の中心には、色彩豊かなステンドグラスが煌めく、木造の大聖堂がそびえ立っていた。

 その大聖堂は海道が建設される時に、最初に出来た建物である。そこではイベントや催し物に使われる事が多く、今となっては海道のシンボルなのだ。

 その、大聖堂の見晴らしのいい部屋で、窓から外の様子を見ていた男がいたのだ。


「……」


 その男は神崎忍だった。


 服の上からでも分かる、綺麗な大胸筋。彼は黒と白の線が入ったストライプのジャケットを着こなし、中には紺のワイシャツ、ジャケットに合わせるようにストライプのスラックス。

 更に高級感が漂う黒のプレーントゥを身に付け、サングラスをかけて無表情で、腕組みをして窓から人間観察をしていた。


 その背後の扉から、コンコンというノックをする音が部屋に響き渡り、忍は「入れ」という一言だけを伝え、入室を許可したのだ。


「失礼いたします。忍様、紅茶とスコーンをお持ちしました」


 一人の年老いた執事が、紅茶のポットとコーヒーカップとスコーンの入った皿を乗せた、ワゴンカートを押しながら部屋に入る。

 ワゴンカートを押し、テーブルに近づくとテーブルクロスの上にポットとコーヒーカップとスコーンを配置していく。忍は、人間観察を止めて気品良くアンティークチェアに座る。


 執事は、ポットからコーヒーカップに紅茶を注ぎ入れる。見るからに、注がれた紅茶は湯気が立ち込め、熱そうだ。忍は、取っ手を指で摘まみ、持ち上げ、香りを嗅ぎ、唇にカップをつけて、音を出さず綺麗に飲む。

 そしてカップを置き、執事に顔を向ける。


「アールグレイですか、美味しいです」


 物腰の柔らかい口調で執事に問いかける。


「ありがとうございます。忍様のお気に召されたのは、光栄の極みでございます」


「――話しは変わりまずが、親父は何処にいますか?」


「洋様なら礼拝堂で結婚式の準備をしております」


「なら、仕方ないですね。すみませんが、全て下げてくれませんか? これから大事なお客様が来られるので……」


「承りました」


 執事は、ポットとスコーンとカップをワゴンカートに乗せて、部屋から退室する。忍はサングラスを取り、胸ポケットに仕舞い足を組む。そして、ノック音が部屋に響き渡り「入れ」と忍は再び入室を許可したのだ。


「やあ、兄さん。久し振りだね、僕に何か用かな?」


 入室したのは忍に瓜二つの金髪の男だった。その男は忍の反対みたいな存在だった。白いスーツに黒のワイシャツ、白いスラックス、白い革靴の忍と同じプレーントゥを身に付けた忍の弟。

 この男の名前は神崎輝かんざきひかる、神崎忍と双子の兄弟である。


「まあ、座れ。最近の調子はどうだ?」


 輝は忍の指示で、ゆったりと気品よくアンティークチェアに座り対面する。


「まあ、普通かな? あまり面白い事なんて身近に起きないからね。兄さんは?」


「一ヶ月、外国に行ってみたが、まあまあ少し楽しめた。周りに『覇気使い』のいない日常に少し違和感があったがな。それに比べて海道にはそう言う奴等が相変わらず集まるが……俺は街自体あまり好かん。それはそうと帰り道に久しい奴を見かけた」


「へぇ~、どんな人?」


桐崎流星きりさきりゅうせい。今まで何処で何を、こそこそしていたと思えば、二人目の弟子が出来たってほざいていた。それも俺を倒す奴を見つけたという冗談だ。笑えないな。流石の顔見知りでも俺の実力は分かってるのにな?」


「もしかしたら、兄さんを倒す者って、本当に存在するかもしれないよ?」


 輝の発言により、他愛のない兄弟の話は空気が凍てつき、一触即発の事態になった。


「――お前がそんな事を言い出すとはな、流石のお前でも……」


 忍は輝が桐崎の話で冗談に乗っているかと思い許そうとしたが、次の発言で史上最悪の兄弟喧嘩が勃発しようとしていた。


「何を恐れてるの? 兄さんが最強ならそいつを倒してしまえば、いつものままじゃない?」


 忍は立ち上がり、穏やかな表情は崩し冷たい目で輝を見下した。背後の窓からは、突如として雨雲が現れ雷雨が振り出した。



 数分前に戻り、修二たちは大聖堂の前にいた。

 何故、修二たちが、ここにいるのかは、喫茶店で勉強をするのに飽きてしまい、そこで修二が「最後に大聖堂を見て帰ろう」と言い出したからだ。


「ここが、海道のシンボルの海道大聖堂だね」


「数年見てなくても、デカイな!」


「なあ? あの大聖堂の隣に建っている教会は?」


 吹雪が指を差し、木造の小さな教会に興味を示して相川に聞く。


「あれは、最近できた神崎教会だよ。大聖堂の神父だった、神崎洋かんざきようさんが司祭をしているよ」


「へぇ~、神崎教会ね。普通なら海道教会とか地名とか、意味のある名前を教会に付けないか?」


「確かにね、なんでだろう?」


「なあ? なんか感じねぇか?」


 修二は、周りをキョロキョロと見渡し何かを感じると言う。吹雪と相川には何も感じなかった。

 だが、修二が発言した数秒後に、相川の足が膝から崩れ落ちた。ガタガタと寒気がする様に、体を抱きよせ、自分の体を暖める体勢に入っていた。それにあてられ吹雪が目を見開き、恐れていた。

 それに続き、雷雨が振り出した。


「あ、アイツだ! 『カンザキシノブ』だ! アイツの気配だ!」


 吹雪は四つん這の状態になり、過呼吸になりながらも、この違和感の正体を知って放った言葉は、修二たちが探していた『カンザキシノブ』だった。


「…『カンザキシノブ』は、こんな異質な気配を放つのか!」


 修二は吹雪の情報通りのの人形を探すが見つからない。



 大聖堂の一室に戻り、男の発言で険悪な雰囲気になっていた。


「……」


「殺気を抑えないと、僕とで戦う事になるよ?」


 少し事態が危うくなったのか、輝は真剣な顔になり忍に力を抑えろと伝える。


「弟でも言っていい事と悪い事があるぞ?」


「自分が負けないと思ってるの?」


「相性が悪くても、俺が勝ってた」


「今まではね、この十八年で兄さんに勝った者はいなかったけど、今回は、いつ、何処で、何で、負けてもおかしくはないよ?」


「お前、その口振りだと、桐崎に会ったな?」


「あぁ、久し振りに会いたいなって、思って会って来たんだよ?」


「桐崎に何を吹き込まれた!?」


 忍の怒号が部屋に響く。輝は体制を崩さず忍と対峙する。


「シンプルだよ? 兄さんを倒す、お弟子さんが出来たって喜んでたよ? そいつは馬鹿だが、鍛えれば兄さんと互角には戦えるってね」


 その発言で、窓ガラスに亀裂が入り、更に地面が大きく揺れ始めた。それは海道や他の地域を揺らす地震だった。


「感情に流されて、力の半分以上を出すのは止めなよ。街が壊れるよ?」


「街が壊れるのは、それまでの事だ」


「関係のない人物を巻き込むのは、どうかと思うがな? 神崎忍」


 その二人の会話に入り込んだのは、髭面でトレンチコートを身に付け、コートの下はスーツの男、つまりは刑事コロンボ風だった。その男はドアの近くにいた。


「―――桐崎流星、随分と好き放題言ってくれたな?」


「事実だ。それと宣戦布告をしにきた」


 桐崎は、コートから果たし状と書かれた封筒を机に投げる。

 忍は、封筒に目もくれず桐崎だけを睨み見ていた。


「あの時、消すべきだったか?」


「消してもアイツは必ず、お前に辿り着く」


「だったら今から、そいつに助けてもらうのはどうだ!」


 忍の背後からが出現した。それがヤバイと思ったのか輝が忍の目の前に立ちはだかる。


「兄さん、大聖堂を壊す気?」


 その一言だけで、忍は黒い渦を消滅させ、殺気を抑えると地震も雷雨も止まった。

 輝は心の中では一安心していた。


「それで用件はなんだ?」


 忍は桐崎が来て不機嫌なのか椅子へ乱暴に座り直し、桐崎に向かって怒気を込めて問いかける。


「その果たし状に書かれてる通りだ」


「目的を言え、話しによっては見逃してもいい」


「ほざけ、話しが終わっても、襲撃されるのは目に見えている。だったら、果たし状を読んでいる隙に逃げるのが得策だ」


「…ならば今回は見逃す。それなら、さっさと用件を言えば終わる」


 忍は桐崎のペースに巻き込まれないようにしていたが話しが一向に進まないので、桐崎に襲撃はしないという口約束で済ませる。


「――お前の態度は気に食わんが、話しが進んでないのも事実だからな」


 かたくなに、果たし状を読まない忍に桐崎は机にあった果たし状を手に取る。

 桐崎は面倒くさそうに中身を開けて、手紙を広げる。そこで何かを思いつき……


「拝啓、神崎忍様、お元気でしたか? 私はとても元気で……冗談だ。俺がこんな堅苦しいヤツを書くわけねぇだろ? だから殺気を抑えてくれねぇと読めねぇだろ?」


 桐崎は、で、果たし状に書いてもない事を発言していたが、忍に見透かされ圧力を掛けられたので、諦めて果たし状通りに読む。

 内心は「神崎め、面白くない奴」と少し残念そうにしていた。


「この馬鹿げた、『覇気使いバトル』を終わらせろ以上だ」


「……ただ終わらせるのか?」


 忍は言葉に反応したのか、忍は少し考え桐崎に言わせたくない事を言わせるように仕向けた。


「そう言うと思った。仕向けるのはしたくなかったが『覇気戦争』をしたい」


 それを聞いた忍は真剣な表情になり、桐崎の提案を受けるべきか考えていた。


「戦争となると、被害はどれぐらいなのかも知っているよな?」


「そこは、お前等のお得意の処理があるだろ?」


 忍は椅子から立ち上がり、窓に近づき外を見て手を顎に添えて考える。決まったと同時に振り向き…


「…輝、柏木さんに連絡しておけ。『覇気戦争』の始まりだってな!」


 忍は口元が緩んだ状態で輝に命令をする。桐崎は忍の邪悪な笑みには恐怖をしたが、輝は何もなかった様に部屋から退室する。残されたのは、忍と桐崎だけだった。

 桐崎は用がなくなり退室しようとするが…


「おい、桐崎流星」


 あの邪悪な笑みが消えた忍に呼び止められ、桐崎は何も考えないで振り向く。


「お前の弟子が、この戦争で死ぬことになれば、お前はどうする?」


 忍の急な問いに桐崎は「なんだ、そんな事か」という拍子抜けた顔で忍の問いに答える。


「――所詮は、それまでの男だった。仕方ないで済ませるしかない。だが、アイツはそんなレベルでは無いだろ。アレは“馬鹿”で“最高”の男だからな。それじゃあな“天才”で“最強”の男」


 桐崎は忍に向かって鼻で笑い退室して、忍だけになった。忍は力が抜けた様に再び椅子に座り、顔を天井に向けて不気味に微笑んでいた。



 数分前に戻り、修二たちは……


「揺れと雷雨が収まった!」


 修二は吹雪と相川の介護をしながら、揺れと雷雨が収まったのを確認した。


「この化け物じみた気配を持った奴が、俺たちが戦う相手だ!」


 吹雪は深刻な顔をして、冷や汗をかき荒い息づかいをする状態だった。


(『カンザキシノブ』の奴、去年と違って更に強くなってやがる! もしかして、これがアイツの本気じゃなかったら…考えたくもねぇが、これは完全に勝ち目が無い。今の状態では…相川も、戦意喪失したかもしれない……クソッ!)


 吹雪は、地面を殴った。自分の浅はかな考えと自分に対する怒りで、物に八つ当たりをする。


「吹雪、今回の件で『カンザキシノブ』が、どんだけヤバイ奴か分かったぜ。お前スゲェよ、こんな奴を相手にしようって――最後まで、付き合わせてくれ吹雪」


 真剣な顔で修二からの、驚愕の発言に吹雪は呆れ返って笑っていた。

 四つん這いの状態から、膝を曲げ腕を乗せた体勢を取り修二に覚悟が決まった顔をして…


「お前、本当に馬鹿だろ? 俺も吹っ切れたからよ、もう二度と巻き込めねぇなんて言わねぇよ。これからは、やりたい奴だけやる」


 吹雪は心身共に疲労した相川に目をやる。相川も吹雪と……否、もっと酷い状態だった。


「ぼ、僕は大丈夫だよ。無理は…してない、から……」


 立ち上がろうとした相川が前から倒れそうになり、修二は必死な顔をして地面に当たる前に抱え、相川を助けた。


「取り敢えず、病院に行こうぜ。まだ、父ちゃんが勤務してるからよ」


「あぁ、分かった。立てるか?」


 二人は、相川を病院に連れて行く為に担ぎ大聖堂から離れる。その大聖堂の入り口で、輝は真剣な眼差しで三人を見ていた。


「彼等が最後の希望になるんですね?」


「今は、それに賭けるしかない。神崎忍に一矢報いれば、この先の強敵に出会っても乗り越えられる。今の奴等は、その壁に激突している最中だ」


 輝の背後から、桐崎が現れ、今後の話しをしていた。それは、近い未来に魔王神崎忍以上の敵が現れても対処できるように未来の話をしていた。



 翌日、修二と吹雪は海道病院に訪れていた。相川は大聖堂の前で疲労で倒れたので、様子を見て一日安静という事で入院していた。

 相川の病室に入り、軽い挨拶をして丸椅子に座る。


「もう平気か?」


 修二が心配な顔をして安否を確認する。


「うん、もう大丈夫だよ。いきなりの緊張で疲労してたみたい」


「相川、本当に無理しなくて良いんだぜ? 自分が変わりたくて、俺たちに絡まなくても、他の奴等でも変わりは……」


 吹雪は昨日から心の中で自分を責めていた。


 吹雪は相川を『カンザキシノブ』を討伐するなんて無茶な考えに付き合わせ、この様な事態に自分を責めていた。


 その葛藤で昨日は眠れなく、少し寝不足で目の周りは隈ができていた。


 そして吹雪は、これから相川に『カンザキシノブ』と戦うのが嫌になったなら、俺たちに構わず、相川の学園生活を送れと言いたかった。が、相川の答えは……


「君たちじゃないと、駄目なんだ……」


「?」


 二人は理解できなかった。相川の声が震え、何かを必死で伝えようとしていた様に見えて、呆然と相川が言い終わるまで口を出せなかった。


「……確かに、他の人たちと一緒に過ごしてたら、何も巻き込まれないし、普通の学園生活を送れるかもしれない、けど!」


 相川は涙を流し、シーツを力いっぱい握りしめていた。その表情は怒っていた様にも見えて、悔しそうな顔になっていた。


「君たちと過ごして、僕は! 気弱な自分に腹が立ってた! 品川くんは、コソコソと行動してた、怪しい僕に声をかけてくれた! 吹雪くんも敵かもしれない僕を仲間に入れてくれた! それなのに! 僕は! 君たちといれば、何か変わるかと思い上がり、君たちを利用していたんだ! 弱い僕だから、せめて僕にも小さい事でも良いから! 君たちと一緒にいさせてくれ! 君たちじゃないと何かが変わらないと思ったんだよ!」


 部屋に響き渡る必死な表情の相川の全力の告白に、二人は黙って聞いていた。修二は何かを考える顔をして、吹雪はじっとそのまま相川を見ていた。そして、その気まずい静粛を破ったのは…


「そんな、くだらねぇ事で悩んでたのか? そんな気にしなくても、俺たちも相川を利用してたぜ」


 笑顔の表情で優しくしたのは吹雪だった。


「え?」


 相川は予想外の答えに驚愕を隠せない表情でいた。


「俺たちはエスパーでなければ超能力者でも無い、ただ一般人とは少し違う能力を持ってるだけだ。力を持ったからって、人の心まで読めっていうは無理な話だぜ。けどよ、俺たちは相川の頭脳を利用してたんだぜ?」


「それって――」


「例えるなら、コイツは馬鹿でどうしようもねぇけど、力はある。俺は思いたったら、すぐ行動の半端者だ。だから、喧嘩になってリミッターのお前を俺たちは利用してたんだ。まだ、これでも思い悩むなら、テメェの力を見せつけてみろ!」


 吹雪は真剣な顔で説教し、相川を納得させた。呆然としていた相川は曇らせ顔をうつむかせる…


「ありがとう!」


 笑顔で感謝の言葉を二人に伝える。そして珍しく、黙って聞いていた修二は…


「あのさ、二人の会話が半分聞き取れなくて、よく分からなかった」


 吹雪は修二の失礼な発言に、間抜けな表情でズッコケた。


「テメェ! 俺がカッコよく決めてたのに!」


「お前等の話なげぇから、俺に分かるはずねぇだろ!」


 二人は怒った表情で取っ捕み合いの喧嘩を始めて、相川が仲裁に入る。それは騒がしいが、三人が不快になる喧嘩ではなかった。


「あのさ、何か忘れてない?」


「…中間テストの勉強だ!」


 間抜けな表情で修二と吹雪がハモって、本来の事を忘れていた。



 場所は変わり、海道の街から離れた先にある森に一つの屋敷があった。その屋敷はレンガや木などで建設されており、周囲には霧で覆われ、森が薄気味悪く、誰も簡単には立ち寄れない様になっていた。


 そして屋敷の部屋には一つ小さな光が一つ。部屋の中心に、アンティークチェアに座って足を組み、右拳で頬杖をつく、サングラスを着けた神崎忍がいた。


「……柏木さん」


 ある人物を呼ぶ。扉からキャソック司祭平服を着た扉と同じぐらいの大男が静かに入ってきた。


「なんのご用で?」


 深みのある声で返事をする。


「この海道にいる、『覇気使い』全員の情報を集め書類にして、カズ…いや、三銃士を呼んで来てください」


「かしこまりました」


 柏木は部屋から退室して忍だけになった。


 忍は立ち上がり、部屋の端に置かれたショーケースにゆっくり近づく。

 鏡の板をスライドさせると中にはワイングラスが入っていた。

 机に置いてあったワインボトルを一瞬にして手に出現させる。その場でグラスに赤ワインを注ぐ。


 赤ワインの液体をグラスの中で回し香りを楽しみ一口飲む。

 忍は失敗したという顔をしてサングラスで目は分からないが眉をよせる。


「…まだ、熟成していなかったか、もう少しだけ時期を待つか」


 忍は一瞬で瞬間移動したかの様に椅子へ近づき座り、不気味に微笑みながら赤ワインの液体を回し少量ずつ飲み込んでいく。

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