Q.18 どうしてこんなに心がからっぽなのかな

 肌を切り刻もうとするような風が吹き荒んでいる。そんな屋上にも関わらず、いつものように少年少女は背をアスファルトに密着させ、薄く白んだ空を見つめていた。


「ねえ。どうして私の心はこんなにもからっぽなのかな」

「俺が知るかよ」

「意地悪」


 少女の声は透明で、形がなく、スティックシュガーのように簡単に空の青に溶け込んでしまった。

 少年は眉をひそめる。


「からっぽならかたっぱしからなにかを詰め込んでいけばいいだけだろ。人間ってのは生まれた時からずっとそうやって生きてるんだからな」

「そうなんだ」


 少年は珍しく、泳ぐ鰯雲を目で追っていた。


「なにを詰め込めばいいのかな」

「それこそ俺が知るかよ」


 少女はいつも何を見ているのだろうか、と少年は一瞬気になったがすぐに忘れてしまった。


「今日はするのか」

「今日しない」


 虚ろだった少女は自身の輪郭を取り戻し、少年のもとから去っていく。

 屋上には少年ただ独りが残された。


「生きてる限り心はからっぽになったりしないし、穴が空いてしまうのはその隙間に何かを突っ込むためだよ。そして、突っ込んだものによって人は個人になっていく」


 少年の言葉は輪郭を失い、ピントが外れていくようにぼやけていった。そして、空へと還っていく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る