四人目 リョウとユウキとぼく

 ぼく達三人はよくつるんでいたけれども、次第に同性愛者のリョウと、誰でもいいから愛されたいユウキ、そして楽しい仲間といたいぼくの間には、すれ違いが起こってきた。

 まずリョウは、ユウキが好きになった。ただ、ユウキとリョウ、ぼくとリョウでは、前者の方がずっと一緒にいる時間の方が多かった。というのは、ぼくには家に獄卒が二人いたのだが、ユウキの家にいたのはゴキブリだったのだ。だからユウキは、家に帰る必要がないし、帰った所でお帰りと言ってもらえることもない。

 考えられるだろうか。ユウキは貧困の故に、独りアパートで暮らしていた。二十一世紀になったこの日本で、である。子供が、貧困で飢え、友人に恥を忍んで昼食を一口貰う。

 それが当時のユウキで、ぼくらの暗黙のルールだった。ぼくらは仲間のユウキがどんな状況下で暮らしているのかなんて知らなかった。しかしぼくの母は、遊びに来た時にいつもおやつと称した昼食を貪っていたユウキを、好ましく思っていなかったらしい。尚の事ユウキがぼくと、トワイライトで遊んでいると言う事も好ましくなかったと言う。

 最も、その貧困はユウキが産まれた時からではないらしい。よくライトノベルなんかでは、「親」という現実的要素を排除する為に、若くして主人公は一人暮らしをしている。そうではない。そうではないのだ。だってユウキは、その後「虐待児」として保護されたのだ。無論、ユウキの両親はユウキを殴ったり蹴飛ばしたり、犯したりした訳ではない。

 金がない。食料を買いに行く交通手段がない。だから自分の分のご飯さえ作れない。

 親がどうしているのか、ぼくらは聞いていないし、聞かなかったけど、大方長期入院か何かだろう、とは思っていた。

 それはそうとして、立派な虐待として扱われた結果としてユウキは、お役所を巻き込んだ大騒動の結末を知らずとして、施設に入る事になった。

 ユウキはその後もどこかで逞しく生きているのだろう。でもきっと、ぼくはユウキの前に立つことはない。何故ならぼくは、このエッセイを書いて、そして仮にそれが公衆の目前に発表されたと言う事は、ぼくはきっと、ユウキの知るぼくではなくなっているのだ。


 この頃、リョウもトワイライトからいなくなった。ぼくはリョウは、受験生になったから学校に戻された、と聞いた。上手く行っているから、戻ってこないだろうとも。

 嘘だと思った。そんなわけがない。そんなことが出来るわけがない。そんなことをさせるわけがない。だってリョウの個性を、奴らは認めなかった。許さなかった。ぼくたちは受容し、尊重したあの個性を、人格を、奴らはCancerだとして弾いた。だからリョウは「クリスタル界」に行かなければならなかったのだ。クリスタル界は凍てつく人々の心が乱立する世界ではない。美しく光る繊細なガラスの世界だ。そんな所にいる子供を、大人ですら理解できない子供を、何故「こども」が理解できるというのだ!


 五月の嵐の日だった。いつものようにぼくは、父と母から怒鳴り散らされ、学校に行かないとどんなとんでもない人間になるかを脅された。当時携帯電話というものは珍しかったのだが、やっとの思いで解放されたその隙に、電話をかけ直した。相手はユウキだった。ユウキは、「僕達が自殺したらどう思う?」と聞いた。ぼくは「それしか救われないなら、止められない」と答えた。

 格好をつけたわけじゃない。ただ、ぼく達はいつでも、少なくともぼくはいつでも、リョウの話す異世界に憧れていた。本当にそんな世界に行けるのなら行きたかった。ぼくのケツや内臓をかき回す悍ましいレイプ三昧の世界ではなく、ただ美しいものや心躍る冒険活劇が出来る世界に、否、そんな贅沢は言わない。夜は眠り、朝に目覚め、両親におはようと言って、両親はおはようと返してくれる。そんな当たり前のことがしたかった。そして、そんな当たり前のことは、学校に行っていないという理由で、許されなかった。そしてそれを、社会が許していた時代だった。許されなかったのは、ぼくらの存在だけだった。

 そんな世界が嫌だと、トワイライトに行って良いと、そこで出会った友と過ごして良いと、自分のペースで生きていいと、たったそれだけのことを叶えたいという願いを、否定できるものか。少し苦しく痛い思いをすれば、それらが叶うのだ。


 ぼくのエゴで、彼らをこの苦界に縛り付けてはならなかった。

 ぼくの力で、彼らを助けてあげたかった。


 ユウキはリョウといると言っていた。場所は、ぼくらがいつもタバコを吹かし、異世界について語り合っていた河原。この雨だったら、増水しているだろう。ぼくは屈辱を歯がみしながら、親に車を出してほしいと言った。自転車を動かそうにも、親はずっと起きっぱなしで、ぼくはこっそりと出て行くことは出来なかった。

悔しかったとも。だって、ユウキもリョウも、ぼくの両親のような人間に追い詰められて、自殺を考えているのだ。なのにぼくは、両親がいなければ彼らと同じ空間に行く事すら出来ないなんて! こいつは一体何の冗談だ? ぼくがこの話を書く作家だったなら、例え「ぼく」が、その後どんな目に遭おうとも、この時子供の力を信じさせたに違いないのだ。何故かって? それが現実には有り得ないことだからだ!

 結局、その日の夜はトワイライトの教師や警察も出てくる大騒動になったが、二人は見つからなかった。あとで聞いたところによると、大人が来ていたので、橋の下に隠れていたらしい。

 五月とは言え深夜、増水した川が轟々と目の前を流れていく中、おぼれるかも知れないという恐怖よりも勝る、『大人』への恐怖や忌避。それを察知する事は、ぼくでさえ出来なかった。ただぼくは、助けに行ったのに答えてくれなかった二人に腹を立てただけだった。


 それから一ヶ月経った。六月の末、ぼくはいつものようにトワイライトに『登校』した。そこで、きれいなおばさんが何やら深刻な顔でやってきていた。恩師は女性にぼくを紹介した。なんとおばさんは、リョウの母親だった。しかも何だか話を聞いていると、警察まで動いていると言うではないか。

 ぼくは俄然、やる気を出した。下世話だが正直に言おう、ぼくは警察が動くほどの大騒動の中心にいるということに、物凄く興奮していたのだ。

 話によると、どうやら役場にあるパソコンで、リョウが自殺サイトに書き込みをしたらしい。ちなみにこの一件のせいで、うちの町の公共施設からパソコンのインターネットサービスが消えた。それくらいの騒動だった。

 リョウはユウキといるらしい。ぼくはおばさんに連れられて、二人がいるとおぼしき場所を回った。二人はカラオケ屋にいた。

 そこではタバコの煙が充満し、中には薬の空があった。新品らしいロープがあり、鋏があり、リョウはソファでぐったりとしていたが、ユウキはけろっとしていた。ぼくはあの時、何を思っただろうか。

 薬を処方されているリョウをうらやんだろうか。

 リョウの死の瀬戸際に呼ばれたユウキをねたんだろうか。

 もう、思い出せない。

 なんとかぐったりしたリョウを外に出したころには、ぼくは苛々していた。初めのうちは確かに楽しんでいたのに、あの場面を見たら、そんな気持ちはなくなった。ただただ身勝手さに怒っていたと思う。途中、二階の手すりからリョウが投身しようとして、ユウキが止めた。その時もぼくは、動けなかった。

 リョウとユウキには、ぼくよりも大きくて硬い絆があった。ぼくはそれが悔しかった。だってリョウと先に会っていたのはぼくなのだから。ぼくたちはトワイライトに戻った。


 唐突だが、厨二病という言葉を知っているだろうか。よく「イタい妄想」と片付けられるが、実は心理学的発達からみると、何の問題も無い、寧ろ正常な思考なのだ。ここでぼくが無学で理解のない石頭な読者に向けて高々と講義してやってもいいのだが、そんなことのために字数を使うわけにもいかないので、知らないし嘘だとおもうげんこつ頭諸君は各自で努力したまえ。知らない事は恥では無いが、知ろうとしないことは恥だ。

 リョウとユウキは、ぼくからみるところの、厨二病だった。二人とも「もう一人の自分」を持っていた。だがぼくは、ユウキは厨二病だが、リョウは病気―――専門的に言うところの、解離性障害(かいりせいしょうがい)だと理解していた。なんでって、そりゃ単純にぼくが知っていたからだ。「人格交代」の法則、人格が生まれる理由、そう言った者を、小説を書こうとして知っていて、且つ「もう一人の自分」が内在する感覚を知っていたからだ。つまり、ぼくの頭の中には沢山の「娘」と「息子」がいて、その群衆活劇を文字に起こすことが、ぼくにとっての「執筆」だった。だからぼくは、二人の違いが理解できた。その点から言うと、リョウは本当に発作を起こしていたが、ユウキは話をはぐらかしていた。当然だ。ぼくが彼らと対話しようとしていた時、「心配だから」と、ぼくの母と恩師がいたのだ。敵を前にして、真実が語れるほど、トワイライトの子供達は危機感のない子供ではない。

 案の定、ぼくの糾弾はユウキの人格交代演技のために難航し、見かねたぼくの母は見限らせてぼくを家に連れて帰った。六月最後の金曜日だった。

 それが、リョウとの今生の別れになるなど、思ってもいなかった。思ってもいなかったとも。

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