不穏な兆しをよそにミスター・ウィークは憧れる
エンパイア・ステート・ビルディング、ニューヨークのシンボルと言ってもいいこの世界最大級のビルは、造られてから100年以上マンハッタンを見守ってきた。
ピンとこない人はオリジナル版と2005年版の映画『キングコング』でキングコングが登ったビルと言えばわかるだろう。
そのエンパイア・ステート・ビルディングの102階にある第二展望台は連日観光客で満員で、この日もまた観光客で溢れかえっていた。
展望台の端、窓から一番離れた壁際にて、3人の男女が独特の雰囲気を醸しながら会話を弾ませていた。
一人はスーツをピチっと着こなしたビジネスマン風の男、一人は頭を丸刈りにし、右側頭部に薔薇のタトゥーを入れた不気味な男、最後の一人は赤い扇情的なドレスを身にまとい周囲の男達の視線を集めている妖艶な女であった。
「ここでやればいいのか?」
タトゥーの男がスーツの男に尋ねる。
「えぇ、好きに暴れてください。ただしタイミングはこちらで指示します」
「OK、いいね興奮して勃起してきた」
「ここでSEXしてもらっても構いませんよ」
「衆人環視の中でか? 最高かよ! おいどうする?」
タトゥーの男はそれまで黙って見ているだけだったドレスの女へ下品な話を振った。女はさして気にした風でもなく、むしろ自分も興奮してると言わんばかりに頬を紅潮させて目をとろんと垂れさせる。
「素敵だわ、今すぐあなたの勃起したペニスを咥えたい気分よ……でも今問題を起こして出禁になって、当日ここへ来られなくなるのは困るわ」
「確かにな! ボクが迂闊だった! 早速ホテルへ行こう」
「なんでしたら私が一推しのホテルでも用意しましょうか?」
「お前最高かよ」
「いえいえ、でも当日はお願いしますね」
「わかってるさ」
「楽しみだわ、2年前のおデブちゃんの誘拐みたいなつまらない物とは段違いだもの」
「確かにつまらないものだったが、ボクはアイツが結構好きだったぞ……確か名前は」
「エヴァン・アーチボルト」
「そうそう、確かお前アーチボルトの家で働いてたよな?」
「えぇ、当主の秘書をしていました。あの時は誘拐事件で厄介な私兵隊を追い払って、その隙に当主からソロモンの魔傅を奪う作戦でした」
「アイツ今元気かなあ」
「風の噂ではデーモンハンターになったそうですよ」
「うっそぉ? あのおデブちゃんが?」
「ヒュー、敵になったのか」
「いつか私達の前に立ちはだかるかもしれませんね」
「その時が楽しみだな」
「では私はこれで、当日お願いしますよ」
「あぁ、7月4日だろ?」
「はい、7月4日の夜。アメリカ独立記念日の花火大会の日に、よろしくお願いします」
そして三人は揃ってエレベーターホールへと向かい、一階に降りてから二方向へ別れて去っていった。
――――――――――――――――――――
あの島流し……もとい無人島訓練からそろそろ一年になろうとしていた。
今日も今日とてミスター・ウィークはマンハッタンを飛び回る。
この日は朝イチで万引き犯を捕まえ、夜はギャングの抗争を力づくで止めて警察に通報、それからジェイソン警部と追いかけっこしていた。
中々充実した一日だったとウィーク自身思う。
「よっし! ヒーロー活動終わり! ポテト買って帰ろ」
今日は普段いかない所で買おう。少し遠回りになるがハーレム地区で最近話題になってるらしいバーガー屋に向かったミスター・ウィーク。勿論変身したままである。
屋根から屋根、屋上から屋上へ移動しながら目当ての店を探す。
20分ぐらい彷徨ってからようやく件のお店を見付けた。ワゴン車販売だからかいつも違う場所で販売してるらしいので探すのに苦労した。
「やあ、フライドポテト三つと……店主オススメのバーガーを一つください」
「はいよ……ってあんたウィークか?」
「そうだけど」
「ふぉぉ! ちょっと待ってくれ! ダニー! ウィークが来たぞ!」
店主が車内にそう呼びかけて直ぐ、ガタガタと数秒慌ただしく車が揺れ、しばらくして助手席から幼い男の子が降りてきた。
「ワーオ、ほんとにミスター・ウィークだ……あ、あの!僕ファンなんだ」
その瞬間ウィークの胸中に得も言われぬ暖かくて不思議な感覚が広がっていった。例えるなら床にこぼしたコーヒーをタオルで拭き取った時のような。
「ホントに? 嬉しいなぁ、握手しよ」
「うん!」
握手して、軽くハグする。
「よし写真撮ろう写真、カメラある?」
「俺のスマホ使うか?」
「ナイス店主! 店主も一緒に……ハイチーズ!」
パシャッと一枚、写真はしばらくしたらSNSに上げるだろうからその時保存しよう。
「ありがとなウィーク、息子にいい思い出ができた」
「なんのこれくらい」
「ほらポテトとバーガー、ナゲットもオマケしといたぜ」
「ありがとう! またね!」
「バイバイウィーク」
お店を離れ、高速道路が歪に交わる地区を見下ろせる場所で買ったバーガーとポテトと食す。空は晴れており月が綺麗だ。
結論から言うとポテトとバーガーはめちゃくちゃ美味しかった。
――――――――――――――――――――
ベルカ研に戻ったウィークは変身を解いてワイアットの姿で所長室へ向かう。
諸々の報告とウィークスーツの補修のためだ。
「というわけでハンバーガーの美味しいお店を見つけましたよ」
「知ってる。さっきSNSで君がバーガーショップの親子と撮った写真が流れてきたからね」
「いつの間に投稿したんだろう、後で保存しなきゃ」
「いい感じに人々から愛されるヒーローになってるみたいだ」
「やっぱりヒーローです? いやぁ頑張ってヒーローやった甲斐ありましたよ」
最近「ヒーロー」を口にする事が多くなった気がする。そして口にする度にリサから言われた「サイドキックに」という発言が脳裏をよぎる。
別にサイドキックが嫌いなわけではない、むしろ好きだ。ロ○ンもバ○キーもカ○ーも好きだ。でもワイアットはヒーローになりたい、前にでてバリバリに活躍するヒーローになりたいのだ。
「ではもう帰ってもらって大丈夫だ、帰り道は気をつけて」
「はい、あぁそうだ。なんだかんだ聞きそびれてた事聞いてもいいですか?」
「なんだい?」
「どうして僕がウィークに選ばれたんですか? ただの単位習得を兼ねたテストプレイじゃないですよね?」
「おや? 話してなかったかな?」
「えぇ、僕の記憶が正しければ」
「そうか、話した気になってたよ。ブエルの予知能力は知ってるね?」
「はい、その力を使って事件現場に急行してるんだよね。まあほとんどが直前でしかも場所があやふやだから予防にはなってないけど」
実際、事前に伝えられても間に合わない事が多い。大体事件が起きて直ぐ到着するので、そのせいでネットではミスター・ウィークが事件を扇動しているor事件が起きるのを待って活躍をアピールしているという説が流れてしまっている。
いつもウィークを追いかけ回しているジェイソン警部は、その話を振られると、不機嫌な顔で不思議と否定しているらしい。
「そのブエルが言った。いずれこのニューヨークに未曾有の危機が訪れると」
「ニューヨークに」
「そうだ、だがその危機から街を救うために三人の戦士と一体の巨人が立ち向かうとも言っていた。そのうちの一人が……君だ」
「僕が、ニューヨークを救う」
「あぁ、ブエルの見た特徴から君を探り当てて開発途中のウィークスーツを与えたというわけだ。未来のヒーローを育てるために」
「ヒーロー……そうか僕はヒーローなんだ」
「まあそういうわけだ」
「わかりました。不詳ワイアットは立派なヒーロー目指して頑張ります!」
景気よく声を張りつつ、無人島訓練で無駄にやらされた敬礼をビシッとキメながら所長室をでていく。
やる気のあるその姿は頼もしくもあるが、所長から見るとどこか不安になってくる。
残された所長はその不安を心の奥底にしまいながらクルリと椅子を反転させて窓の外を見つめる。見上げればビル群が夜空を隠し、見下ろせば工事現場がある。あまり綺麗とは言い難い夜景だが、所長は割と好きだった。
窓に写った自分の姿を夜景に重ねながらポツリと呟く。
「ブエルの予知の通りなら、私は戦場に幼い子供を送り込む事になるんだな……本当にこれでいいのだろうか」
これは常々感じている。
自問はつきない、未曾有の危機は政府や警察に伝えなくてもいいのか? しかし予知をどうやって説明するべきか? そもそもブエルをどうやって説明すればいい? 仮に成功したとしてブエルの扱いはどうなる? 子供ではなく特殊な訓練を受けた軍人や警察官を雇うべきでは?
考え出すとキリがない。
「そもそもウィークスーツがワイアット君以外受け付けないのがどうもな」
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