4th PROJECT


 エヴァン・アーチボルトが出頭したという話はマイソンシティの住民を大いに驚かせた。

 あの厚顔無恥で親の権威を笠に来た人間のクズ代表みたいな男が、誘拐事件の後で警察へ出頭したというのだ。ほとんどの……いや、彼を知るほぼ全ての住民が誘拐事件の時に入れ替わったのではないかと疑った。

 ワイドショーで特集が組まれるぐらいには衝撃だったのだ。

 

 罪状は交通法違反と未成年者飲酒、侮辱罪やプライバシーの侵害。その辺だけで、意外なことに暴行罪や麻薬、殺人と強姦などの罪はなかった。

 この事実は、裁判までに沈静化しかけていたエヴァン入れ替わり説が再燃する程の驚きだった。

 

 そのため、世論によるエヴァンへの好感は高く、弁護士も腕のいい人が付いてくれたおかげで禁固一年で済むことになった。

 執行猶予もついたが、エヴァンは「一日だけでいい」とそれを突っぱねたので、特別措置として二日短縮された。

 

 この頃にはエヴァンを持ち上げる声が大きく、彼の人気は街を覆い尽くす程にまで大きくなっていた。

 裁判終了間際、裁判長が彼に質問した。

 

「何故、君はこれほどまで、その……生まれ変わったのかい?」

 

 誰もが気になる質問だった。

 誰もがエヴァンの答えを待っていた。

 そんな期待が込められた時間の中、エヴァンは自信たっぷりに告げる。

 

「惚れた女とセックスするためです!」

 

 その瞬間、エヴァンを持ち上げる風潮はナリを潜めた。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 

 それから一年が経った。

 一年も経てば人はある程度入れ替わり、電化製品も次の世代に変わっている事だろう。しかし街並みというものはそうそう大きな変化は起こってはいない。

 

 エヴァン・アーチボルトは、出所して間もなくレイノルドと車でマイソンシティをドライブしていた。

 目的はただ一つ、生まれ育った街が一年でどう変わったのかを見ておきたかったのだ。刑務所の中では中々知る事ができないゆえに。

 結果としてはあまり変わっていない。

 

「あそこのハンバーガーショップまだあるぞ」

「買いに行きますか?」

「おう行こうぜ」


 レイノルドは次の信号で右に曲がり、路地に入ってパーキングエリアに車を停めた。

 そこからレイノルドとエヴァンが降りる。

 レイノルドは一年前と大して変わっておらず、相変わらず白い髭と髪が立派なナイスシニアを演出していた。

 本人曰くまだ五十歳らしい。

 

 エヴァンは一年でかなり変わった。具体的には頭を丸刈りにしたのだ。

 それだけである。おそろしいことに、刑務所での生活を経ても体型は何一つ変わってはいないのだ。デブのままどころか、ハゲまで追加された。

 

 そのおかげか、今のところ誰かにエヴァンだと気づかれたりはしていない。

 

「俺も早く免許を再取得しないとなあ」

「エヴァン様なら直ぐに取れますとも」

「おう! 俺に任せとけ」

 

 そして二人はバーガーショップでハンバーガーを買った後、車内で食べながらドライブを再開する。

 

「なあレイノルド、頼んでいたものはできてるか?」

「ええ、こないだニューヨークのベルカ研から一台目が到着しました」

「ほう、そいつは楽しみだ」

「マニュアルはダッシュボードに入ってるタブレットにあります」

「OKだ」

 

 ベルカ研とはアーチボルト家が出資しているエネルギー開発の研究所であるが、実際はアーチボルト家が秘密裏に作った兵器開発研究所であった。

秘密裏とは言っても、多くの人間が知っているため公然の事実であったりする。無論、無作為に公言してしまえば警察沙汰になってしまって一家丸ごと離散もありえる。

 エヴァンはレイノルドを使って、そのベルカ研にある事を以来していた。それが出所に合わせて到着したのだから胸が踊る。

 

 エヴァンは高鳴る胸のままに、マニュアルを斜め読みしていく。

 

「いいね、これは夢がある」

「他にもウィーク・スーツという物がありましたが、エヴァン様の適正を考えるとそちらのマニュアルにある物が良いと思いまして」


 マニュアルにタイトルはなく、ただ写真と説明があるだけだ。

 

「名前はお伝えした通りまだ決めておりません。仮称としてPROJECT1と読んでおりますが、決められたのですか?」

「ああ、刑務所でずっと考えてたからな」

 

 エヴァンはダッシュボードからボールペンを取り出してマニュアルの白紙表紙にデカデカと文字を書いていく。

 

『GOLDMAN PROJECT』

 

「名前はゴールドマン、デーモンと戦う……俺の武器だ」

 

 ゴールドマン、それはエヴァンが用意した戦うための武器。銃やナイフ、戦車等ではない。

 もっとヒロイックな物、デブゆえに運動が大の苦手なエヴァンが、デーモンと戦うために作り出した彼のためだけの兵器である。

 ちなみに、今はまだ国から使用許可がおりてないので、アーチボルト家の敷地内でしか使うことができない。

 

「このゴールドマンを使って、俺は誠実なヒーローになってやる! そして結婚だ!」

 

 いつの間にか彼の目標は、「誠実な男になる」から「誠実なヒーローになる」へと変化していた。

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る