0-12. 寂れた古書店
さて、ボクが生きた時代の話を少ししようか。
1970年代だったかな。少なくとも、キミが生まれる前だ。
ボクには友人はさほど多くなかったが、知人ならばそこそこいた。……その1人について、話すとしよう。
***
「お、龍坊!元気にしてたか!」
「見ての通りピンピンしてらぁ」
店主のハキハキとした声に、ゴロツキ風の男は気だるげに答えた。
「どうだい組の方は?」
「あんまそういう話しすぎっと目ぇ付けられちまうぜオッサン」
「今更何言ってんだ。こんなへんぴな所、とっくに変なヤツら御用達だよ」
「おうおう。いい返事なこって」
にやりと小気味よく笑い、タバコ臭いスーツを着た男はぐるりと店内を見渡す。
「つまんねぇもんばっかだな」
「そりゃお前さんみたいなのには分からねぇ良さだよ」
「馬鹿にしてんのか。ま、土産にテキトーなモン……お?」
ふと、平積みにされた一角の古ぼけた本に目が止まったらしい。乱雑に拾い上げる。
「アカマツなんとか?……どっかで聞いたな」
「聞いたことねぇ訳者だよ。それ一冊しか出してないし」
「マジで?何かどっかで……何だっけな」
「ヤクザもんのツテで有名とかじゃ?」
「あー、かもな」
適当に返事をしてパラパラと捲り、すぐにパタンと閉じる。
「無理」
「早すぎだろ」
読むことを諦めたゴロツキに、唐突に背後から声がかかる。
「……失礼、その本は?」
「うおっビックリした!」
「おお、お客さんか。いらっしゃい。外人さん?」
「ええ。クロードと申します」
「こりゃご丁寧に」
クロードと名乗った男は、件の本をじっと見つめ、厳つい節くれだった手から素早く奪うように取り上げた。
「これ、いくらです?」
「その一角は一律50円だよ。あそこの喫茶店なんかよりうんと安い」
「コーヒーに100円とか150円とかボッタクリだよな」
「ま、物価がどんどん上がるからねぇ」
しばらくパラパラと立ち読みしていた銀髪の男は、やがてカウンターにひらりと紙幣を置いた。
「お?100円もいらないよ兄ちゃん」
「受け取ってください。実は私も趣味で翻訳をしているんですが、この本に日本語訳があるとは知らなかった」
嬉しそうに語るクロードだが、やがて視線を感じて振り返る。
「何ですか?」
「……いんや?気にすんな」
「龍吾はこう見えてヤクザの若頭だ。喧嘩売るなよ?」
「おや?そうだったのですか。てっきり宗教団体のメンバーかと」
「……矢嶋の爺さんは金払いが良くてよ」
「まあそんなことだろうとは思いましたがね」
わずかに張り詰めた空気が険悪な色になる前に、クロードの冷たい声が糸を断ち切るように発せられる。
「私はあなたにまったく興味はありませんので」
「あ?俺も喧嘩売られなきゃ特に」
「まあ、でしょうね」
買ったばかりの古本を手に、クロードは足早に立ち去っていく。龍吾も呼び止めはしない。
「……ま、ああいうとこには価値のある本も眠ってるもんだ。見る目のねぇ奴らだな」
「オッサン、たぶん別のモン万引きされたぜ」
「あ!?先言えよ!」
***
クロード・ブラン。
ボクの知り合いの評論家だよ。……本人は自分を吸血鬼だと語っていたが……はてさて、真相はどうだろうね。今回の件には関係のないことだ。
彼も研究者気質でね。ボクに、この物語の奥深さを教えてくれたのも彼だった。
懐かしい話だが……思い出話は、また別の機会にしようか。
「えっ、思い出話まで聞かされる可能性あるの?嘘でしょ」
それくらい付き合ってくれたっていいじゃないか。暇なんだ。
「君図々しいってよく言われない?」
言われるとも!クロードには100回くらい言われたね!反省も後悔も未練もない!
「そりゃ未練はないだろうけどさ……!?」
さて、続けようか。
「図々しい……!!」
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