測量士流星群

井中 鯨

測量士流星群


 エトランジェの祖父曰く、赤霞石せきかいしは、測量士流星群が近づく夜に鈍く赤い光を帯びると言う。


 そんなことを聞いたものだから、流星群が近づく夜は、窓枠に置いていた鱗草うろこぐさの鉢植えを片付け、居間にうやうやしく置いてあった赤霞石を窓辺に据えて、星の到来を待った。しかしエトランジェは、流星群がシャワーのように大地を洗い流す様を見ることができなかった。時計の針が律儀に頂点で重なりあう頃には、安らかな寝息を立てて深くベッドに沈み込んでいたからである。エトランジェはその晩、枕の向きを壁側ではなく窓側に向けたが、その小さな努力は実らなかった。


 翌朝、流星群と石の発光の観測失敗を俯きがちに報告すると、祖父は「五年後にまた流星群は来る」と励ましてくれた。いじけ気味のエトランジェを見た祖父はすぐさま話題を変えた。


「なぜ測量士流星群と呼ぶか知ってるかい」

エトランジェは皆目見当がつかないと答えた。

「では、明日までよく考えてごらんなさい。明日朝に答え合わせをしよう」そう言うと祖父はエトランジェに馬小屋の掃除を命じた。


 それから測量士流星群は三度、この汐霧平原しおぎりへいげんをかすめた。祖父はあの不思議な問いをした翌朝に羊小屋で眠るように死んだ。エトランジェも心の底から驚き、悲しみ、途方にくれた。当然、測量士流星群の由来のことなんてすっかり忘れてしまった。祖父が投げかけた謎は、悲しみと年月という鉄製の箱に入れられ地中深くに埋められた。


 その箱は不意に開かれた。エトランジェはある冬、調査団の一員として北烏群島きたがらすぐんとうにいた。この地域だけに住む海鳥の生態調査を行なっていた。岩場だらけの島でキャンプ地を設営するのは非常に困難だった。吹きすさぶ北風とそれにのってやってくる海鳥たちのきついにおいの中での作業は非常に骨が折れるものだった。作業が終わる頃には、太陽はその北限地帯特有の陰った輝きをさらに失おうとしていた。日暮れの中、焚き火に集い飯の仕度をしているとある団員が走り寄ってきてこう言った。


「向こうに洞窟があった。奥に進んだら赤霞石の鉱脈を見つけたんだ」


 エトランジェは、祖父が亡くなる前日のことを一気に思い出した。赤霞石の発光、測量士流星群の由来。それらは質感を伴って深い土の中から這い出てきた。石の手触り、その晩寝る向きを変えたこと、羊小屋のにおい、祖父の角ばった手。


 夕飯のあと、焚き火を囲んで皆で話をしていると、洞窟を見つけた団員がポケットから洞窟で採掘した赤霞石を取り出した。灰山羊色はいやぎいろの石の中にかすかに赤い輝きがあった。今にも消えそうな焚き木に灯る僅かな光のようだった。エトランジェは、皆に子供の頃の話をした。赤霞石の発光、それと流星群の由来について。皆一様に首をかしげた。そんな話は聞いたことがない。それに測量士流星群なんてものは存在しない。流星群の到来と石の発光に因果関係はない。


 祖父はいわゆるホラ吹きではない。だから周りの者に、ありのままの事実を伝えられてもエトランジェは動じなかった。祖父は嘘をつくような人ではないからだ。測量士流星群という名の流星群は存在しないそうだが、ある地質学者は、時期的に考えて十一月中旬に南の空に降るものをさしているのではないかと推測した。その流星群の名前は実に事務的なものだった。


 祖父がこの世に置いて残した石と星の謎は、また蓋をして地中に埋めることにした。エトランジェはそう決めた。自分に子供ができたら掘り起こせばいい。祖父の置き土産に思いをはせる。少年を慰めようとした時に出た不意の洒落なのだろうか。いや、実際に星が降る夜に石は光って、測量士流星群には、それ相応の由来があるのかもしれない。あるいは、わからないことをわからないままにする喜び、わからないことを考え続ける幸せを、祖父は旅立つ前にエトランジェにそっと残したのかもしれない。

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測量士流星群 井中 鯨 @zikobou12

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