5th PROJECT


「ゴールドマン……ですか」

 

 信号待ちの間に、エヴァンが書いた表紙を視認したレイノルドは噛み締めるようにそう言った。

 レイノルドの反応がお気に召したのか、エヴァンは得意げな顔で。

 

「おう、カッコイイだろ?」

「ええ、まあ……とてもエヴァン様らしいと思います」

 

 残念だがこれは褒め言葉ではない。しかしエヴァン本人がそれに気付く程の知力は生憎持ち合わせていなかった。

 信号が変わったのでレイノルドはアクセルを踏んで車を発進させる。

 

「そうか! そうだろう! まあゴールドマンというのもシリーズを総称しての話だがな。第一弾のこいつの名前は『ゴールドキューブ』だ」

 

 言いながらエヴァンが捲ったページには、ゴールドシリーズの一機目が写真と共に書いてあった。

 ゴールドマンとはデーモンと戦うためにエヴァンが用意した武器、その映えある一機目は……箱だった。

 紛うことなき箱。一辺が三メートル前後の正方形。

 どこからどう見てもただの箱だった。しかも金色。

 

「こいつはあくまで試作機みたいなもんだ。これぐらいシンプルな方が動かしやすいだろ?」

「ですがゴールドキューブには武装は御座いません。どうやって戦うのですか?」

「足場にしたり、遮蔽物にしたり、リフトにしたり。色々あるだろ? これは補助的なやつなんだよ」

「なるほど」

「というアイデアを刑務所で仲良くなったロボオタクから聞いた」

「まさかとは思いますが、話しましたか?」

「安心しろ、ラジコンロボを作るとしか言ってない」

「それならいいのですが」

「嘘は言ってないからな」

 

 その通り嘘は言っていない。ゴールドキューブないしはゴールドシリーズは全て遠隔操作だからだ。

 

「まあ、とりあえずゴールドキューブ動かしてみようぜ」

 

 車はいつの間にか、アーチボルト家の屋敷に辿り着いていた。

 四車線もある敷地内道路を通って車庫まで移動する。レイノルドが滑らかなドライビングテクで車を納めたあと、元来た道を通って中庭に抜けた。

 周りを植林された木々で囲まれた中庭はプロ野球のグラウンドぐらいの広さ程あり、その中心には大きなテントが張ってあった。

 

 時刻は既に夜となっており、中庭は外縁部に設置されている投光器によってそこだけ昼のように明るくなっている。

 ゴールドキューブはテントの中に納められていた。

 

「いいねぇ、いかにもって感じだ」

「早速動かしてみますか?」

「当然だろ?」

「ではこちらのコントローラーを」

 

 レイノルドがエヴァンの胸元へコントローラーを差し出した。何の変哲もない普通のコントローラーである。スティックが親指で動かしやすいところに二本あり、十字キーが一つ、カラフルなボタンが四つあった。

 真ん中にはモニターのようなものがとりついている。形としてはX○OXに近い。

 

「へへ、お待ちかねのコントローラーだぜ」

「しかしほんとにそれでよかったのですか? エヴァン様なら椅子に座ってレバーやペダル操作を望むとばかし」

「わかってねぇなぁ……確かにレバー操作は夢がある、ロマンもある、俺も乗りたいぐらいだ。

 しかし! ゲームコントローラーの方が直感的に動かせていいんだよ、そんなに細かい動きもさせるつもりないしな」

「訓練を短縮するわけですね」

「まあそんなところだ……それじゃ早速、起動だ!」

 

 ブォンという起動音がコントローラーから聞こえてくる。これでゴールドキューブのコントロール権がエヴァンの持つコントローラーへと移った。

 まずはテントから出す必要があるので、ゴールドキューブを整備していた作業員に頼んでテントを開けてもらう。

 それからコントローラーのSTARTボタンを押して、ゴールドキューブの片面からブースターを出して噴射させ、ゆっくり浮遊させていく。そしてスティックを倒すと、その方向に合わせてゴールドキューブがふわふわと移動していくのだった。

 

「ほーほー、いいねぇ。心がワクワクするよ」

「左様でございますか」

「ああ、レイノルドもやってみるか?」

「私は後で構いません」

「そうか」

 

 エヴァンは子供のようにゴールドキューブをあっちへ飛ばしたりこっちへ飛ばしたりと遊んでいた。ある程度操作に慣れてきた頃には整備員に疑問点やら改善点を告げるようになっている。

 大体一時間程そうしてから、エヴァンはゴールドキューブをテントに戻して屋敷に戻る事にした。

 

「そろそろ父さんにも挨拶しておかないとな」

「マークス様は今書斎におられると思います」


 マークス・アーチボルトはあの事件から運良く生還する事ができた。残念ながら障害を残す事になってしまい、左手の指が上手く曲がらない。

 しかし仕事自体にはさほど影響は無く、新たに雇った秘書とも良好なビジネスパートナーとなっている。

 

 レイノルドの案内に従って書斎に入ると、ちょうど出てくる所だったらしく、扉のところでマークスと鉢合わせてしまった。少し驚いたものの、エヴァンはなるべく穏やかに挨拶する。

 

「いま戻ったよ父さん」

「む、あぁエヴァンか……頭を剃っているから一瞬誰かわからなかった」

「ハゲも中々いいものだぜ」

「ところで、ほんとうにデーモンハンターになるつもりなんだな?」

「無論。しかし正確にはデーモンハンターのチームを作るつもりだ。俺一人じゃあっという間にやられちゃうからな」

「お前はバカだが、時々妙に冷静で頭が回る。よかろう、知り合いに頼んでデーモンハンターを一人雇いいれよう。そいつから色々教わるといい」

「さっすが父さん! 話がわかるぅ…………あぁ、今俺を馬鹿にした?」

 

 それはともかく。

 晴れて父親からも認めてもらったうえに、アドバイザーまで付けてもらうことになった。出所早々幸先のいいスタートをきることができてエヴァンはとても上機嫌だった。

 

「やべぇ、なあレイノルド……俺すげぇんじゃね?」

 

 非常に調子に乗っていた。

 自室に戻ったエヴァンは特に意味もなくバスローブに着替えて、特に意味もなくブドウジュースをグラスに注いで傾けていた。特に意味もなくだ。

 

「せっかくセレブ感を出してるところ申し訳ございませんが……今のイキったエヴァン様は誠実とは言えません」

「……そうか……じゃあレイノルド、誠実になるために俺は何をすればいい?」

 

 自分の過ちを認めるようになったのは大きな成長だ。それだけでレイノルドは嬉しくなる。

 

「そうですね、とりあえずテーブルマナーから覚えてみましょうか」

「OK、テーブルマナーだな、他には?」

「では……大学に通いましょう。知性や知識を身につければそれに見合った行動をとれるようになる筈です。今エヴァン様は休学扱いなので、明日からでも通う事はできます」

「よしわかった、レイノルドがそう言うなら大学へ行こう。それに、どうせゴールドシリーズが揃うのにまだ一年ぐらいは掛かるしな」

 

「ええ、それとついでに……実はプログラマーやオペレーターなどの人材が確保できていないので、それらも可能なら集めてください」

「よしわかった。人材だな、俺のカリスマ性とコミュニケーション能力を発揮すれば簡単さ」

「ではエヴァン様の大学に通っているマシューというお方をスカウトしてきてもらえませんか? 彼は非常に優秀なプログラマーでして、ペンタゴンやNASAから推薦状が届く程なのです」

「ほう、そいつはすげぇな……大学卒業後は国防か宇宙か……まてよ? マシューてどこかで聞いた事あるぞ?」

「去年、エヴァン様が誘拐された時のパーティに参加して、追い返された方です」


 その時エヴァンの脳裏にあの日の事が思い返される。確かにあの日陰気臭いナードを晒し者にして追い出した事があった。そう言えばあの少年の名前はマシューだった。

 

「思い出した、あいつか……一ついいか?」

「なんでしょう?」

「めちゃくちゃ話しかけづらいんだが」

 

 どうやらカリスマ性とコミュニケーション能力は刑務所に置いてきたようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

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