第26話 イエティの国を救え 前編

 「前回はご苦労だったね、異世界ピエロの件は解決に向かっているよ」

 進太郎に呼び出されて話を切り出される龍海。

 「それは良いんですが、今度は何処へ行けと?」

 父の呼び出しと言う事は、魔界関係の話だろうと察する。

 「察しが良いな、今度のクエストは逆に魔界から持ち込まれた話だ」

 進太郎が話を続ける。


 「クエストって、RPGじゃないんだから装備とか整えたいんですけど?」

 どこかに行かされるなら用意はしたいと龍海が本音を語る。

 「……ごめん、先に謝るが行って欲しい現場は寒い所なんだ」

 仕事内容を語り出す進太郎の言葉を黙って聞く龍海、その表情は凍り付いていた。

 父親譲りの寒さ嫌いの龍海、その瞳は死んだ魚の如く絶望していた。

 「近年、帝国と交流があるイエティ族の国なんだがはぐれ悪魔と組んだ地球の

 ヴィランに襲われているので助けてほしいとの事なんだ」

 話をしつつ、進太郎が白い毛皮のマフラーを取り出して見せる。

 

 「これはそのヴィラン達が、イエティ達を殺して作った毛皮製品だ」

 進太郎の言葉を聞い龍海が吐き気を催す。

 「このマフラーその物が、その人達の遺髪で出来てるのかよ!」

 今回の事件の犯人に怒りを燃やす龍海。

 

 「ああ、魔界の住人を動物扱いするのは許せん!」

 進太郎も怒る、魔界と地球の双方の住人の間に生まれた進太郎。

 地球と魔界、両世界の友好を目指す彼はそれを妨げる者は見逃せなかった。


 そして、そんな父親と同様に魔界と地球の双方を愛する龍海も父親の気持ちに

 共感していた。

 「魔界と地球、お互いに酷い事しあってたらいつまで経っても双方の友好的な関係

の構築何て無理な話だよな」

 毛皮のマフラーを父の執務机に置いて合掌する龍海、祈りが通じるかはわからないが弔いの気持ちは示す。


 「そういうわけで、イエティ達の国へ行ってくれるかい?」

 進太郎が、龍海に尋ねる。

 「行くよ、きっちりそんなハンター気取りのヴィラン共を仕置きしてやる」

 父を見据え、龍海が答えた。


 龍海の中から寒冷地への嫌悪は消え、やる気の炎が燃えていた。

 

 自分で準備がどうとか言っておきながら龍海はやる気と闘志に突き動かされて衝動的に着の身着のままで家のゲートからヘルグリム帝国へ行く。

 

 帝国の空は、龍海の血気と同じくワインレッド色に晴れていた。

 

 龍海が空を飛びやって来たのは帝国領の外れ、城壁に囲われた国境に当たる場所。

 監視所の衛兵に門を開かせると、門の向こうは虹色に光る空間の歪み。

 「この目に悪い感じのオーロラみたいなのが先方へのゲート?」

 龍海が人狼の衛兵に質問すると相手が頷いた。

 

 「は! この虹の空間が外国との陸路の街道であります!」

 最敬礼する衛兵。

 「そうなんだ。教えてくれてありがとう、行ってきます」

 衛兵に礼と挨拶を返して、龍海は虹色の空間へと足を踏み入れた。


 虹色の空間を潜り抜けるとそこは洞窟の中の街だった。

 暗い洞窟内を提灯が照らし、平地には市が並び壁に開いた穴は民家らしく

 熊のような丸い耳と白髪が特徴の褐色の人達、イエティ達が買い物やら日常を謳歌していた。

 

 彼らの着ている服は、どことなくアジアの民族衣装に似ていた。

 などと龍海が眺めていると、彼の首の下を長い棒が交差した。

 「街道から来たようだが何者だ?」

 「我々の同胞をさらう不届き者に似た服装だが、どこの魔族だ?」

 左右から衛兵らしきイエティに質問される龍海、大人しく両手を上げた。

 「ヘルグリム帝国から来た皇子、龍海・赤星・ヘルグリムです」

 自分の所属と身分と姓名を答える龍海、彼の服装はソフトシェルジャケットに

ストレッチパンツと軽装だった。

 

 龍海が名乗り終えると、衛兵達の棒が一本だけ引かれる。

 衛兵が一人、詰所に行きヘルグリム帝国の新聞を取って戻ってくる。

 その新聞には、素顔の龍海が一面に記載されていた。

 新聞の写真と龍海本人を見比べる衛兵、納得したのかもう一人の衛兵も棒を

 引いて警戒を解く。

 

 「え~っと、疑いが晴れたなら族長さんの所へ案内していただけませんか?」

 警戒が解かれたようなので手を下す龍海。

 「教えても良いが、皇子様よ? あんたは一度、自分の国に帰ってお供や装備を整えてから出直しなさい」

 イエティの衛兵が、龍海に真面目ぶって説教する。

 「今はこの国は、気軽に観光に来れる状態じゃないのは知っているだろう?」

 イエティの衛兵は大人らしく子供である龍海を諭しにかかる。

 

 「なので、帝国の戦力として俺がここに来たんですけど?」

 龍海も反論しようとする。

 

 「ああ、噂ではラミアランドで大暴れしたようだが強かろうとも王族とういうのはそうほいほいと単独で行動するもんじゃあないんだよ?」

 意外にも衛兵の説教がまとも過ぎて、反論できない龍海。


 龍海が衛兵の説教を受けている中、轟音と共に天井に穴が開き岩盤が

 落ちてくる!


 瞬時に変身し、デーモンアーマーを纏ったドラゴンブリードが飛ぶ!

 「させるかよ!」

 屋台の屋根に直撃寸前で岩盤を担いで受け止めるドラゴンブリード。

 重力を操り斥力を生み出して岩盤を穴まで押し上げる。

 「マグマブレス発射!」

 鎧の胴部の龍頭から、溶岩を吐いて溶接し穴を塞ぎ天井を補強する。

 

 ドラゴンブリードの活躍に、イエティの市民達が万雷の拍手で応えた。


 一方、吹雪の中イエティ達の街へ乗り込むべく山を掘っていたヴィラン達。

 「バカな! 抜いた岩盤がせり上がって穴が塞がっただと!」

 寒さに耐えながら掘削している彼らは、吸血夜会の構成員達だった。

 

 ヒーロー達に狩り立てられ、今では100人ほどの零細組織に落ちぶれた彼ら。

 他の組織への人材派遣などで食いつなぐ彼らの新たなシノギが、魔界での密猟と

 密輸業だった。

 「ちきしょう! どうなってんだこの世界は! あの獣達がやったのか!」

 作業員の一人がやけっぱちになる。

 「天は我らを見放したか!」

 と絶望する者も出て来る、まさかヒーローに邪魔されたとは思ってもいなかった。

 

 これまでは野に出ていたイエティを狩っていた吸血夜会、山の中にイエティの街がある事を突き止めた彼らは山をぶち抜いての侵略を企んで油圧ブレーカーを持ち込み

作業を行っていた。

 「諦めるな! もう一度掘るんだ! エリザベス様に殺されるぞ!」

 恐ろしいヴィランである首領の名を叫び、作業を再開する吸血夜会。


 彼らはこの時はまだ知らなかった。

 自分達が獣と蔑むイエティ達の味方に、ヘルグリム帝国が付いていた事を。

 そして、この後に自分達が地獄を見る事になる事も知る由もなかった。

 

 

 


 



 

 

 

 


 

 

 







 

 



 

 

 

 

 

 

 

 


 


 

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