フライドポテトを食べる気にはなれない
あの事件からもう半年が経とうとしている。
昨年の七月四日、アメリカ独立記念日に起きたデーモン事件だ。エンパイアステートビルでおきたその事件で実の姉を亡くした。
「やあ姉さん、また来たよ。カオリさんから聞いたんだけど、日本ではこうしてお墓に話しかけるのが普通なんだって。変だよね……ほんと、変だ」
ワイアットは姉の墓標に向けて語りかける。共同墓地の一角にあるリサの墓には彼女の好きだったパンジーの花が供えられていた。
カオリ曰くパンジーの花はリサを表す花としてピッタリらしい。
「また来るよ」
ワイアットは踵を返して姉の墓を後にする。彼がこうして墓参りにくるのは初めてではない、姉の葬儀が終わってからほぼ毎日こうして足を運んでいた。
話しかけるのは今日が初めてであるが、ワイアットの心はそれで救われたとかそういうのは一切なかった。
市街地に戻り通りをプラプラ歩く、すぐ目の前にフライドポテトを売ってるお店があった。そういえばエンパイアステートビルの事件以来フライドポテトを食べてないなと気付いた。
あれだけ狂ったように食べていたのが不思議なくらいだ。
どうしても食べる気になれない。
「帰ろう」
路地にはいる。ここを抜けるのが家までの近道なのだ。
薄暗いその道を半ばまで歩いた時に、前方から観光客らしき二人組のカップルがああだこうだと言い合いしながらすれ違おうとしていた。
デーモン事件以来観光客が全盛期の半分にまで減ったものの、最近になってニューヨークに観光する人は増えて来た、しかし未だデーモン事件の傷跡が深く残るゆえ敬遠されてるのが現状だ。今すれ違う二人はどうやら日本人のようだ。男の方は西洋人ぽい顔立ちをしており、目付きが鋭く、端的に言えば怖い。
「おいあんた」
そんな怖い男性の横を縮こまりながらすれ違うやいなや、その男性から声を掛けられた。おっかなびっくりしながらゆっくり振り返る。
「な、なにか?」
「道を聞きたいだけだ、ビビんなよ」
「もう! お兄さんは顔が怖いんだから優しくしないとだめだよ!」
ワイアットが怯えているのを不憫に思ったのか、女性の方が助け舟をだしてきた。お兄さんと言っていたからカップルでは無く兄妹のようだ。
「ごめんね、お兄さん人付き合いが大の苦手だから」
「うるせえ」
「いえ、大丈夫です」
「良かった。私リルカ、お兄さんの名前は光太郎て言うの」
「あ。えと……ワイアットです」
溌剌とよく喋る明るい女の子だ。少しリサと似ているかもしれないと思った。
「私達日本から来たんだけど道に迷っちゃったんだ」
「そうなんですか」
「良かったら道を教えて欲しいんだけど」
「いいですよ、何処に行きたいんですか?」
「ベルカ研」
その瞬間ざわっとした嫌な感覚が背中を水のように垂れ下がった。ベルカ研、その名前の場所はワイアットにとって特別なものだ。そこでワイアットはウィークブレスを手に入れ、ミスター・ウィークとしてヒーロー活動をしていた。
何もかも順調だったのだが、そんな折にデーモン事件が起こり姉を失う。
あの時もう少し自分に力があれば、いやもっとヒーローとして強い自覚を持ってさえいれば姉は救われたかもしれない。
そもそもあのデーモンはウィークを狙っていたフシがあった、ならヒーローなんてしてなければ……そのような事をこの半年ずっと考えていた。
ベルカ研は今のワイアットにとって始まりの場所なのだ。
「ベルカ研……か、スマホはありますか?」
「わりぃ、俺スマホ持ってねぇんだわ」
「私は持ってるよー、バッテリー切れてるけど」
つまり無いも同然。
仕方ないのでワイアットは自分のスマホを取り出して地図アプリを起動して二人に見せる。
「僕達がいるのはここ、ベルカ研はこことは正反対のヘルズキッチンだよ」
「うーわ遠回りしてんじゃん」
「ほんとだー、お兄さんが方向音痴だから」
「お前がこっちって言うから付いてきたんだろうが! そもそも何でニューヨークまで付いてくんなよ!」
「それ飛行機でもきいたあー、お兄さんだけじゃ不安だから可愛い可愛いリルカちゃんが来てあげたんじゃん」
「本音は?」
「観光したい!」
正直な子だ。
「それじゃ僕はこれで」
「おう、悪かったな引き止めて」
「道教えてくれてありがとねー」
二人に別れを告げてワイアットは路地をでる。あの二人を見てると、かつてリサと自分の二人で言い合いしながら買い物に行っていた事を思い出す。
いつもリサの買い物に嫌々付き合わされたのだ、そして最後には好物のフライドポテトを奢ってもらって水に流す。
ワイアットの視界に再び別のフライドポテトを売ってる店が映った。
足を止めて看板を見る。
やはりフライドポテトを食べる気にはなれなかった。
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