0-11. Pause-Corvo

「ザクスが手駒にしやすい? 本気で言ってるのかな、君」


 我々の一座と昼食を共にする兵卒は少ない。彼らは音楽や物語といった娯楽にはさほど興味を持たないため、仕方ないとも言える。

 しかし、ジャン・コルヴォは例外だった。


「……だって、あいつバカじゃん」


 隣に座った少年の言葉を、物腰の柔らかい声色でたしなめる。


「バカって、むしろ扱いが大変だろうね。少しくらい知恵がある方が使いやすいから」

「……そんなもんなのか?」

「だって、反乱起こしやすいのも「バカ」じゃないか」


 あっ、と息を呑む声が聞こえる。

 この青年は、人の心にたやすく入り込める。本人もそれは自覚しているらしく、処世術として存分に利用しているのが見て取れる。


「寝返ると怖いって、一種の尊敬かもしれない」

「……すげぇ」


 まだ幼い楽士とは言えど、チェロも聡明な少年だ。少々背伸びしすぎるのは難点だが……。


「……で、モーゼは元気?」

「……あっ、クソ赤毛のことか! ムカつくぐらいピンピンしてるぜ!」

「口が悪いね。もう少し言葉には気をつけようか。……さて、諜報に回るのか、それとも寝返りか……情勢次第かな」


 慎重なジャンは、たとえ元親友であったとしても油断などしない。


「……そういう話は、ここではやめてもらえますか。知り過ぎると彼も危険なのです。チェロも、あまり深く聞いてはいけません」


 我々旅芸人は、すぐに始末できるからこそ、多くの人間と関わることができる。無論、危険もある。


「そうだね。ごめん。僕はまだチェロの演奏を聴きたいから、ここまでかな」

「……わかった」


 まだ話を聞きたそうなチェロも、グッとこらえて隣の幼い兄弟を撫でる。食事に夢中になっていた歌い手ソーラは、こてんと首をかしげて兄を見上げる。


「おいジャン話……って、そいつらといたのかよ」

「おや、噂をすれば」

「ホークニウムだっけか?なんか眠たい音楽出すヤツら」

「アナタの気質に合わないのは知っていました」


 この男は我々の音楽が好きではないらしい。だからこそ、チェロもよく噛み付いている。


「で?落ち着いた?相棒がいなくなって荒れたのは分かるけどね」

「言っとくけどよ、モーゼがいねぇとどんだけ困るか知ってんのか?」

「実害の方に目がいくのは流石だよ」

「たりめぇだろ。いつ死ぬかわかんねぇんだし。まああいつたぶん殺しても死なねぇけど」

「それは思う」


 話を聞きながらチェロが露骨に不機嫌になっていくのは、何もザクスの存在が気に食わないからだけではない。


「お前この国の言葉もうちょっとちゃんと喋れよー!!!」


 チェロの耳には、粗暴な南国訛りの言葉が少々聞き苦しかったらしい。




 ***




 ……さて、このページは実は特殊なんだ。


 物語には版というものがある。印刷された時期により、場合によってはかなり異なる翻訳、注釈になることも珍しくはない。

 そして、内容すら変わってしまうことも、ね。


 ……このページは、とある版には存在しない。

 まあ、先程の乱丁……「note-Palomarita」もそうなのだけど。

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