愛くるしい

狐狸夢中

愛しい人へ送らない愛の手紙

ミルクティーはコップに半分も注がない。

満杯まで入れるとすぐにペットボトルの残量が減って嫌だから。

実はミルクティーもそこまで好きではない。

本当に飲みたいのはぶどうジュース。

でも大好きだからすぐに無くなってしまって嫌だ。


長持ちする方を選んできた。18年しか生きてないが試行錯誤を繰り返して出た私の結論。好きなものを我慢できない性格だから生まれた私の結論。

好き過ぎないものを、少しずつ、何回も、少しずつ、何回も。


とは言え、ぶどうジュースを飲みながら執筆をしないのはこぼした時に小紫の染みを作らないためでもある。あいつは絶対に落ちない。中学の時の白シャツは小紫のてんとう虫だ。


これを未来永劫誰かに見せることはないが、いつか思い切り破り捨てる予定の手紙だ。汚したくはない。


彼女がくれたオルゴールの中には丁寧に折りたたまれた没の手紙が階段を建設している。


愛する人へ贈らない愛の手紙





拝啓

穏やかな春の、、、いや、堅苦しいのはお好きではないでしょうから、とにかく伝えたいことを綴つづります。軽い小説ほどの長文をお許しください。


普段からあなたといられることの感謝を綴った感謝状と思われたのならごめんなさい。これは恋文なのです。嘘だと思いますか、罰ゲームか何かだと思われますか。あなたの目の前にいる私を見てください。

私が流しているであろう涙が本気の証です。


そういう目で見られていたと思いもよらなかったでしょうか。私はあなたを愛してしまいました。

それに気がついたのはいつなのか、私にも分かりません。ただこの手紙を綴り始めたのは去年の秋頃からです。


私は苦しみました。この恋は必ず実らないから。あなたにその気はないと分かりきっていたから。

ならせめて、飛び出そうとするこの気持ちを文にしてしまおうとしたのがこの手紙です。


私は書いてる今も涙が止まりません。なぜこの世に性別があるのでしょう。なぜ人は誰かを好きになってしまうのでしょう。想うたびに鼓動する「好き」は鎖でも縛れず抑えようとすればするほど大きく激しく動きます。でも、動くと、とても、痛いです。


最初は憧憬でした。臆病で繊弱せんじゃくな私にはないものをあなたは持っていました。誰よりも明るく、真っ直ぐで、正直で、手本となる人物で。人から単細胞と笑われることもありますが、私はそれもあなたの長所だと思います。あいくるしい顔も大好きです。

本当の自分を外に出すのが怖くて、安全な場所に篭っていた私の鍵のかかった扉を吹き飛ばしたのがあなたでした。


「月永つきながさ、正直に生きてみなよ。せっかく輝ける素質があるんだから出していかないと。顔もいいし、優しいし。色んな人から注目されちゃうかもね」


笑いながら言ってくれたその言葉が私が変わる転機となる言葉でした。まだ苗字で呼びあっていた程度の関係であったのにも関わらず面と向かって言ってくれましたね。

私に輝けると言ってくれた、あなたがいるから今の私がいます。あなたの言う通り、自分を隠さずに生きるように心掛けました。最初はやはり怖かったのですがあなたがいてくれたおかげで目を瞑らずにいられました。


本の世界ぐらいしか楽しみが無かった私の目に白と黒以外の明瞭な色色が飛び込んで来た感動は私の人生を大きく変えたのです。


今まで素通りして来た人たちが振り向くようになりました。声もかけられました。褒めてくれました。認めてくれました。でも、本当に振り向いて欲しかったのは、日向ひなたさん、あなただけなのです。


あなたにとって私という存在は数いる友達の中の内の一人に過ぎないのは分かっています。

私からあなたに干渉することなんて到底できず、あなたが手を引くその後ろをつまずかないようについて行くだけ。その関係は決して苦でもなく、むしろ心地よく、大好きでした。


ただ、手を引くその手から背中までの距離は何よりも遠く、手を伸ばしても届くことはありません。でも、それでいいのだと思います。本来なら私とあなたは相容れない関係だったはず。ならばその業に従います。


私のことを名前通りの月の光のように綺麗だと言ってくれたとき、私が涙を流した理由をあの時は言えずにごめんなさい。困惑させてしまってごめんなさい。嬉しかったのです。他の人から言われた大袈裟な賞賛よりもあなたのその言葉が何ものにも変え難いものなのです。


私は昔、ただの地味な岩石でした。私が月として輝けるのは太陽であるあなたの眩しい光に照らされるからこそなのです。


出会ってくれてありがとう。


見つけてくれてありがとう。



友情の「好き」が恋愛としての「好き」に変わったと気がついた時には少し距離を取りました。思うがままに求めることでいつかこの関係が無くなってしまうのかもしれないと恐れたのです。好きなものを真っ直ぐに求めないという私の悪い癖です。


私は他の人たちと仲良くするようにしました。あの時、何度もあなたの誘いを断ってしまって本当にごめんなさい。あれ以上一緒にいると、私は想いを止められなくなって、おかしくなっていたかもしれません。


あなたに近づくだけで胸が痛くなりました。愛しくて、触れたくて、でも、いけなくて。

あってはならない感情です。近づくたびに胸に棘が刺さるのです。私はあなたが必要ですが、あなたは私が無くても輝けます。


ならばいっそ、もう関わらない方が。

そう思いましたが、離れようとしても胸が痛いのです。これほどつらいことがあっていいのでしょうか。

これほど残酷なことがあっていいのでしょうか。

愛が、苦しいのです。

よく小指に赤い糸が結ばれていると言いますが、私は心臓に棘だらけの赤い針が突き刺さっているのです。


想いが重すぎて不快にさせてしまうでしょうか。

でも、私とあなたは高校を卒業したら、二度と、会うことはないかと思うので、大丈夫、です。


最後に言わせてください。

あなたのことが、大好きです。


月永つきなが 耀ひかる







私は、卒業式の後、誰とも言葉を交わすこともなく、真っ直ぐ家に帰り、泣きながら手紙を破り捨てた。


これでよかったのだ。これで、私の悲劇の恋模様は終わったのだ。








「あれ、もしかして耀ちゃん?」

大学の帰り道、暮れる夕日を眺めながら歩いていた私に後ろから彼女は声をかけた。


「え...もしかして、日向さん...?」

声が震える。

「もー日向さんは止めてよー。私たち大親友でしょ?下の名前で呼んでよ、燿あかりってさ。」

信じられなかった。もう会うことは無いと思っていた高校の時の想い人だった彼女が目の前に現れた。


「耀ちゃんて今ここら辺に住んでるの?」

「あ、その、はい。大学が近くで」

「どこ大?」

「えっと、お茶の水です」

「すごっ。名門じゃん。しかも耀ちゃん可愛いからモテモテでしょー」

「いえ、そんなことは」


私は胸が激しく高鳴り過ぎて、心臓が動いているのか体が震えているのか分からなかった。とにかく日向さんの前なのだから頑張って言葉を紡がなければならない。


「なんか元気ないね、大丈夫?具合悪いの?」

「大丈夫、です」

「それに、服装も...。高校の時はオシャレだったのに手抜いてない?女子大だからってそれはダメだよ」

「ご、ごめんなさい。でも、私はこのぐらいの格好が相応で」

「そんなことないよ!耀ちゃんはね!すっごくすっごーく、素敵で、輝ける人なんだから!」


ああ、この感じ、懐かしいな。普通面と向かって服装がダサいとは言わないだろう。でも、彼女は正直だ。そして、眩しい。いけない、涙が出そうだ。さりげなく手で拭う。


「今から暇?」

「えっと、はい、そうですね」

「じゃ、服買いに行こ!私が選んであげる!高校以来だね」

「そんな、私」


「しゅっぱーつ!」

彼女は私の手を引いて、歩きだす。急に歩き出したのでつまずきそうになったがなんとか持ちこたえた。下を向いた時に涙が数滴、地面に染みを作った。

早歩きの彼女を止めようと肩に手を伸ばしてみる。

でも、届きそうもない。一歩は、踏み出せない。

叶わないことは辛くない。辛いのは想わなくなった時だ。

私は、今、辛くない。


涙がこぼれないように上を向いたら夕月が照らされながら昇っていくのが見えた。

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愛くるしい 狐狸夢中 @kkaktyd2

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