金色と邂逅するミスター・ウィーク


「独立記念日に花火?」

 

 夜間時、窓下の道路を走る車のエンジン音を作業BGMにしながら予習していた頃、ワイアットの部屋にノック無しでリサが入室してきて早々遊びに誘ってきた。

 この姉には弟の勉強を邪魔しないという発想はないのだろうか、おそらくない。

 

「そそ、カオリも来るわよ」

「あのね、姉さん。いくら僕がカオリさんの事が好きでも、カオリさんがいるってだけでついて行くと思わないでほしい」

 

 あまり弟を見くびってもらっては困る。

 

「当然行く」

 

 カオリがいるのならば誘われるまでもなく勝手について行く。

 

「あんたがそのうちストーカー罪で捕まったりしないか不安だわ」

 

 失礼な姉だ。


 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 翌日、珍しくウィークの仕事が無いのでプラプラとフライドポテトを食べながら散歩をしていたところ、人気の少ない路地に小さなCDショップがあるのを見つけた。

 音楽業界は配信に切り替えたゆえ、CDはほとんど絶滅危惧種となったこの時代に珍しい。

 興味を惹かれたワイアットは引き寄せられるようにして入店していく。

 

「お、おぉぉぉぉ。パッケージがいっぱいだあ」

 

 CDのジャケットを見たのはいつ以来だろうか、まだCDが健在だった小さな頃は割と見ていた気がするが。

 ジャケット絵なんてものはDLしたら勝手についてくるもので、こうして手に取れるのは中々新鮮で味わい深い。

 

「やばい、欲しくなっちゃった」

 

 せっかくだから何か買って行こう、別にCDを集める趣味があるわけではないが、こうして珍しい物品を見ると購買意欲がフツフツと湧いてきてしまうのは道理だ。

 ひとまず自分の好きな曲を見つけたので手に取った。

 

「40$かぁ、うむむ……足りない」

 

 悲しきかな、必要経費(フライドポテト代)でほとんど手持ち金を使ってしまったのだ。

 諦めて出直すかなと考えていたところ、突然彼の耳元で聞きなれた声がした。

 

「お金貸したげましょうか?」

「ふぇぇぇい!」

 

 左を向くと声の主がいた。流れる黒髪がきめ細かくて美しく、年齢よりも幼くみえる顔立ち、程よく膨らんだ胸とくびれた腰のバランスは大変良く現職のモデルにも負けてない。

 そんな美しい女性は誰か? 当然カオリさんである。

 

「今日も綺麗です! カオリさん!」

「ありがとう」

 

 思わぬ偶然何たる偶然最高の偶然。この出会いを神に感謝して、ワイアットはせっかくのチャンスをものにすべくおめでたい脳味噌をフル回転する。


「えぇと……あのぉ、カオリさんはどうしてここに?」

「あぁ、ここでバイトしてるんですよ」

「へぇ〜……えぇそうなの!?」

「はい! あ、そのCD欲しいんですか?」

「あぁ、はい。欲しいですけど……お金がね」

 

 ここでワイアットは直感のままに答えた己の発言を後悔した。これでは甲斐性なしと思われかねないのだ、実際甲斐性なしなのだが。

 

「なんでしたらお金貸しますよ?」

 

 好きな女の子にお金借りるのはなんか情けないので嫌だ。

 

「気持ちだけ頂いておきます……そうだ! 取り置き! お金取りに戻るので取り置きお願いします!」

「はい、わかりました」

「すぐ戻りますので!」

 

 脱兎のごとく走り去るワイアット、さすがにウィークに変身してる時程ではないにしてもそこそこの速度でニューヨークの街を走り抜ける。

 目指すは最寄りの銀行だ。

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 ワイアットが出ていった後のCDショップ店内、店長はバックヤードに引っ込んでおり、現在出勤してる従業員はカオリのみ。

 売り場には彼女以外いないと思われたが、ワイアットがいたところから一番離れた棚からひょこっと少女が顔を覗かせた。

 

「行った?」

「はい」

 

 カオリとは真逆の髪の短い少女、健康的な肉付きで快活な印象を与える彼女はワイアットの姉のリサだ。

 

「別に隠れる必要はないのでは?」

「いや、でも見つかったらなんて説明するのよ」

「普通にワイアット君の誕生日プレゼントを買いにきたと言ってしまえばいいんじゃないですか?」

「言えるか!」

 

 実を言えばワイアットの誕生日がすぐそこまで来ているのだ、具体的にいえば7月4日、アメリカ独立記念日の日だ。

 その日にエンパイアステートビルの展望台に誘って、花火を見ながら渡そうというのだ。傍からみればどこの恋愛ドラマの展開だよとツッコミたくなる。

 

「まるで恋愛ドラマをみてるみたいですよ、リサって弟思いですよね。むしろ溺愛? ブラコン?」

「うるさいわね、家族なんだから愛して当然でしょ」

「なるほどなるほど、否定はしないとむふー」

「何よその顔腹立つわね!」

 

 リサはカオリの頬を両手で挟んでからムニムニといじり倒す。

 そこそこ痛いと思うのだが、カオリはニマーとした表情を崩さなかった。

 

「ワイアット君に恋人ができたらリサがどんな反応するか楽しみだなあ」

「あいつに恋人……そうねぇ、カオリが恋人だったら私は喜んで祝福するわ。それ以外だったら殴る蹴る」

「……ん? なんで私なら大丈夫なんです?」

「本気で言ってる?」

「はい」

「……ドンマイ弟」

 

 

 ―――――――――――――――――――― 

  

 

 その日の夜、チェルシー地区10番街全体を覆うチェルシーマーケットにデーモンが現れた。閉店作業に勤しむ店員2人が倉庫の片付けをしていたところ。突然1人がデーモンへと変貌してしまい一緒にいた店員を襲ったというわけである。

 幸い店員は駆けつけた警備員が助け出したので怪我はないが。応対した警備員の幾名かに重傷者がでていた。

 

 ウィークが着いたのはマーケットがパニックに陥った直後だった。

 

「しゅた! やあやあミスター・ウィークですよ」

 

 襲われている警備員とデーモンの間に降り立ったウィークは登場してまもなく謎の口上を述べた。

 当然デーモンはその程度で怯むことはなく、威嚇するように口を大きく開けて吠えた。

 デーモンの造形はシンプルなもので、物語でよく見るウルフマンそのものだった。二足歩行する狼と言ってもいい。

 

「あぁ、僕犬よりは猫派なんだけど……姉さんは逆に犬派だから連れてったら喜ぶかも……ねぇねぇほらお手、お手してみて」

「ガアア!!」

 

 ウィークは武器を持ってない方の手を差し出してお手を促したのだが、ウルフマンはそれに怒りを表して吠えた。

 どうやら挑発行為が理解できるぐらいの知能はあるらしい。

 

「じゃあ躾しましょうね」

 

 ウルフマンが地面を蹴るのと同時にウィークは両手に剣を構えて迎え撃つ、さすがは狼といったところか、ウルフマンのスピードは恐ろしく早く、通常の人間では目で追うのが精一杯だろう。

 しかしスーツの力で感覚を強化されたウィークにとってみれば、大したスピードには感じられない、余裕をもって回避してカウンターで剣を一閃する。

 

 すれ違いざまの一瞬の攻防、なんと勝負はその一手で決まる事に。

 ウィークが剣を鞘に収めると、背後でウルフマンが地面に倒れた。しばらくしてその姿は灰となって崩れ、後には元となった人間の死体だけが残っている。

 残念ながらデーモンになったら助ける事はできない。

 

「ふぅ、終わった。デーモンは後味悪いなあ」


 仕事が終わった。後は警察やらにまかせればいい。ジェイソン警部がきたら少しめんどくさいから早めに帰ろう。

 

「ありがとう、ミスターウィーク」

「みんなのヒーローミスター・ウィークに任せてよねー」

 

 お礼を言ってきた警備員に軽く返してウィークは窓から外へと飛び出した。軽やかな動きで空中に身体を晒して一時の遊泳を楽しんでると、突然横合いから何か大きな箱が交通事故さながらの衝突をかましてきたのだ。

 

「いっつ」


 箱に弾き飛ばされてビルの壁面に激突、咄嗟に配管を掴んで落下を阻止してから体勢を立て直して自分にぶつかってきた箱を睨みつける。

 その箱は金色をした派手な物で、ウィークの周りをフヨフヨと浮かんでいた。見方によっては観察してるように思える。

 敵かもしれないと判断したウィークは剣を抜いて金色の箱に向ける。

 

「お前、なんだ?」

 

 なるべく強く、こちらも敵意を向ける。

 箱からの返答は意外にも軽いものだった。

 

「いきなりぶつかって悪かったって、許せ。んで、お前がミスター・ウィークだな?」

「そうだけど、僕に何か用? 言っとくけど僕結構強いからね」

「戦う気はねぇから安心しろって、それに俺の方が強えから……それで用件だけどな、まあ特にねぇんだわ、ただ挨拶しに来ただけ」

「はあ?」

 

 用件もないのにとりあえずぶつかったと言うのかこの箱は。いやそれとも衝突がこの箱也の挨拶なのだろうか。

 

「俺は……そうだな、ゴールドマンと呼んでくれ。ベルカ研の兵器開発部門の所長に呼ばれてマンハッタンに来たんだ。

 俺もデーモンハンターやってんだよ、まだ新米だけどな。しばらくマンハッタンにいるからその間よろしくな」

「は、はあ」

「じゃあなあ!」

 

 それだけ言い残して金色の箱は星の見えない夜空へと飛び去って行った。

 

「あいつ、姿見せないうえに言いたい事だけ言ってどっか行ったぞ……めちゃくちゃだ」

 

 

 

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