第三話 永遠の愛を交わせ

3-1 再会

「まったく。なんですか、急に。こんなところへ来て」


 はるまちだ――はるまちだはるまちだ春待青だ。


 意識がぐっとはっきりしてくる。それと同時に、背中に衝撃を感じた。雑に雪の上へと投げ出され、「げふっ」とむせる。


 春待だ。

 無垢姉さんと似た白い着物を着込み、真っ赤な帯を締めている。小さく首を傾げて、訝しげに僕を見下ろす目は、やっぱり綺麗で。


「なんで……春待、が。ここに」

「ですから、それはわたしの台詞なのですけれど」

 口を尖らせる姿も、やっぱり春待で。当たり前すぎるけれど、ただそれが、嬉しくて。嬉しくて。


「う……うぅうう……ッ」

「なんですなんなんです急に、泣いたりして。気持ちが悪いのですけど」

「泣いでなぃぃい……ッ」

 仰向けになったまま、雪だらけの袖でがしがしと顔を拭う僕に、「どうしようもないですねぇ」と、春待は呆れ顔だ。


「僕……は。謝りに、来たんだ。春待、に」

「謝りに? 何故です」

「なぜ……って」

 昨日のことを、覚えていないのだろうか――と。不安になるも、そうではないらしい。春待がいつもと変わらぬ顔で「あなたは、わたしと離れたかったのでしょう?」と言った。


「別に希望を口にしたからと言って、謝る必要などないでしょう」

「あ……や、ちがく、て」

 なんとか身体に力を込めて、上半身を起こし、春待に向き合う。


「あのときは、本当に……そう思ったのとは、ちがくて。イライラを、嫌な形でぶつけちゃったって言うか……」

「よく分からないのですけど。思ってもいないことを言うことなど、あるのです?」

「うーん……思ってもない……って言うか。怒っている気持ちで、ほんの少し浮かんだ気持ちを百倍くらいにして言っちゃうって言うか……」

「と言うことは、思いはしたのですよね?」

「ええっと……」

 他人の感情の機微に疎い春待に、どこまで正確に伝えられるものか。ちょっと面倒だな――と思わなくはないけれど。でもきっと、こうやって訊いてくるということは、春待なりに理解しようとしてくれてるんだろう。理解したいと、思ってくれてるんだろう。


 まだくらくらする頭に身体。でも、春待がそばに来てくれたことが、不思議と僕の力になる。

「……僕はさ。春待に、甘えてたんだと思う」

「ミナミが、わたしにです?」

「うん……春待が、僕を助けてくれたあの日から。ずっとそばにいて……それが当たり前だって、勘違いしてた」

 そんなはず、ないのに。


 人生が線みたいなものだとしたら、僕と春待の線はたまたま交わっただけのことなのに。どんなに近くをその線が走っていたとしても、完全に一本の線として重なることもなければ、更にはいつ離れていってしまうかだって、誰にも分からないのに。どんなに先が見通せる気になったって、実際は小さい子の落書きみたいに無秩序で、次の瞬間どうなってるかだって、分かりはしない。なのに。


「当たり前のことなんて、一つもないのに。大切にしなきゃ、いつ後悔するかも分かんないのに。後悔してからじゃ遅いんだなんて、当たり前なこと――どうして、いつだって後悔してからじゃなきゃ気づけないんだろう」

「ミナミ……? あの、よく、分からないんですけど」


 いつも通りの春待だ。いつも通り、鈍感で、正直で、それで。

「つまりさ。僕は――好きなんだ。春待のことが」


 思ったよりもするりと、その言葉は口を出ていった。春待の大きな目が、ぱちくりと瞬く。


「好き……ミナミが、わたしをですか?」

「そうだよ。僕が、春待を。だよ」

 できるだけはっきりと、勘違いのしようもないくらいにきっぱりと、僕は言った。


 本当は、春待がどのくらい傷ついていたのかとか、なんて謝ったら良いかとか、いろいろ知りたかったし、考えないとと思っていたのだけれど。

 結局、目の前の春待に、僕が一番伝えたいことはコレで。それに気づいたら、他の言葉なんて頭から吹き飛んでしまった。


「ですが……」

 春待は、普段あまり見せないような、戸惑いを含んだ顔をした。

「わたしは、雪女ですし。アナタは」

「分かってるよ。春待にとって、僕は下僕で、もしものときの食糧で、それだけかもしれないけれど。それでも僕は……言いたかったから」


 フラレる言葉を最後まで聞くのはやっぱり怖くて、春待の言葉に被せるようにして、僕はなんとか言いきった。

 まだ眉を寄せている春待に、「えっとさ」と笑う。分かっている。これは少し、逃げの笑いで。


「それでさ。春待は、どうして、ここに。無垢姉さんたちは、春待はここには来ない、って」

「それは」


 そのときだった。

 ゴウゴウと不気味な音がしたかと思うと、ひどく地面が揺れた。


 春待の顔が、わずかに険しくなる。

「来ましたね」

「え?」

「ちょっと、野暮用でして。つまり」

 ガグン、と。足元が一際大きく揺れたかと思うと。ぱかりと、足のすぐ下の地面が


「え」

「これから、逃げ回っていたのですよね」

 やけに冷静な春待の声を聞きながら。

「ぁあああああッ!?」


 悲鳴を上げ、僕らは深い深い切れ目クレバスへと落ちていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る